第二十二話 戦闘準備(二)

 ルルは材料をよく厳選した。例のドラゴンの爪も少しだけ削り出した欠片を頂戴した。これだけでもかなり高そうだ。っていうか、一部だけ削っちゃってよかっただろうか?

 魔籠の製作にはこの業者が所有している工房を貸してもらえることになった。剛堂さんはそのあたりまで考えてくれていたようだ。


「材料は揃いましたけど、あまり時間はないですね」

「そうだね。なんとかなりそう?」


 工房の作業机に広げられた材料を前に、腕組みをして唸るルル。


「難しいです。しっかりしたものを作るのは無理ですね。ある程度、質はあきらめるつもりでいかないと」

「だよね」


 よく考えてみれば、前回ルルが作った剣も構想にものすごい時間をかけているし、僕の魔籠靴も材料こそ簡素だったが、製作には一週間かかっている。こんなにたくさん作れるだろうか。


「とにかく、やると言った以上はやります」

「僕もできることは手伝うよ」

「もちろん、お願いしますよ!」


 早速その日から工房に泊まり込みでの作業が始まった。

 僕は魔籠の何たるかを全くと言っていいほど知らない。でもルルはいろいろと的確な指示をくれた。例えば、皮や布なんかを指定の寸法に切り出したり、錐で穴をあけた部品に糸やひもを通したりといった単純な仕事は僕の出番だ。


 僕が指示されたとおりに作った部品を、ルルは丁寧に組み上げていった。僕には読めない文字や記号が刻み込まれていくと、部品は次第に魔籠らしくなっていった。

 工房を離れられないルルに代わって食事を買ってきたり、道具を持ったまま机に突っ伏して眠るルルに毛布を掛けてやったりと、作業以外も細々と手伝いはできた。


「おじさま」

「ん?」


 ある日、ルルは作業の手を止めて言った。


「ララは、本気でこの勝負を受けてくれるでしょうか」

「本人はそう言ってたよ」

「でも、ララはおとうさんに言われて無理やり……」


 まあ父親の面子がかかっている以上、負けるわけにはいかないだろうから、そういう部分もあるだろうなとは思う。天才的能力をもったララが中の下レベルだと言われる王立魔法学院に入っているのも両親の意向に従っているからだろうし、ララの行動を決定する要素の大部分を両親が占めているのは間違いないだろう。しかし。


「ララはルルのことをきちんと考えてくれてるよ。きっかけは違うかもしれないけど、ルルが約束を果たして戻ってきたというなら、全力で受けてくれるはずだ」

「でも、ここにある魔籠は全部恐ろしいものです。もしララを傷つけたらと思うと」

「だめだ」

「え?」

「全力でやらないとだめだ。傷つけるどころか、叩き潰すくらいの気持ちでいかないとララにはきっと勝てない」

「でも」

「手を抜くのはララに失礼だ。いつか言ってただろう。魔籠作りをすることは、ルルが魔法の道を外れなかったことの証明だって。両親が望んだ形とは違っても、自分が作った魔籠で、いままで積み重ねてきたことを示すんだろう」


 僕は知っている。ルルが魔籠作りに挑んでいるときの真剣な表情。魔法の才能がなくても、なんとか期待に応えようとした執念。積み重ねてきたそれら全部を出す時だ。


「大丈夫だよ。ララはルルの全力でへばるような奴じゃない。むしろルルの全力を受け止められるのはきっとララだけだ」


 ルルは僕の目をしっかりと見据え、力強く頷いた。


「よし。じゃあ続きをやろう」

「はい!」


 そして決戦前夜、突貫工事の魔籠作りは完了した。

 僕の目の前には大量のリストバンドやペンダント、ベルト、手袋に靴下、外套など、様々な形状の魔籠が置かれている。作業効率の都合上、既製品の衣料品やアクセサリをベースに高級素材を盛り込んで改造したものがとても多い。外套に至ってはよくわからない記号の刺繍や装飾がてんこ盛りで、趣味の悪い特攻服のようになってしまっている。


「できたね」

「はい。……大事な注意事項があるので聞いてください」

「うん」

「ここにある魔籠はほとんどが一発撃てば、普通の人なら魔力がすっからかんになって数日は魔法を一切使えなくなるくらい燃費が悪いです。その代わり、ものすっごく強いです。中にはダイヤモンドボアくらいなら十匹まとめて一撃必殺できるくらいの恐ろしい魔法もあります。ただし、短期間で一気に仕上げたので、完全に安定させることはできませんでした。つまり全部使い捨てです」

「今回の勝負限りってことかな?」

「いいえ、一回限りということです」

「一回か……」


 僕は一つの首飾りを手に取る。革紐の先につけられているのは超高級品、ドラゴンの爪の欠片だ。


「いいじゃん。一発限りの一撃必殺。カッコいいよ」

「では、呪文と効果を教えます。全部覚えてください」

「えっ」


 マジで? この状況でもそのこだわりは抜けなかったのか。だけど……。


「ダメですか?」

「いや……面白い。今回ばかりは呪文方式でなくちゃ。ルルのこだわりを尽くした魔籠で、実力を見せつけてやろう」

「はい! あ、そうだ」


 ルルはそう言って、工房の片隅に置いてある僕らの荷物のところへ向かい、何かを持ってきた。


「これも使ってください」

「これ……」


 両親に力を示すと言って作った、件の剣だった。


「でもこれは」

「いいんです。おじさまが使ってください。おじさまに使ってほしいんです」


 差し出した剣を見下ろす。ルル渾身の力作、しかし最も見てほしい人には見てもらえなかった。予定していた形とは違うが、もしかしたらこれは成果を見てもらえる最後の機会かもしれないな。


「わかったよ。使いこなしてみせる」

「ありがとうございます!」


 準備は整った。決戦は明日だ。

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