第二十話 寂しいから

 ララと話をした後、僕はすぐに準備に取り掛かった。まずは手紙を書かなくては。

 道を尋ねながら訪れたのは郵便局だ。この世界で一般人が使える最速の通信手段は手紙らしい。通信に関わる魔法が無いというわけではないようなので、この辺りもゆくゆくは魔籠で置き換えられていくのかもしれない。


 局内で手紙を書く。僕はこの国の文字を読み書きできないが、問題ない。送り相手は日本語が読めるからな。宛先は局員に伝えて記載してもらった。


「この手紙はいつ頃届きますか?」

「水都でしたら、速達なら今晩にも着きますよ」


 郵便局を探すのに手間取ったうえに、手続きのやり方を聞いていたら夕方近くになっていた。今から出して今日のうちに着くならかなり速い。


「ずいぶん速いですね。列車に載せられていくのかと思っていましたが」

「通常は列車の貨物と一緒ですが、速達ではあれを使いますからね」


 そう言って局員が背後を指し示す。そこには止まり木の上で休む大きな黒い鳥たちの姿があった。しかし、どこかで見たことあるような……。


「あれ、魔物じゃないですか!」

「ええ、そうですよ。郵務のために魔籠で強化と調教をされた鳥です。しっかり管理されているのでご安心ください」


 額に青い宝石が埋め込まれた鳥。列車上で戦ったやつと酷似している。実際に戦ったやつと違い、足にタグが付いている様子をみると確かに管理されているようだが。

 あれが野生化して増えたんじゃないだろうな……。


 だいぶ前に、ルルから教わった野生の魔物についての話を思い出す。意図的に作られた魔物や、投棄された魔籠の仕業じゃないかと言っていたが、なるほど意図的に作るというのはこういったケースもあるわけだ。

 とはいえ、いまはあれに頼るしかあるまい。


「では、速達でお願いします」

「かしこまりました」


 僕は追加料金を支払って速達を依頼した。


          *


 僕は郵便局を出て傘をさす。まだ夜ではないが、分厚い雨雲のせいで辺りはかなり暗くなっている。

 ずいぶん遅くなってしまったし、何か食べるものを買っていこうかな。ルルが少しでも食べてくれたらいいが。それに、今回の勝負のことも話さなくては。独断で決めてしまったので、ルルは怒るだろうか。


 雨は強まっていた。さすがにこの天気では出歩く人も少なく、大きな通りも閑散としている。 僕も早く宿に戻ろうと路地を足早に駆けていたが、雨の音に交じって人の声が聞こえてくることに気づいた。少し注意してみると、ただ会話しているというよりも争っているような緊迫感が伝わってくる。


「なんだ?」


 気になった僕は、宿への道から外れて声のするほうへと進んだ。少しずつ、声は近くなっている。

 たどり着いたのは、大きな建物の陰にある目立たない道だった。果たして、声の主はそこにいた。二人の人物が荷物を取り合って争っている。一人はレインコートを着た男。こいつが荷物を奪おうとしているようだ。もう一人は――


「ルル!」


 僕は傘を放り捨てて走り出した。


「なにしてんだ! その子から離れろ!」


 僕が近づくと、男は舌打ちをして逃げ出した。また強盗か。水都に続いて王都でもこんな目に遭うとは。幸い荷物は盗られなかったようだ。

 ルルは路面の水たまりに座り込んで震えている。


「大丈夫か、ルル」

「おじさま……」


 全身雨に濡れたルルは僕の顔を認めると、堰を切ったように大声で泣き始めた。


「おじさまぁ!」


 ルルは僕の胸に飛びついてくると、しがみついたまま、わんわんと泣き続ける。


「なにしてるんだ、こんなとこで」


「目が、覚めたら、おじさま、いなくって! ずっと、帰ってこなくって! わたし、また、また捨てられたんじゃないかって、思って……!」


 叫ぶように泣きながら、嗚咽交じりに不安を吐き出すルルが、見ていて痛々しかった。捨てられたという言葉が胸に突き刺さる。ルルは自分が親に捨てられたのだと、口にせずともずっとそう思っていたということだ。


「そんなことするわけないだろ」

「だって! だって、ララも! おかあさんも! わたしのこと知らないって! みんな、みんなわたしのこと、置いて、どこかにいっちゃうんだもん! わたし、わたし……」

「ルル……ごめん」


 ルルの背中を撫でてやった。とても冷たい。雨の中、長いこと僕を探していたのだろう。ルルがどれほど心の中に不安と寂しさを抱えているか、僕は分かっていなかったようだ。


 ララと両親と、再び会うことを夢見てずっと頑張ってきて、心のどこかに燻る捨てられたんだという思いと戦って、信じてきた相手にそれをへし折られたときの気持ちは想像を絶するものだっただろう。


「おじさま。なんで、ララはわたしのこと、知らないっていうの? おかあさんも、なんで? わたし本当に、本当にがんばったもん! お師匠さまも認めてくれたもん! だから、やっと会えるって思ったのに! 帰ってきたのに! なんで? どうして? なんで……」


