第八話 手紙
大きめのリュックを用意してもらったので、僕らは荷造りを始めた。
僕が着替えやら保存食やらを詰め込んでいると、背後から師匠に話しかけられた。
「おい、ちょっといいか」
「僕ですか?」
師匠が手招きしている。僕はルルに荷造りの続きを任せ、師匠のいる部屋へと入った。師匠は椅子に掛け、目の前の卓に木製の小箱を置いていた。
「なんですか?」
「ああ、お前が王都についていくなら、念のため伝えておいたほうがよいと思ってな」
師匠は小箱の蓋を開けると、中から紙の束を取り出した。かなりの量がある。
「それは?」
「ルルが両親に宛てて書いた手紙だ」
「なんで、それがここにあるんです?」
「これはな、すべて受け取り拒否で返ってきたものだ。ルルが出したもののうち、ほとんどがここにある」
「受け取り拒否……」
確か、ルルが話してくれたな。地方の魔法学院を辞めると言って以降、手紙を出しても返事がくることはなくなったと。つまり突き返されたことはルルには伝えていないわけか。
「ルルがワシの下で修業をするに至った経緯は聞いているのだったな?」
「ええ、簡単にですけど。確か、学院では魔籠の専攻が無かったからだとか」
「そうだ。知っての通り、あいつは生まれつき魔力をほとんど持たん。故に魔法使いを志す一般的な道筋を辿ることはまず不可能だった。だが、決して勉強を怠けていたわけではない。実践は積めない分、儀式の知識や理論を深く学んだ。少しでも親の期待に応えようという意思は感じられたよ」
ルルにとっての原動力がそこだ。親の期待に応えて魔法の道に進み、家に帰ること。僕は森の中でのルルの必死さを思い出した。
「だからこそ、師匠は魔籠の道をルルに教えようと思ったんですよね」
「そうだな。ワシがルルの魔法学院に臨時講師として招かれたとき、あいつはすでに失意の底にあった。どうしても、どれだけやっても、魔法が使えない。万策尽きて魔法学院を辞めたいと声を上げたら、ついに親から見限られたとな」
「魔法使いを志さないなら、娘ではない……でしたっけ」
酷い話だ。生まれつきどうにもならないのに、それが分かっていても努力をつづけたルルの根性は相当なもの……いや、そうするほか道が無かったという方が正しいのかもしれない。
「そうだ。相談を受けたワシは、ルルの天性の才と、積み重ねた知識によって魔籠の道を開くことができると考え、勧めた。これならば魔力がなくとも魔法の道を志すことができるだろうとな。そうしたら、あいつは本当に喜んでな。これで家に帰れる、と」
そう言うと、師匠の顔が少しだけ綻んだように見えた。ルルが喜んでいるところは見ていて嬉しくなる。僕も同じだから、師匠の気持ちはよくわかった。
「学院では専門の教育を受けられない。ワシは学院を辞めたルルを引き取り、知りえる全てを教えていった。ルルは貪欲に知識を吸収し、その才能を見事に発揮したよ。魔籠の道が開けたことに確信を持ったルルは、さっそく両親に手紙を書いた。だが――」
師匠は手元の手紙の束に目を落とした。
「ルルの両親はな、おそらくルルに魔法使いになってほしいわけではない。王立魔法学院に入ってほしいだけだ。魔籠では道は開けん」
「そんな。じゃあ、ルルの努力は無駄なんですか?」
「無駄とは言わん。ルルの将来にとって必ず有益なものとなるだろう。だが、両親に認められて家に戻るということに関して、これは助けにならん」
「王立魔法学院って、そんなにしてまで入らないといけないものなんですか?」
「嘆かわしいことだがな、一部の奴らにとってはそうなんだ。ルルの両親もその類だったということだろう」
エリート校のステータスみたいなものが目的なのだろうか。それは子供と天秤にかけられるような価値のあるものなのか。
「あの、このことってルルには……」
「伝えるかはお前に任せる。ワシはどうしても言えんかった」
そう言って、師匠は少し顔を伏せた。
意外だ。こういったことにはきっぱりと方針を出しそうな人なのに。
「お前、いま意外だと思っただろう」
「ええ、まあ……」
「我ながら情けないと思う。だが、あいつの頑張る姿を見ていると、どうしてもな」
「師匠にもそういうところあるんですね。もっとドライだと思ってました」
「ワシを何だと思っておる」
「すみません」
「あいつはああ見えて聡いところがあるから、とっくに気づいているのかもしれんがな。とにかく、ルルのことは、お前に託す」
そう言って、師匠は手紙の束を入れた小箱を僕へと差し出した。僕は黙ってそれを受け取る。
「王都に着いた後、ルルにとっては悲しい現実が待っているかもしれん。その時はお前が支えになってやれ」
「はい……」
僕がルルの元へ戻ると、既に荷造りを終えたルルは机に向かって何か書き物をしていた。
「何してるの?」
「あっ、おじさま。手紙を書いてるんです! 一人前になったよっていうことと、もうすぐ帰るからねっていう報告ですよ。まあ、手紙とわたしたちどっちが先に着くかなってくらいだと思いますけどね」
「そっか」
ほんの少し前に見た手紙の束が思い浮かんだ。
「読んでもらえるかなあ。わかんないですけど、いきなり帰るとびっくりさせちゃうかもしれないので、一応書いておきます」
そう言って手紙を書くルルはとても楽しそうだ。何も知らなければ微笑ましく見ていられたと思うが、今の僕には難しい。
伝えるかどうかは僕に任せるって……この顔を見て、言えるわけないだろ。
師匠もなかなかズルい逃げ方をしたものだ。もちろん付いていくからには責任を持つつもりではあるが。
ルルのそばにいると複雑な心境が伝わってしまいそうだったので、僕は部屋を出た。
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