第二話 学び舎への誘い
「ただいま」
僕らが家に戻ると、ルルと師匠が卓についていた。二人とも卓上に置かれた一枚の紙に目を落としている。一体何だろうか。
「あ、おじさま。手紙が……」
ルルが青い顔をして僕を見た。手紙? 誰からだろう。そして、なぜ手紙を見てルルが青い顔をしているんだ。まさか――
「ご両親から?」
あの冷血両親のことだ。十分に考えられる。ルルにまた何かよからぬことを押し付けてきたのだろうか。
「いえ、おじさま宛なんですけど、これ……」
そう言ってルルが僕に手紙をよこした。僕は受け取って目を通すが――
「ごめん。読めない」
この世界の文字は現在勉強中だが、まだ文字を覚えるところで苦戦している。手紙の文章などまだまだ読めない。
僕が困っていると、ララが横から手紙を取り上げて読み始めた。
「……ふーん。なるほど」
「ねえ、何が書いてあるの?」
「王立魔法学院からです」
王立魔法学院から? ララ宛ならともかく、僕に何の用事があるんだ。
「学院の施設を破壊された、損害賠償請求ですね」
「賠償……あっ」
思い当たる節はある。というか、間違いなくあれだろう。
忘れもしないララとの決戦の時。劣勢に立たされた僕は、ルルが作り出した超高性能魔籠によって起死回生の一撃を繰り出した。ドラゴンの爪を素材としたそれは、僕の姿をドラゴンへと変化させ、文字通りのドラゴンブレスを吹き出した。その威力は凄まじく、演習場の観客席を防護していた魔法を易々と突き破り、演習場の一角は吹き飛び、さらにその向こう側にあった学院内の建屋や設備や土地を容赦なく焼き払ったのだ。この一撃はララが使っていた魔籠をも破壊し、一矢報いることには成功したわけだが。
「ああぁ……絶対あれだよ。今まで何も言われなかったから何も問題なく片付いたもんだと思ってたのに」
「そんなわけないでしょう」
ララが僕の横でため息をついた。
「なんていうか、ほら、演習場だし、勝負で設備が壊れるのは想定して保険かけとくとかさ。そういうので済んだのかなって思ってたんだよ。それに、僕だけの責任ってのも……」
「ご、ごめんなさいっ!」
ルルが目に涙をにじませて謝った。
「あ、いやルルを責めてるわけじゃなくて」
「へえ。じゃあ誰を責めてるんです?」
ララが僕に責めるような目を向けてくる。辛い。
「いや、申し訳ありません……」
はあ、一体いくらかかるんだろう。あんな大きな建物粉々に吹き飛ばして、一生かけても払えると思えない。もう最悪の手段として剛堂さんに頼るしか無いのでは。と、何とも情けないことを考え始めたとき、玄関から新しい声がかかった。
「ごめんください」
開け放たれたままだった扉の前に立っていたのは、一人の老人男性だった。グレーの背広に身を包み、同じくグレーの帽子を被っている。短く整えられた白い髭やにこやかな表情からは上品な印象を受けた。
彼は帽子を脱いで胸に抱え持ち、僕らへ軽くお辞儀をした。
「どちらさまですか?」
ちょうど玄関に一番近い位置に居たララが尋ねた。
すると、相手が名乗るより先に、師匠が名を述べた。
「リンデンか、こんなところまで何の用だ」
「お取込み中のところ申し訳ありません。マスターアデプト。しかし、まずはこちらの若者らに名乗らせていただきたい」
僕とララのほうへ向き直ったリンデン氏は、改めて名乗った。
「私、ギュルレト魔法アカデミーから参りました。クレイ・リンデンと申します」
「ギュルレト……」
って、確かポラニア王国で最もレベルの高い魔法学院だとか聞かされた覚えがある。
「あなたがノブヒロさんでいらっしゃいますかな?」
「ええ、そうですが」
名門ギュルレト魔法アカデミーの人が僕に何の用だろう。今日は次から次へと魔法学院から用事がやってくる、一体なんなんだ。
「よかった。本日はあなたを我がアカデミーにお招きしたく、参りました」
「僕を? また、どうして」
「先月、王立魔法学院にて行われた試合を観戦したのですが、あなたの戦いにはとても惹かれるものがありました。是非とも詳しい話を伺いたく――」
