第七話 星を駆る少女

 南桃花みなみももかと名乗った少女。

 名前からも風貌からも、確かに僕と同じように日本からやってきたのだと分かった。


「少し暗いね。明かりをつけて?」

『承知しました』


 桃花は慣れた様子でスターゲイザーに話しかける。人工の星空で、いくつかの星が強力に発光しはじめ、照明となった。

 部屋が明るくなったことで、桃花の容姿がより鮮明に見えるようになった。

 肩に少しかかるショートカットの黒髪、幼げだが子供とも言い難い顔立ち、中学生くらいだろうか。少なくともルルよりは年上に見える。

 リンデン氏が桃花の横に立って説明をつづけた。


「モモカは二年ほど前に、アカデミーへやってきました。いえ、現れたと言ったほうが正しいかもしれませんね。何もなかった虚空から突如出現したのですから。当時、私は学生たちの前で講義を行っていましたが、その時の皆の驚きようはすごいものでしたよ」


 大勢の前に突然現れたのか。僕の場合は森の中で魔物の目の前に放り出されたし、異世界飛ばしの魔法はランダム性が大きいのだろうか。


「しかし、その時モモカはひどく衰弱していましてね。一目見て重篤な症状だと、その場の誰もが感じました。そこで私たちは――」

「待って。私の自己紹介だから」

「おっと、これは失礼」


 桃花に制され、リンデン氏は説明を中断して一歩下がった。


「私、生まれつき病気なの。今はどうか知らないけど、私が日本にいたときは治療法も無くて、先は長くないだろうって言われてたんだ。ここに来た時も発作を起こした直後だったんだけど、医務の先生が治癒魔法でおさめてくれたの。すごいよね。それで気分が落ち着いたら、もうびっくりだよ。ここどこ? って感じで」

「よく分かるよ」


 僕は本当によくわかる。経験者は語る。


「病院じゃないみたいだし、お母さんもお父さんもお医者さんも看護師さんも見当たらないし……。最初はね、発作で長いこと気を失った間に外国の病院にでも移されたんじゃないかとか考えたんだけど、どうもそうじゃないことが分かってきて」

「僕は夢だと思ってたよ」

「あー、それも思ったかも」


 当然だ。普通は異世界なんて発想出てこない。しかし、魔法やら魔物やらがその考えを容赦なくぶち壊してしまう。僕は一晩夢かと疑ってかかったが、最終的にはルルとファイヤーした事実を認めざるを得なかった。


「その後も、周りの人に、ここはどこ? とか、日本に返して! とか手当たり次第に声をかけてた。毎日代わる代わるいろんな大人が私のところに来てじろじろ観察していくもんだから、ものすごく怖くなって、最初の何日かは泣いて喚いてばっかりだったよ」

「その時にはモモカの特異な魔力のことが教師陣の間で有名になってきていましてね。皆一目見ようと、つい熱くなってしまいまして」


 リンデン氏は平然と言うが、異世界に飛ばされてきて見知らぬ大人が続々と自分を観察しに来たら、それは非常に怖い体験だろう。もちろん、魔物にいきなり襲われた僕も怖い思いはしたが、師匠は面倒見がよかったし、ルルは明るく先導してくれた。最初に出会った人が大いに助けになった。自分の側についてくれる人間が居るというのは非常に重要なことだ。


「でも、私は病気でろくに動けないし、ここには知ってる人は誰もいないし、もうどうしようもなくて、泣くことすらなくなってきた頃に、この子を紹介されたの」


 そう言って、桃花は上に目をやった。瞬き、星座を形作る、特殊なゴーレム。

 リンデン氏が説明を引き継いだ。


「当時、スターゲイザーの基礎は組み立てが済んでいたのですが、動作させるに足る魔力源を見つけられずに計画が中断していたんです。そこに現れたのがモモカでした。当然、私はモモカの莫大な魔力を欲しました。その一方で、私からモモカに与えることができるものもあったのです」

