第二十四話 ルル・マジック VS ララ・マジック(二)

 観客は逃げ出していた。よく見れば審判までいなくなっている。火災になっているから無理もないか。演習場に残っているのは、僕とルル、ララとその両親だけだった。

 ララが光の剣を構えた。対峙する僕も剣を構え、呪文を唱える。


「ボルテージ」


 雷の魔法が通い、刃が青白く発光し始める。

 先に仕掛けたのはララだった。光の剣を構えたままひと跳びに接近してきた。振り降ろされた魔法の剣を、こちらも魔法の刃で受け止める。合わさる刃が激しく明滅し、火花が飛び散った。連続する高速の打ち合いの末、鍔迫り合いとなる。


「あなた、剣は下手ですね」


 当然だ。剣なんて初めて使った。今は強化魔法に頼って強引に振り回しているだけだ。一方のララはある程度の技に習熟しているのが素人目にもわかった。ルルの魔法が強力なおかげでぎりぎりごまかせているものの、まともに剣の腕を比べたら負けは間違いないだろう。ホントに天才お嬢様はなんでもできて困る。


「そうだよ。でも、これはただの剣じゃないからな」


 強引に力を込めてララの剣を弾き、後方へ逃れる。追撃に向かってくるララめがけて雷をまとった刃を振るう。

 ララは危険を感じ取ったのか、素早いサイドステップで回避行動に入った。直後、剣の切っ先からララがいた場所へ向けて強力な雷が飛んだ。


 これがルル渾身の傑作だ。ボルテージの呪文は剣そのものを強靭にするのに加え、ダイヤモンドボアの宝石から雷の力を引き出す。呪文をかけて振るうだけで遠距離攻撃ができるという素晴らしい代物だ。一度呪文をかければしばらく持続するので、攻撃の度に呪文を連呼する必要が無い点も重要である。


 僕はララと一定の距離をとりながら剣を振るい、雷の斬撃を撃ち続ける。ララは器用に回避を続けているが、このまま魔力の総量がなくなるまで粘り続ければこちらの勝ちだ。


「なるほど。面白い魔籠ですが、こちらもただの剣ではありませんよ」

「なに」


 僕の攻撃を避けながら、ララは再び呟き始めた。


「乞う、深淵の影。弾丸となりて、我が敵を撃ち抜き給え」


 ララの手から光の刃が消え去った。代わりに現れたのはライフル銃だった。夜のような漆黒に塗りつぶされたそれを僕へ向けて照準している。

 僕が跳び退った後の地面めがけて弾丸が撃ち込まれた。

 間一髪。そう思って反撃をしようと思った時、着弾地点の地面から多数の影が尾を引きながら伸びてきた。僕は若干焦りながらも、触手のようなそれらめがけて雷を放つ。幸いにして効果はあったようで、不気味な影は雷鳴と共に霧散した。


「なんだ、あの魔籠」


 僕が困惑している間にも、ララは次々に銃撃を繰り返してくる。弾丸そのものを回避しても、着弾地点から次々に殺到してくる影の触手。激しい連撃に僕は防戦せざるを得ない。これではじり貧だ。いずれ僕に攻撃が届く。

 ララは次の呪文を唱えていた。


「乞う、灼熱の炎。矢となりて、我が敵を貫き給え」


 ララが持つ棒から炎が伸び、弓を形作ってゆく。

 また遠距離攻撃か……。あの魔籠、一体いくつ魔法が使えるんだ。

 僕めがけて炎の矢が撃ちだされる。一度に数十本。炎をまとった魔法の矢が僕を中心とした広範囲を狙ってばらまかれた。

 即座に雷撃で応戦。しかし、リーチで劣る攻撃では、空中に散らばった矢をすべて撃ち落とすなど到底不可能だった。ほとんどの矢が僕の周囲に着弾、その場で爆発した。衝撃に打ちのめされ、僕は無様に転がる。

 剣を支えにしてなんとか立ち上がるが、体が思うように動かない。開戦時にかけた強化魔法が切れはじめているようだ。魔力に余裕はあっても、体力が限界に近い。


「やっぱり、もう魔籠がそれしか無いんですね」


 僕は弓を構えたままのララめがけて剣をふるった。刃から雷が放出され、ララへと向かう……が、攻撃はララに届く前に地面へと吸い込まれてしまった。ララはこちらの攻撃が届く範囲を読み切っていた。僕から十分に距離をとった位置に立ち、余裕の表情で魔籠を構えている。


「乞う。轟天の雷。鞭となりて、我が敵を打ち倒し給え」


 炎の弓が消え去り、紫電をまとった長い鞭が現れた。まだ種類があるのか。もう呆れて笑いすら出てきそうだ。


「覚悟はいいですか」


 ララが腕を振り上げた。僕の魔籠ではこの距離を詰めることはできない。攻撃を避ける体力も、防御できる魔籠も無い。

 電撃の鞭が空気を裂きながら迫ってくる。

 僕は目を閉じ、心の中で詫びた。

 ごめん、ルル。あれだけ偉そうなこと言っておいて、このざまだ。許してくれ。


「おじさまっ!」


 はっとした。

 体の支えにしていた剣をとっさに構える。だが、攻撃を受けきれるはずもなく、僕は強力な打撃と電撃に晒される。皮膚が裂け、血が吹き出た。それでも剣は放さなかった。

 僕は剣を握りしめたまま再び地面に倒れる。剣と腕に鞭が絡みついていた。鞭から流れ込む電流が僕を容赦なく痛めつけてゆく。


「勝手にあきらめないでください!」


 後ろからルルの叫び声が聞こえる。泣いているのか、声が震えているのが分かった。


「これはわたしの勝負なんですよ!」


 そうだ。最初からそうだった。そのつもりで臨んだのに、僕はなにをしていたんだろう。

 この旅も、勝負も、全部ルルのものだ。

 僕は痺れる体で、なんとかルルのほうを見る。


「わたしはあきらめていません! 戦ってください!」


 ルルは客席から身を乗り出し、真剣な眼差しで涙を流しながらララを見据えていた。


「お姉ちゃん……」


 一方、ララの顔には微かな動揺が見える。鞭をだらりと手に下げたまま、ルルのほうを見ていた。


「ララ」


 僕は倒れたまま声を絞り出す。


「そういうわけだ。この勝負、負けるわけにはいかない」


「どうして、そこまで……」


 ララがたじろぎ、一歩下がる。

 僕は最後の呪文を唱える。


「ゼウス」


 莫大な魔力が電撃となって荒れ狂い、刃が目が眩むほどの輝きを発した。生み出された暴力的な雷の流れが鞭を遡ってララに襲い掛かった。

 光の炸裂と轟音。火花を散らし、ララが後方へと吹き飛ばされていく。

 放物線を描いて地面へ落下していくララを見ながら、僕は勝負の結末を見届ける前に意識を失った。

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