 ルルの叫びは嗚咽になって消えていった。

 僕は何も答えられない。

 どうして、ルルがこんな目に遭わなくてはいけない。ルルが何したっていうんだ。ただ、生まれつき魔法の才能がちょっと無かっただけじゃないか。こんなに頑張ったのに。どうして認めてくれないんだ。

 あんなに明るかったルルがここまで打ちのめされるのを、ただ見ているしかできなかった。情けなくて悔しくて、そして腹が立った。血が煮えたぎるようだ。


 涙を流して震えるルルを見て、改めて思う。

 誰が何を言おうが、僕はルルの味方だ。

 僕はルルから離れない。本当にルルが僕を必要としなくなるまで。


「ルル、宿に戻ろう」


 少し落ち着いてきたルルは、袖で顔をぬぐって頷いた。傘は二人で入るには小さかったのでルルにあげた。もっとも、二人ともずぶ濡れだったのでほとんど意味はなかったけれど。


          *


「風邪をひくから早く着替えたほうがいい。僕はあっちにいってるから……」


 宿に戻ってもルルは僕の手をつかんだまま放さなかった。


「やです。どっかいっちゃうから」


 泣き腫らした目のまま、ぶすっとした顔で言うルル。怒らせてしまったな。


「どこにも行かないよ。僕ももう寝るし」

「ホントですか?」

「ホントだよ」

「ぜったい?」

「絶対」


 ルルは渋々といった感じで手を離した。

 その後、着替え終えたルルは歩き疲れたのか泣き疲れたのか、すぐに眠ってしまった。

 ララとの勝負のことは明日話そう。そう思って僕も着替えて寝床に入ったところで、部屋の扉が叩かれた。


「なんだ一体……」


 部屋の扉を開けると、宿屋の主人が居た。


「旦那にお客さんが来てますぜ」

「どなたです?」

「ちっこい女の子ですわ。旦那の連れとそっくりでびっくりしましたよ」


 ララか。一体どうしたのか。


「帰ってもらいますかい?」

「いや、会いますよ」

「あいよ。ロビーで待ってもらってますんで。んじゃ」


 主人が去ってから、僕はロビーに向かった。薄暗いロビーで椅子に腰かけて待っていたのはやはりララだった。ララは僕に気が付くと立ち上がってこちらを見据えた。


「何の用かな」

「まだ間に合います。今日の約束を撤回してください」

「できないな」

「どうして!」

「君たちがルルのことを認めようとしないからだ。君たちがどれだけルルのことを傷つけているか、分かってるのか?」

「だからって手段が強引すぎます」

「悪いね。僕は馬鹿だから、こんな方法しか思いつかなかった」

「本当に馬鹿なんですね。こんな方法、なんの解決にもならないのは分かるでしょう? どっちが勝ったってお姉ちゃんは家に帰れない……!」

「一人っ子だっていう設定はどこいった?」

「真面目に聞いてください」


 本当に心底呆れているようだ。確かに、今回の方法で僕がララを打ち破ったところであの両親がルルを温かく迎え入れるとは思えない。これは僕のわがままだが、ルルをあんな両親のところへ返したくないというのが本音だ。ララだけが認めてくれればいい。


「あなたが何者か詳しく知りませんが、お姉ちゃんがあなたの元で上手くやっているなら、そのまま新しい暮らしの中で幸せになってほしかった。私の生活とお姉ちゃんの生活、その両方をわざわざぶち壊しに来たのがあなたなんですよ」

「家族との生活を渇望しながら僕と暮らすのは幸せとは言わない。この勝負で望みが叶うならよし、ダメならきっぱり諦めるきっかけにはなるだろう。正直に言うとあんな親はどうでもいい。君だけがルルのことを認めてくれればいいと思っている」

「ずいぶん自分勝手ですね」


 ララは大きくため息をつくと、椅子に立てかけてあった傘を手に取り玄関へと歩き始めた。


「勝負をする以上、私も負けるわけにはいきません。本気でやることになります。本当に死んでも知りませんよ」

「僕は負けないよ。ルルがついてるからね。君はルルの優秀さを知らないだろうけど」

「知っています」


 どういうことだ。ララはルルの魔籠作りの才を知っているのだろうか。


「……勝負は七日後の朝、王立魔法学院の演習場で行います。気が変わって辞退する気になったらいつでも言ってください」


 ララはそれだけ言い残して去っていた。勝負は七日後か。正直、いきなり明日や明後日にならなくてホッとした。情けないが、勢いだけで言ってしまった部分もあるしな。明日から準備に取り掛からなければ。

 僕は部屋へと戻り、扉を開けた。


「うおっ。びっくりした……」


 暗がりの中、扉の目の前に寝間着姿のルルが立っていた。立ち尽くす僕に、じっと責めるような視線を送ってくる。


「うそつき」

「ごめん……」

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