第十七話 王立魔法学院

「おじさま! 大丈夫ですか? けがは?」


 僕が客室に戻ると、心配そうな顔をしたルルが飛びついてきた。


「大丈夫だよ」

「でも、でも、外でものすごい火柱が上がったのが見えたから」


 ララの魔法のことだろうか。まあ、あれを見れば誰だって焦るだろうな。この世の終わりにすら思える光景だった。ほかの乗客も驚いているに違いない。

 それよりも、ルルには話しておいたほうがいいだろう。


「ルル、そのことなんだけどね――」


 僕は今回の魔物討伐について一連の出来事を説明した。


「ララが……」

「うん。何の用事かは知らないけど、同じ列車に乗ってる。今から探しに行くこともできるけど、どうする?」


 ルルはしばらく考えてから、答えた。


「いえ、王都に着いてからにします。きっといまは疲れているので」

「そっか。わかった。一度王都で落ち着いてから行こうか」


 確かに、一仕事終えたばかりのところへ、いきなり押し掛けるのも気が引ける。それにルル自身が決めたことだ。尊重しよう。


          *


 列車は安全に運行をつづけ、王都に迫っていた。


「おじさま。もうすぐ着きますよ」

「ん……」


 朝食後、早起きした分を取り戻そうと仮眠をとっていたが、再びルルに起こされた。

 重い瞼をこすって起き上がると、ルルが窓を開けて身を乗り出していた。ルルに促されて、僕も窓から顔を出し、列車の進行方向を見る。


 平原の先、密集した建築物群が見えた。

 水都のような高層建築は少ない。煉瓦作りの建物が多いのか、街全体に赤色が見られる。洒落た形の尖塔や時計台、ドーム状の屋根などがところどころに見受けられ、技術と効率による発展を遂げた水都とは異なった趣をもって栄えた街といった印象を受けた。


 列車は駅に停車。僕らは王都に降り立った。列車から出てきたララと鉢合わせするんじゃないかとも思ったが、王都で降りる客は多く、混雑の中でララを見つけることはできなかった。 僕らは見事な煉瓦造りのアーチをくぐって駅舎を出る。


「さて、同じ列車に乗っていたということは、このまま学院に直行しても居るかはわからないな」

「ララが時間をとれるのがいつか分かればいいんですけど」


 どうするべきか。終業時間に合わせて「ララちゃんって子、知らない?」って学院から出てくる子供たちに話しかけ続けるか? 日本ならともかく、この世界ならギリギリ許される可能性もあるのでは……。


「まあ、悩んでても仕方ない。学院の前まで行ってみよう。僕はどんなところかも知らないから一度見ておきたい。会えなさそうなら宿をとって、明日出直せばいい」

「そうですね。では、わたしが案内します! こっちですよ」


 そう言って先導してくれるルルの足取りは軽い。やはりゴールが見えてくると気持ちも軽くなるものなのだろうか。そんなルルの様子を見ていると、僕は自分のことのように嬉しく思えた。


 道中、ルルは王立魔法学院について知っていることを教えてくれた。


「王立魔法学院は、王様が設立した魔法学院なんですよ。『勤勉なる者に平等な学びを』という指針の下、家柄や貧富の差のない魔法の学びの場を設けるためにできました。それまでは魔法学院といえば貴族が建てた私立のものしかなかったそうです。お金をいっぱい払わないと入れないから、才能はあるけど貧しい人が勉強できなかったんですね」

「なるほど」

「王立魔法学院は優秀な魔法使いをたくさん育てました。そうしたら、王国軍に入る人や、宮廷魔法使いになる人が大勢でてきました。今でも王立魔法学院の卒業生には王立の団体や国の偉い人になる人がたくさんいるんですよ。王宮勤めを目指すなら、王立魔法学院に行くのが一番の近道だそうです」

「それって、なんか順番がおかしくなってない? 優秀だから王宮に採用されるんじゃなくて、王立魔法学院の出だから王宮に採用されるようになっていったってこと?」


 僕が疑問を投げかけると、ルルはちょっと困った顔になって説明をつづけた。


「はい。自分の子供を王宮勤めにさせるために、あの手この手で入学させる人が増えていきました。当然、そういうことをするにはお金がかかるので、生徒もお金がある家の子供ばかりになっていきました……。お師匠さまに言わせると、今の王立魔法学院は国全体の魔法学院で中の下レベルだそうです。素質よりもお金とコネが重要視されるせいだとか」

「結局、お金持ちしか勉強できない時代に戻ったわけか」

「まあ、昔と違って魔法学院も増えてきたので勉強する場所が無いわけではないですけど、実力だけで王宮のお勤めを目指そうとするとかなり難しくなってしまったのは事実でしょうね」


 今在学しているのもお金持ちの子供たちばかりなのだろう。ララの例もあるし、お金持ちの家だからといってすべてが金とコネ頼りの者ばかりというわけではないだろうが、そのような現状になってしまったら王立魔法学院自体の価値も下がっていきそうなものだ。


「これもお師匠さまから聞いた話ですけど、今のポラニア王国で一番レベルが高いのは、学都にあるギュルレト魔法アカデミーという学院だそうです。この学院の成り立ちがまたすごいですよ」

「どんなの?」

「王立魔法学院の腐敗に嫌気がさして退職した教師の一人が設立したそうで、指針は『勤勉なる者に平等な学びを』です。王立魔法学院と一緒ですね。でも指針をしっかり守ってるのはギュルレトです。素質と意欲さえ認められれば家柄やコネは一切関係ないそうなので」


 完全に喧嘩を売ってるな、その学院。


「王立魔法学院、入れなくてよかったんじゃない? 今聞いた話だと、何をやりたいかとか、何を勉強したいかは関係なくて、王宮関係の仕事に就かせたい親が子供をねじ込む場所にしか聞こえなかった」


 実際、ルルもララもそういう経緯で王立魔法学院を志させられたのだろう。ただ、ララは入れたのにルルが入れなかったことを見ると、本当に最低限度の素質で足切りはあるのか、もしくはルルの家が二人揃って入れられるほど強力なコネを持っていなかったのか。いずれにせよ、あまりいい学院という印象は受けない。むしろ二人の実力ならば、学都へ行って真に目指すべき場所を探すべき気がする。学都には魔籠の専攻がある学校はないのだろうか。


「お師匠さまにも同じことを言われました。でも、わたしはおかあさんとおとうさんに……」


 ルルにとっては親に認められるほうが遥かに重要なのだろう。ルルが本心からそう思うなら、僕にこれ以上口を突っ込む権利はない。


「そっか……いままで頑張ったこと、認めてもらえるといいね」

「はい」

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