「私の病気、この子のちからで止められたの」


 桃花は胸に手を当てて呟いた。


「スターゲイザーには外部からいくらでも魔籠を拡張することができます。そして、スターゲイザーは命ぜられた仕事をこなすために、自らに接続されている魔籠を駆使して最適解を導き出すのです。当時、アカデミー屈指の治癒魔法使いでも時折発生する発作を抑えるのが精一杯でした。しかし、スターゲイザーは違った。モモカの魔力を得て性能を発揮したスターゲイザーは、病気の進行を食い止めるまでの成果を見せたのです」


 リンデン氏は仰々しくスターゲイザーを仰ぎ、その実力を述べた。

 現代日本で先は長くないと言われた桃花の病気を食い止めたスターゲイザー。確かにすさまじい成果なのだろう。異世界に突然放り出されるという理不尽にあった桃花は、皮肉にも異世界で出会った未知の技術に命を救われたことになる。


「じゃあ、スターゲイザーの起動条件って」


 ルルの問いかけだった。


「モモカの生存欲求を基本命令として起動しています」


 ゴーレムに限らず、すべての魔籠は起動するために術者の意思を要する。それは本能に近いようなものでもよい。この世界に来て間も無いころ、僕がルルから教わった魔籠の基礎だ。スターゲイザーは、桃花自身の生きたいという思いに応じて動いているのだ。


「スターゲイザーが行う仕事の中で、最も優先度が高いのはモモカの生命維持です。まあ、モモカがいなければスターゲイザーは全く動けないわけなので、これは当然のことですね」

「だからね、私、日本には帰れないんだ……」


 そう言って桃花は俯いた。言葉が寂しそうに聞こえたのは気のせいではないだろう。

 帰る方法が見つかっているわけではないが、僕はその時に備えて選択することができる。しかし、桃花の場合、その選択はさらなる重みをもつ。命をとるか、故郷をとるか。


「何の問題ありません。モモカが健やかに生きられるよう、アカデミーと私は全力を尽くしてまいりますので」


 そういう問題じゃないことが、この人には分からないのだろうか。


「……とりあえず、私の話はこんなところ。ごめんね、ずっと私ばっかり喋ってて」

 桃花は顔を上げて、話を締めくくった。作った笑顔が少しだけ痛々しい。

「今度はみんなのことを聞かせて?」


 僕らのことは既に知っているようだけど、まあ自己紹介からすべきだよな。


「知ってるかもしれないけど、僕は今川信弘。この二人がルルとララ」


 ルルが笑顔で小さく手を振り、ララは丁寧にお辞儀をした。


「えっと、何話したらいいかな」

「いいの。なんでもいいから聞きたい」

「それじゃあ――」


 僕は日本で最後にやっていたアルバイトの話や、ここにきてルルと出会ったこと、旅をしたこと、ララと戦ったこと、そして、この世界で見た恐ろしい魔物や大きな街、日本と違ったたくさんの景色について話をした。

 桃花はとても聞き上手で、話していてとても楽しかった。


「いいなあ、いろいろ見てきたんだね」

「ほんの二か月そこらのことだけどね」

「私なんて二年も前に来てるのに、この部屋と医務室だけしか知らないよ」


 スターゲイザーが命を握っているのなら、やむを得ないというところか。しかし、こもる場所が日本の病室から異世界の研究室に変わっただけというのはさすがに辛い。


「せめてルルちゃんやララちゃんみたいな友達がいたらなあ」

「わたしで良ければまた来ますよ。いいですよね? おじさま」

「うん。しばらくこの街にいることになるだろうし」


 リンデン氏の用事も、まさか桃花を一目見せて終わりというわけではあるまい。それに、同じように異世界へ来た人間として僕自身も関心がある。


「モモカさんが外に出られるようにはできないんですか?」


 ララが問う。


「ええ、残念ながら。しかし努力はしておりますので、お待ちいただけたらと」


 これまでリンデン氏と話をして、あまりこの人にいい印象は抱かなかった。今も、この人の興味は桃花の人生よりも桃花がもたらす研究成果に向いているのだろうと思う。しかし、この人の発明が桃花の命をつないだのも事実だ。学都の研究に対する姿勢に疑問はあるが、こういった例をみると頭から否定はできない。


「そうか……。はやく外に出られるといいね」

「はい」


 その後、リンデン氏に促されて、僕らは研究室を後にした。

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