魔籠機工 編

第一話 平和な朝

 朝だ。

 僕は体を起こして目をこすりながら、今日の予定を思い出す。

 午前中は魔物退治。町の近くに出没する魔物を倒して、安全を確保する。日によって仕事の場所は変わるが、今日は街に近い森だ。もともとは師匠が町から請け負っていた仕事だったが、僕が免許を得たことで譲り受けることになった。この家の重要な収入源である。そして午後は師匠から魔法の講義だ。実戦は魔籠で事足りるにしても、初歩くらいは覚えておけとのことだった。


「おはようございます。師匠」

「遅いぞ、戯け」


 いつものことなので気にしない。これが師匠の挨拶だ。

 ここは魔法使いである師匠の家。突然この世界にとばされてきた僕が、最初に世話になった場所だ。いろいろあって一度は離れたが、今は再び世話になっている。


「おい、二人も起こしてこい」

「あ、はい」


 朝食にかかろうとしたとき、師匠に仰せつかる。あと二人の居候がお寝坊のようだった。

 僕は奥の部屋へ進み、扉をノックした。


「朝だぞ」


 五秒待っても返事がないので、扉を開ける。

 ベッドには二人の少女が眠っていた。

 一人は行儀よく仰向けで眠っている。もう一人は、仰向けの少女を抱き枕か何かのように両腕両脚でがっちりとホールドして横向きに眠っている。抱き着いているほうは大層気持ちの良い寝顔をしているが、抱き着かれているほうはたまったものではない。眉と口をゆがめて、うんうんと唸っていた。

 姉妹の風貌は瓜二つ。顔立ちと背格好だけでなく、この家に来てから寝間着も同じものを揃えたので(妹のほうが同じ物じゃないと嫌だとゴネた)服装まで同じだ。彼女らに近しい者たちは魔力の質とやらを探ることで易々と見分けていたそうだが、僕はいまいちそのコツがつかめていない。しかし、朝の光景を見慣れた僕なら、どちらがどちらか見分けがつく。


「ルル、朝だぞ」


 抱き着かれているほうの少女が目を覚ました。


「あ、おじさま。おはようございます」

「ララも起こしてやって」

「はい。ララ、朝だよ。起きて」


 ルルは未だに自分に絡みついたまま眠っているララの頭をぐいぐいと押しやって、半ば強引に引きはがした。


「ふぁ……お姉ちゃん、おはぃょ」


 呂律が回っていない。

 ここに来てからは毎朝のことなので見慣れたものだが、最初は驚いたものだ。天地を揺るがす天才魔法使いも、朝はあまり強くないらしい。姉妹の実家はかなり厳格な教育で取り仕切られていたようだが、体質ばかりはどうにもならなかったのだろうか。


          *


 遅れてやってきた姉妹も加わり、僕らは朝食をとった。


「ダイヤモンドボアに巻きつかれる夢を見ました……」


 ルルがパンをかじりながら言う。


「お姉ちゃん、その夢多くない?」


 ララがそう応じると、ルルは何か言いたそうな目でじっとララを見た。


「なに?」

「ううん……べつに」


 とても平和な朝のひと時だ。

 ルルとララ、僕はこの姉妹の様子を見ていると、なんだか頬が緩んでしまいそうになる。


 ほんの一か月ほど前、この双子姉妹の関係は絶縁寸前だった。二人の両親が掲げた王宮至上主義的な教育方針により、魔法使いとしての適性の問題で王立魔法学院に所属できなかったルルは家庭を追い出された挙句、完全にその存在を無いものとして扱われていた。その窮屈な方針の中で生きていこうと決めていたララと、自分の望む道を認めさせようとしたルルとの溝を埋めるため、僕はルルが作った魔籠を使ってララに勝負を挑み、ルルが掲げた魔法の道を認めさせようとしたのだ。

 今になって思えば、なんて無謀で馬鹿な方法だったのだろう。実際の勝負は僕のボロ負けで、ララの凄まじい魔法に曝された僕は死んでいてもおかしくない状態だった。

 それでもルルの思いはララに通じた。ララは自分の意志で家を抜け出し、こうしてルルと一緒に暮らす道を選んだ。残念ながら両親と和解まではできなかったが、ルルがまた笑ってくれるようになっただけでも死にかけた甲斐があるというものだ。


