第十六話 王都へ(二)

「退治って、今追ってきてるっていう群れを?」

「はい。列車専属の護衛もいるのですが、魔物にやられて負傷し、動けないのです。現在乗客の皆様から魔物狩りのできるかたを探しておりまして」


 プロの護衛がやられるくらいの魔物を相手に素人の僕が出るのか。さすがに危険を感じざるを得ない。

 僕が返答に困っている間にも、乗務員は畳みかけてきた。


「すでに二名の方が協力を申し出てくださっております。どうか、ご協力お願いします」


 先に二人いるなら、僕は補佐に回れるかな……。一大事なのはわかるし、協力すべきか。


「わかりました。案内してください」

「ありがとうございます! こちらです」


 僕が乗務員についていこうとすると、部屋からルルが心配そうな顔をのぞかせてきた。


「おじさま……」

「大丈夫だから、ルルは部屋で待ってて」


 僕はそれだけ言い残して列車後方へと急いだ。こんなことに首を突っ込むようになるなんて、僕も変わってきたのだろうか。


 案内されるまま後方へと進み、客車の最後尾へたどりついた。これより後ろは貨物車両になっており、車内を通っての移動はできないらしい。僕はこれから車外に出て、屋根の上を歩いて後方へと向かうことになる。正直、振り落とされないか心配だ。


「あちらが今回協力してくださる方です」


 開け放たれた扉の前、黒くて長い外套を風になびかせる二人の人影があった。


「子どもじゃないか」

「ええ、王立魔法学院の生徒さんだそうで……」


 王立魔法学院。ルルの妹、ララが所属しているという学校。生徒が魔物狩りできるほどレベルの高い学校なのか、それとも、あの二人が特別優秀なのだろうか。

 車両に入ってきた僕らに気づいたようで、人影は二人そろって僕らのほうを向いた。


「え……」


 嘘だろ。


 二人のうち、一人は眼鏡をかけた女の子。そしてもう一人は、どうみてもルルだった。だが、ルルは客室に待機している。では誰か、もう明白だろう。


「そちらの方で最後ですか?」

「はい」


 ルル……じゃない、ララと思しき人物が問い、乗務員が応じた。声もルルとそっくりだ。魔力の質とやらを探れない僕には全く区別がつかない。服装こそ見慣れないものだが、同じ服を着られたらわからないだろう。


「では、すぐに取り掛かりましょう。リナ、準備はいい?」

「う、うん」


 リナと呼ばれた少女は緊張した面持ちで答えた。


「無理しなくてもいいよ。私だけでもできるから」

「ううん。一緒に行く」

「そう。ダメそうだったらすぐに言ってね。……あなたも、準備はいいですか?」


 僕に話しかけてきた。ルルと同じ声、そして同じ顔で問いかけられると、なんだか落ち着かないな。ルルによればララは人見知りするタイプとのことだったが、そんな様子は微塵も感じられない。この非常時に積極的で冷静な対応と、他人を気遣う余裕。むしろ強力なリーダーシップを感じる。


「大丈夫。いつでもいけるよ」


 僕は内面の動揺が出ないよう、努めて平静に答えた。

 今はこちらに集中しなければ。


「一応、簡単に紹介しておきます。私はララ、こちらはリナです。あなたは?」

「信弘」

「わかりました。私が先頭を進みます、リナは私の後ろに、ノブヒロさんはリナの後ろについて進んでください」


 ララとリナは懐から三十センチほどの木の棒を取り出した。先端に小さな宝石らしきものが埋め込まれている。魔法の杖、いや魔籠の杖といったところだろうか。杖も外套も二人同じ物ということは学校指定の品なのかな。


 二人は杖を構えて一瞬だけ目をつむり、何かに集中したそぶりを見せた。……ああ、魔法を使ってるんだろうな。呪文なしで使えるなんて羨ましい。


「さあ、行きましょう」


 ララが扉から車両の外に出る。どうやら側面に取り付けられた梯子を頼りに屋根の上へと向かうようだ。よし、僕も。


「フィジカルライズ」

「何か言いましたか?」

「……いや、気にしないで」


 リナに不思議がられた。これだから呪文方式は困る。


          *


 走る列車の上に出た。

 ものすごい風圧と足場の揺れに不安を覚えたが、強化魔法のおかげで思ったより深刻な環境ではないようだ。


「あれが魔物の群れか」


 黒い羽ばたきが群れをなして列車を追いかけてくる。先ほど客室で戦ったものと同じだろう。群れの大部分は列車の後ろについているが、すでに僕らのいる車両と並んで飛んでいるものもいる。本気を出せば列車より速く飛べるのだろう。


「来ます。側面に注意してください」


 ララはそういいながら、杖をふるった。

 杖の先端から白い光弾が射出され、ララめがけて飛びかかっていた魔物に命中した。

 長い外套が風になびいてカッコいいじゃないか。しかし、まくれた外套の中はどうも寝間着を着ているようである。寝てるところをたたき起こされたんだろうな。僕も同じだけど。