「話ならここですればいいじゃないですか。どうして連れていく必要があるんです?」
突然口をはさんできたのはララだった。なんだか口調も刺々しく、リンデン氏に冷たい視線を送っている。
「こちらの我儘でお話を伺うわけですから、やはりそれ相応の対応を致したく。しっかりとした歓待を――」
「この人にそのような心遣いは無用です。話を聞くだけで済むならこの場でどうぞ」
「おいおい、どうしたんだ……」
僕が思わずこぼすと、ララにきっと睨まれた。ララはどうしちゃったんだ。ルルも不安そうな顔でララを見ていた。僕らにはさっぱり事情が分からない。聞きたいことはあるが、ララの全身から口出しを許さない雰囲気を感じ取ったので、黙っていることにする。
リンデン氏はにこやかな表情を崩さない。だが、応えることもなくララを見つめていた。ちょっと怖いぞ。
「言えないなら、代わりに私が言いましょうか。あなたの興味の対象はノブヒロさんの特異な魔力。この人を連れ帰って、体を詳しく調べたい。そうですよね?」
「なっ」
僕の体が研究対象ってことか? さすがにそれが本当ならついて行きたくないぞ。だまし討ちのような方法で連れて行こうとしているなら、なおさらだ。だって、言いづらいってのはつまり、そういうことだろ……。
「ワシも同感だな」
僕の背後で師匠が言った。
「お前は余程自分の興味を引く物を見に行くとき以外はアカデミーから一歩も出ない奴だった。この田舎町でそれほどの要素を持つのは、こいつ以外に考えられん」
ええ? 僕の体ってそんな狙われやすいものなの? どんどん怖くなってきたんだけど。外を歩くのも不安になるじゃないか。
ララと師匠からの詰問。そして僕とルルからの不安な視線を受けながらもリンデン氏は全く表情を崩すことなく、ついに答えた。
「ええ、おっしゃる通りです。しかし、いきなり実験台にしようなどは思ってはおりません。少々心配が過ぎるというものです」
でも認めるんだ。
「ノブヒロさんには、ぜひご覧に入れたいものがあるのです。どうかアカデミーまでお越しいただけませんか?」
「いや、そう言われても、困るっていうか」
本当の目的を隠してきた相手についていくのはさすがに抵抗がある。しかも僕の研究目当てとくれば警戒せざるを得ない。横からララも睨んできてるし。
「お越しいただければ、その賠償金、アカデミーがお支払いいたしますよ」
「聞いてたんですか」
「申し訳ありません。ここで声をかける機会を窺っておりましたら、偶然にも耳に入ってしまいまして」
僕の心は揺らぐ。
渡りに船だ。これを逃せば機会はあるまい。不安要素はあるものの、いきなり実験台にはしないと言っているし。ついて行くくらいなら大丈夫ではないだろうか。
「ララ」
「ダメです」
「いや、でも……払えないし」
そう言うと、さすがにララも黙る。実際のところ、選択の余地など無いに等しかった。僕は腹をくくる。
「分かりました。行きます」
「おじさま!」
ルルが悲鳴のような声を上げる。すまん。背に腹は代えられないんだ。
「おじさまが行くなら、わたしもついて行きます!」
「ちょっと、お姉ちゃん!」
「だって、おじさまが食べられちゃう!」
「さすがに食われないだろ」
いや、食われる可能性もあるのか? まさかな。
「仕方ありません……お姉ちゃんが行くなら、私も行きます」
ララは肩をすくませながら渋々宣言した。ルルが自分の意志を曲げることはないからな。そのあたり、ララはよくわかっている。
「もちろん。お二方もかまいませんよ。ぜひお越しください」
リンデン氏は最初と変わらぬ余裕の表情のまま言った。結局、金の力には屈するしかなかったが、この人には最後まで油断できそうにない。
僕らは突然現れた学都からの訪問者に不気味な予感を抱きながらも、新たな旅の支度を始めるのだった。
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