「ちょっと、なにニヤニヤしてるんですか。気持ち悪いですよ」


 ララが僕の顔を見て言った。ルルはなんだか苦笑いしながらこちらを見ている。いかん、気を抜きすぎたか。


「お前」

「なんですか、師匠まで」

「ルルに手を出しておらんだろうな」

「しませんよそんなこと……」


 前にもこんなこと言った覚えがあるぞ。

 そんなくだらなくも平穏なやり取りをしているうちにララは食事を終えたようだった。


「ノブヒロさんはいつまで食べてるんですか。早く仕事を済ませますよ」

「ああ、ごめん」


 ララは外套を羽織り、出かける支度を始めていた。目覚めはあんな風でも起きたらテキパキしているんだよな。


 僕は残っていたパンを口に詰め込んで、同じく出かける支度を整えた。

「ララ、おじさま、いってらっしゃい!」


 ルルが手を振って見送ってくれた。

 僕はまたしても頬を緩ませながら、手を振って応じた。


          *


「はあっ!」


 刃から放たれた雷が、熊型の魔物エメラルドグリズリーに直撃する。さすがの頑丈さで、一撃浴びせた程度では倒れない。僕は続けて剣を振るい、怯んだ相手めがけで攻撃を連打した。

 三度目の雷を受けて、ついにエメラルドグリズリーは巨体を地に横たえた。

 僕は剣を鞘に納め、魔物の死体から宝石状の魔籠を取り出しにかかった。


 ララと僕は町の近くにある森に来ていた。

 僕がこの世界に飛ばされてきた場所だ。同時に、ルルと一緒にダイヤモンドボアと戦った場所でもある。

 魔物退治といっても毎日同じ場所でやるわけではない。最も優先順位が高いのは街道の安全確保だが、そういった重要経路はそこを利用しているもっと大きな街の組織が警備を担当している。おかげでこちらに回ってくる仕事はほとんどない。僕らに任せられるのは大きな街がカバーしてくれる範囲から外れ、人通りの少ない場所となる。


 この町の近くにある森や平野には魔物が生息している。それほど多くいるわけでもないが、放っておくと人の生活圏まで溢れだしかねないので、こうして定期的な退治を依頼されているわけだ。小さな町のこと、僕ら以外に狩る者もいないので仕事にあぶれることもない。


「だいぶ慣れてきたみたいですね」

「まあね」


 町の周辺に出る魔物はほとんど戦い慣れた。ルルと一緒に初めて来た時から倒した経験のある魔物ということも大きい。


「でも、もう少しスマートに倒したいですね」


 ララはそう言うと、杖を茂みに向けて一振りした。小さな光弾が一つ飛び出し、茂みへと吸い込まれる。特に魔物の姿も見えないところへ撃ったようだが、どういうわけか――と思った一瞬後、茂みを突き破って巨大な熊が倒れこんできた。こいつもエメラルドグリズリーのようだが、すでに絶命している。よく見れば頭部がピンポイントに撃ち抜かれていた。額の魔籠も砕かれている。


「ほら、こんな感じで」

「無茶言わないでくれ」


 ララは屈みこんで魔物の死体から壊れた魔籠を回収した。


「この辺の魔物は弱くって、腕が鈍りそうです」

「王都の周りにはもっと強いやつがいたの? ああいう大きな街の周りは駆除され尽くしてて居ないもんだと思ってたよ」

「それが、大きな街のそばって意外と強い魔物が出るんですよ。周囲の魔物の生息状況とは関係なく、場違いに強い魔物が突然。なんでかわかります?」

「いや、分からない」

「おそらく魔籠の投棄が原因です」

「なるほどね……」


 以前にルルが教えてくれたことと同じだな。ただ、そういった事象は田舎よりも都会のほうがより深刻というわけか。


「街が置いている駆除担当部門で手に負えなさそうなやつが出たら、学院のほうに仕事が回ってきていました。派遣されるのは、ほとんど私でしたけどね」


 ララが在籍していたのは王立魔法学院。古くからある伝統的な名門校だが、今では金とコネによって実力が伴わないまま籍を置く学生が多くなっているそうだ。街の駆除担当者が手に負えないなら、半人前の学生には土台無理な話だろう。


「ちなみに学院でも手に負えなかったら軍に依頼を出すことになっていましたけど、私は一度も依頼してません」


 その後、しばらく森を回って狩りを終え、僕らは帰路についた。

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