第二十一話 戦闘準備(一)
翌朝、宿に僕宛の手紙が届いた。
緊急で無理なお願いをしてしまったが、剛堂さんは見事に対応してくれたようだ。
「お手紙、誰からですか?」
朝食のパンを頬張りながら、ルルが尋ねてきた。
「剛堂さんだよ。ちょっと協力をお願いしてね」
「ふーん、なんのお願いしたんですか?」
「ララとの勝負のこと」
「勝負……?」
「うん。実はね――」
僕はルルに、昨日の一連の出来事を説明した。
「何勝手に決めてるんですかっ!」
ルルは机をばんと叩いて立ち上がった。
「やっぱり怒った?」
「あたりまえです!」
まあ、なんとなく予想はできた。しかし、ルルが怒ってもあまり怖くないな。ララのほうが不思議な威圧感というか、迫力があった。同じ顔、同じ背格好、同じ声なのに何が違うんだろう。
「反対されるのは分かってたからね。悪かったとは思ってるけど、ちょっと強引に進めさせてもらったよ」
「この勝負、おじさまが勝つことに何か意味があるんですか?」
「ルルのお父さんとお母さんをぎゃふんと言わせられる」
「それって、わたしやおじさまのためになりますか?」
「わからない。けど、ルルの力を認めてくれるかもしれない」
「じゃあ、おじさまが負けたらどうなるんですか?」
「……わからない。大けが?」
ルルはため息をついて再び椅子に座った。
「元々わたしのわがままに付き合ってもらってのことなので、あまり強くは言えませんけど、先に相談してほしかったです」
「ごめん」
「でも、おとうさんがそんなこと言うなんて……」
ルルは頭を抱えてうつむいた。
「今回の勝負でルルの力が認められて、家に帰れるならそれでよし。そうでないなら、もう諦めてもいいと思う。僕はルルが両親からひどいことを言われるのに黙っていられなかった。もちろんこれは僕が勝手に仕掛けたことだから、ルルに従う義務はない。協力したくなければ、それでもかまわない。僕一人でなんとかするよ」
「そんなのずるいですよ。ほっとけるわけないの、知ってるのに……」
ルルはしばらく目をつむって考えこんでいた。
確かに今のはずるかったかもしれない。
「わかりました。おじさまに協力します」
「ありがとう」
返事をくれたルルの眼差しには覚悟が見えたような気がした。ルルは強い。結果がどうあれ、きっとルルはもう大丈夫だろう。
「とはいっても、勝算はあるんですか?」
「ルルが本気を出してくれれば」
「おじさまはララの魔法を直接見ましたよね」
「うん。あれはまあ、すごかったけど。あれはララがすごいというよりララが持ってた魔籠がすごいだけなんじゃないの?」
列車に乗った日、怪鳥を一瞬で焼き払った火柱を思い出す。だが、この世界での魔法は魔籠によって短縮しない限り綿密な儀式やら下準備がいることが分かっている。実戦でそんなことをやっている場合ではないから、魔法で戦うためにはやはり魔籠が要るだろう。
「ララは特別な魔籠なしで複数の魔法を使えるんです。もちろん何でもありというわけではありませんけど」
「え?」
「魔籠っていうのは、儀式を象徴化して道具に刻み込んで固定化してしまおうという技術です。便利ですけど、やってることはとっても単純です。極端なことを言うと、儀式の内容を象徴化して解釈できるなら専用の道具を用意する必要すらないんです」
「言ってる意味が全然分からない」
「ララは象徴をその場で用意して魔法を使うのが得意でした。よくやっていたのが、空中にお絵描きができるおもちゃの魔籠を使って即興で象徴図形を組み立てる方法です」
「それって……」
見覚えがあるな。列車の上でララが怪鳥を焼く前、ララの周りに現れた光の模様。
「イメージとしては、その場一回限りの魔籠を作るような感じです。本物の素材無しで作っているので威力はだいぶ落ちるんですけど、ララにはそれを補うだけの実力と魔力があるので。あんな魔法まで撃てるようになっていたのはびっくりしましたけど」
それって魔籠を作る素質もあるってことじゃん。才能ありすぎ。
