第二十六話 これから

「ルル、急いで! もうすぐ発車時間だ」

「もうっ! おじさまが寝坊したせいなんですよ」


 二人そろって駅舎の立派なアーチをくぐり、構内を駆けた。情けないことに僕が寝坊したせいでこんなことになっている。

 ララとの和解から二日。体の傷は一晩安静にしたらすっかり良くなっていた。傷が治ったら早々に救護室を追い出されたので、所持金が尽きかけていた僕らは宿代を無駄にしないうちに師匠のところへ帰ることにした。


「席はとってあるんですか?」

「いや、安い席は全部埋まってた。どこか通路の隅に座っていくしかない」

「来た時とは大違いですね」


 息を切らせてプラットホームにたどりつくと、停まっている列車が見えた。ほとんどの乗客はすでに列車に乗り込んでいるようで、人はまばらだ。


「よかった。間に合ったぞ」


 僕らは乗降口より列車に乗り込んだ。僕はそのまま奥へと進もうとしたが、ルルはホームの入り口を振り返って立ち止まってしまった。


「ララ、来なかったですね」

「うん」

「やっぱり止められてるんでしょうか」

「たぶん、そうだろうね」

「ちゃんとお別れ言いたかったな」


 出発の日程が決まった後、僕らはルルの実家を訪ねていたのだが、見事に門前払いだった。仕方なく屋敷のメイドに伝言だけ頼んで退散した。メイド達は両親と違ってルルやララのことを気にかけてくれていたようなので、内容は伝わっているはずだが、家から出てくるのは厳しかったか。


 やはりララが両親の意向に背いたことが大きいのだろう。この一件のせいで家庭内でのララの立場が悪くなっていないだろうかと、ルルはそれも心配しているようだった。


「大丈夫。仲直りはできたんだから、また会えるよ」

「はい……」


 僕はルルの肩に手を置いて先へ進むよう促す。ルルがそれに従って歩き出そうとした、その時。


「お姉ちゃん!」


 僕らはホームの入り口を振り替える。

 ララだ。

 発車を告げるベルが鳴った。


「ララ!」

「お姉ちゃん!」


 列車がゆっくりと動き出す。ルルは乗降口から身を乗り出し、ララは走りだした。


「手紙いっぱい書くからね」


 列車は徐々に加速してゆき、ララはそれに追いすがった。


「おとうさん達に何回捨てられても、書くからね」


 ララが乗降口の前まで辿りつき、列車と並走する。


「それから、たまには遊びに来るからね。それから、それから……」


 ルルが言葉に詰まる。列車の速度も上がり、ララの足でついてくるのはそろそろ限界だ。少しずつララが列車に遅れ始める。


「ララ、元気でね!」


 ルルがそう締めくくった。


 直後、ララが列車に飛び乗ってきた。


「え?」

「は?」


 よく見ればララは特に息を切らしてもいない。強化魔法でもかけて走っていたのだろうか。僕の隣で車掌も唖然としている。


「ふー、間に合った」

「なにしてんの……?」


 僕が問うが、ララは特に何も答えない。その代わり、僕らに向けてちょいちょいと手招きをした。僕とルルはわけもわからず顔を見合わせ、とりあえず後に続く。

 ララはポケットから取り出した三枚の切符を車掌に見せて、客車へ入る。そして辿りついたのは一等車の個室だった。ララが扉を開き、僕らも入室した。ララは呆気にとられる僕らをよそにゆったりと腰をかけた。


「私、家出してきちゃった」


 なんだと。


「だから手紙はいらないよ」


 にっこりと笑うララ。


「家出って、おとうさんとおかあさんは何て……?」

「ぎりぎりまで説得しようと頑張ってたんだけど、列車の時間ギリギリだったから、もう無理矢理出てきたの。何人集まったって私を止められるわけないのにね。ざまーみろって感じ。あっ、怪我人は出ないようにしたから、心配いらないよ」


 あっけらかんとすごいことを言うララ。内容からして両親の拘束を力技で突き破ってきたのだろう。ララの凄まじい魔法の数々を受けた者としては、本当に怪我人が出ていないか心配なところである。


「ララ、ほんとによかったの?」

「うん。私、自分で決めたよ。お姉ちゃん」

「もう、ララったら、わるい子」


 ルルはそう言いながらも、とても嬉しそうだった。思っていた形とは少し違ったけれど、ルルは信頼できる家族の一人を取り戻した。それが重要だ。


「そういうわけなので、これからどうぞよろしく。


 ララはそう言って、僕に向けて笑って見せる。


「あっ、でもお姉ちゃんとややこしいか。ノブヒロさんにしようかな?」

「どっちでもいいよ」


 そんなやり取りをしていると、ルルが割って入ってきた。


「そうだ、おじさま! あれ貸してください!」

「あれ? あぁ」


 僕はスマホを取り出すと、カメラを起動して手渡した。ルルは慣れた手つきで構える。


「おじさまもこっちきてください」


 ルルに引かれるまま、僕は二人の間に陣取った。


「撮りますよー」


 よくわからず混乱するララをよそに、ルルは満面の笑みでシャッターを切った。

 帰りの旅は随分賑やかなものになった。師匠は何て言うかな。僕にいくらか小言を言うかもしれないけど、今となってはそれすら楽しみに思えた。



 魔法の双子編 完

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