第九話 旅立ち

「お世話になりました」

「ああ、二度とくるなよ」

「また来ますよ。お師匠さま!」


 ルルの独り立ちが認められて数日後。僕等は師匠宅の前に並んで最後の挨拶をしていた。

 リュックを背負い、ルル特製の魔籠靴を履き、準備は万端だ。しかし荷物が多くてリュックがかさばるな。荷物を圧縮できる魔籠鞄とかできないのだろうか?


「王都への行きかたは覚えたな? 路銀は大切に使えよ」

「ええ」


 昨日のうちに師匠から教わって、ルルともしっかり打ち合わせしてある。

 なんとこの世界には鉄道があるらしい。線路は国を南北に縦断しており、たったの一本だけ。駅は六つの大都市に置かれているとのことだ。


 北から順に、

 国内最大の工業集積地である工都こうと

 国教の総本山を置く聖都せいと

 学術研究の最先端である学都がくと

 国内最大の河川沿いに建つ水都すいと

 国の中枢であり王宮が建つ王都おうと

 貿易の要衝で港を擁する海都かいと


 僕らはこれから徒歩で南下して川で船に乗り、水都を目指す。水都で鉄道に乗り換えたら、王都まで一直線だ。


「ルル、この男の面倒をよくみてやれ」

「はいっ」


 やっぱり僕って頼りないのかな?


「ノブヒロ」

「はい」


 久しぶりに名前で呼ばれた気がする。初めて会った晩以来だろうか。


「ルルに妙なマネはするなよ」

「なんですか妙なマネって……しませんよそんなこと」


 別れ際に言うことが悲しすぎないか。信用ないのかな。


「嘘をつけ、今にも手を出しそうな顔をしておる」

「どんな顔ですか……」


 やり取りの意味が分からなかったのか、ルルが横から尋ねる。


「なんですか? 妙なマネって」

「口にするのもおぞましいことだ」


 僕はどれだけヤバイ奴なんだ。


「なんだか分からないですけど、おじさまはわたしにひどいことなんてしません!」


 ルルはそう言って、ほっぺたを膨らませる。


「ほら、もう行け」


 師匠に促され、僕等は最後の挨拶を交わす。

 そうして二人で踏み出したとき、僕だけが師匠に呼び止められた。


「そうだ。忘れるところだった」

「まだなにか?」

「これを荷物にしまい忘れておったぞ、間抜け」


 自分も忘れそうだったくせに……。

 師匠に手渡された袋を開けて確認する。そこには僕のスマートフォンと、文庫本『ポラニア旅行記』が入っていた。スマートフォンはこの世界に来るときにズボンのポケットに入っていたもの。文庫本は自室で最後に読んでいたものだ。そういえば転倒したときは手に持っていたんだったかな。よく覚えていない。


「すみません。ありがとうございます」

「この妙な板はお前さんの世界のものか?」

「ええ。まあ、ここじゃ役に立たないと思いますけど」

「では、この本はどこで手に入れた」

「これも僕の世界のものですよ」


 師匠は少し考え込むような表情をした後、真剣な顔で言った。


「本当か? これは非常に精巧にできた魔籠だぞ」


 なに……?


「いや、でもこれ確かに僕の世界の」

「お前さんがそういうなら、確かにそちらの世界のものなのだろう。装丁もみたことがないしな。だが、これは間違いなく魔籠だ。ワシにはお前さんの世界の文字が読めぬから仕組みを完全に暴くことは出来んかったが……」


 どういうことだ。どうして僕の世界に魔籠があった?


「それだけではない。この本に込められた魔法には術者の意思に関わらす起動する、極めて特殊な儀式回路の構成が見られた。具体的な仕組みまではわからん。だが、明らかに所有者が自分のために使用することを想定していない。まるで罠だ」

「持っているとまずいって事ですか?」

「いや、すでに回路が破壊されているようだ。魔力が流れなかったからな。一度起動したら自壊するようになっていると推測できるが、詳細はワシにもわからん。しかし――」


 僕がついてきていないことに気づいたか、ルルが少し進んだ先の道から呼んでいる。

 僕は手を振りながら「すぐに行く」と返事をし、師匠から袋を受け取った。


「何者かが仕掛けた罠は確かに起動し、仕事を終えた。これは間違いない。お前さんがここに来たこと自体、何者かの策謀が関与しているのかもしれん。気をつけろ」

「はい……」

「ちなみに、本の表題はなんと読むんだ?」

「『ポラニア旅行記』です」

「……お前さん、この国の名はどこかで聞いたか?」

「いいえ」


 そういえばまだ知らなかったな。


「ここは、ポラニア王国だ。覚えておけ」

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