「ちなみに、お師匠さまはもっとすごいですよ。周囲の風景……例えば雲の形とか木の配置とか風の音とか、環境の中にあるいろんな条件から儀式の象徴と解釈できそうな要素を取り出して、それを魔籠替わりに即興で魔法を撃てます。あんなことができる人は今のところお師匠さましか知りません」
「なんだそりゃ……」
きっと細かい儀式やらを深く知っているからこその離れ業なんだろうけど、すごい人だったのか。
「わたしがどれだけ本気を出しても、できるのは魔籠作りだけです。でも、ララは状況に応じてその場で魔法を組み立てられるんです。圧倒的に不利です」
ルルは一気に説明を終えると、ふーっと大きなため息をついた。
「そのうえで、わたしたちに勝算があるとすると、鍵はおじさまです」
「僕? でも僕はただもらった魔籠をつかうくらいしかできないよ」
「でも、おじさまにはものすごい量の魔力があります。普通の人なら一発で魔力切れになっちゃうような魔法でも連発できると思います。ララはいろいろな魔法が使えるかもしれませんけど、魔力はおじさまほどじゃないはずなので、とにかく強い魔籠をいっぱい用意すれば少しは渡り合えるかも」
「なるほど。じゃあ今からいっぱい魔籠を用意しないと」
「でもそんな材料どこに――」
言葉を遮って、僕は手紙を机に置いた。
ルルは手紙に目を落とす。が、日本語は読めなかったようで、すぐに僕のほうへと目を戻す。
「どのみち魔籠が必要になるだろうとは思ってたから、剛堂さんにお願いしてたんだ。魔籠技研が王都の業者から仕入れる予定で買ってあった材料を自由に使っていいそうだ」
「そういうことだったんですか」
「さて、あまり日数に余裕がないからね。さっそく一緒に見に行こう」
*
僕らは手紙に書かれていた業者の商館へと向かった。僕へ手紙を返信するのと同時に、業者宛にもこの件について手紙を出してくれているようなので、行けば話は伝わるとのことだった。
「お待ちしておりました。イマガワ様に、ルル様ですね」
出迎えてくれたのは腹周りの立派な男の商人だった。僕らが手紙を見せると、彼は商館の奥にある倉庫へ案内してくれた。
「列車で水都へ送る予定の荷物になります」
倉庫の中には所狭しと様々な素材が置かれている。どうやら梱包作業の途中で手紙を受け取ったようだった。箱詰めされたものとそうでないものが混在し、作業の途中だったことが伝わってくる。
「すでに料金はお支払いいただいておりますので、必要なものは好きなだけ持ち出していただいて構いません。残ったものをこちらで梱包して出荷いたします。それから、こちらが商品のリストになります」
そう言って商人は僕に紙を差し出した。僕は文字が読めないので、そのままルルへと渡す。
「どう? つかえそうなのある?」
「えーっと……ん? んんっ?」
はじめはゆっくりとリストに目を通していたルルだったが、眉間に小さなしわを寄せ、徐々に目つきが険しくなっていく。
「どうしたの。もしかしてあんまりよくない?」
「あの、これホントに好きなだけ使っていいんですか……」
「って聞いてるけど」
「あとでゴウドウさんから代金を請求されたりしないですよね」
「それってどういう――」
僕が言い終わる前に、ルルは倉庫の中をきょろきょろと見まわし、リストと商品を見比べている。やがて一つの大箱にたどり着くと、蓋を開いた。中には梱包材と思われるおがくずに覆われた物体が入っていた。僕の腕ほどはある謎の物体。先は尖っていて表面は滑らか。なんだろう。
「ドラゴンの爪。本物なら、これ一個で王都の一等地に豪邸が三つは建ちますよ」
「なに!」
「これだけじゃないです。ほかにもすごく高いのがいっぱい。強い魔籠はたくさん作れますけど……ほんとにいいんでしょうか」
「たぶん請求はされないだろうけど、ちゃんと使う分だけ持っていこうな……」
「そうですね」
こんなデカいの丸ごと使うことはないだろう。ほかにもいろいろあるようだけど、勝負は七日後なのだ。無計画にたくさん持って帰っても使いきれないだろうし、それ以上に剛堂さんとの関係は大切にしなければ。
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