 僕が突っ立っている間にも、襲い来る魔物をララとリナが次々に撃ち落としていく。ここまで来たら負けていられない。


「ファイヤー!」


 僕の左手から火球が射出された。列車と並走する魔物の一羽を撃ち落とす。

「よしっ!」


 列車上で戦うなんて不安だったが、やればできるじゃないか。そう思いながら前方へ向き直ると、ララとリナが揃って僕のほうを見ていた。


「なにかな……?」

「いえ、なんでもありません。続けましょう」


 わかってるよ。何が言いたいのか。

 後方の群れ目指して進みながらも、側面から攻撃してくる相手を倒し続ける。ララもリナも腕前は確かなようで、光弾を放つシンプルな魔法で的確に仕留めている。

 魔物は彼女らだけでなく、当然僕にも襲い掛かってくる。


「ファイヤーキック!」

「ファイヤーキック!」

「ファイヤーキック!」


 襲い来る敵を炎の蹴りで次々打ち落とす。敵の動きが思ったよりも速いので、狙いが難しい遠距離魔法よりも、ひきつけてから蹴り落とすほうが効率的だ。揺れる車上での戦いも慣れてきたし、いけそうだ。


「ノブヒロさん、もう少し静かに戦えないんですか?」


 あんたの姉のせいだよ。という言葉は心の中だけにして、僕は答える。


「こうしないと魔籠が起動しないんだ」


 そう言っている間にも敵は襲い掛かってくる。なんと僕めがけて同時に五羽ほどがかたまって突撃してくるではないか! 蹴りでは対応しきれない。これは、やむを得ん……。


「ファイヤーブレス!」


 僕の口から爆炎がほとばしる。闇をかき消し、周囲に熱波をばらまいた。

 哀れ、突撃してきた魔物たちは圧倒的な熱の奔流に飲み込まれ、その姿を消した。


「あっつ……」


 代償として僕は口に軽いやけどを負う。ダイヤモンドボア戦にて、深刻なダメージにならないことは実証済みだ。しかし、歯茎に口内炎ができたり唇の皮がただれたりと地味にあとに響くのが厄介な魔法である。火力はすごいが、これを使った後は食事が億劫になる。


 ふと気づくと、ララとリナが信じられないものを見たという目で僕を見ていた。どうみてもドン引きしている。分かるから、そんな目で見ないでくれ。


 敵を減らしながら、最後尾までやってきた。

 ここは敵の数が多く、いままでよりも攻撃が激しくなってきていた。


「ファイヤーキック……!」


 もう連呼しすぎて喉がつらい。ちまちまやっていては埒があかない数だ。これはぶち込んでやるしかない。


「二人とも下がって!」


 僕が何をするか察したのだろう。二人は僕の後方に下がって、悲しい視線を送ってくる。もう慣れたよ。


「いくぞ……ファイヤーブレス!」


 敵が一番固まっているあたりを狙って魔法を放つ。

 爆炎が群れを飲み込む。さらにまとまっている別の群れめがけて二発のブレスをぶち込んでやった。群れの大部分は灰となって闇に散った。やけどした甲斐があるというものだ。


「あらかた片付きましたね」


 ララはそういいながら、かすかに残っていた残党を魔法で撃ち落としていく。

 話をする時間ができた。ララがどの車両にいたか知らないが、ルルが乗っていることを知らせるべきだろうか。僕がララに話しかけようと思ったその時。


「ララちゃん。あれ、なんだろう」


 リナがそう言って東の空を指さす。

 紫から橙の幻想的なグラデーション。徐々に夜が明けつつある空から一つの影がこちらへ迫っていた。そのシルエットから鳥であることが分かる。まだ魔物が残っていたのか。この距離であの影の大きさ、かなりでかそうだ。


「二人とも前の車両へ!」


 影を認めたララが叫ぶ。

 なんだかわからないまま、僕らは急いで前方の車両へと駆ける。

 僕が車両を移った直後、列車を強い揺れが襲った。重い金属が軋む音。轟音に振り返ると、信じがたい光景を目の当たりにした。

 最後尾の貨物車両が真ん中で大きくひん曲がり、僕らの車両と連結を引きちぎられて宙を舞っていた。

 列車が脱線しなかったのは幸運としか言いようがないだろう。破壊された貨物車両は地に落ちて列車から遠ざかっていった。


「何が起きた?」

「あの魔物です」


 僕の問いに、ララが東の空を指し示す。

 恐るべき巨体の怪鳥だ。列車と一定の距離を保ったまま低空を飛行している。姿からしてさっきの群れの親玉だろうか。


 ララが光弾を発射するが、怪鳥はその巨体を器用に翻して回避する。この距離では僕のブレスは届かない。


「群れを使ってこちらの戦い方を試していたようですね」

「魔物がそんなことするのか……」


 何もできずに見ていると、怪鳥は大きく開いた口をこちらへ向けた。これはもしや。


「魔法が来ます」


 さっきの一撃か。どうするんだ。僕では防げないぞ……!

 怪鳥の額にある宝石が微かに光った。不可視の何かが草木を巻きこみながら列車のほうへと高速で飛んでくる。

 隣でララが杖を振るう。僕らの車両を覆うようにして、発光する半透明の膜が出現した。

 不可視の力は膜に激突すると、破裂して線路沿いの土を大きくえぐり取った。僕らに被害は全くない。防護の魔法が使えるのか。


「風の魔法ですね。強力ですが、二度は食らいませんよ」

「でもこっちも攻めようがないんじゃ……」


 敵は安全な距離を保ちながら遠距離攻撃を続けるつもりのようだ。ずっとララが守り続けるわけにもいかないだろう。


「いえ、距離をとってくれたなら好都合です。列車を巻き込む危険がないので」


 そう言うと、ララは杖を怪鳥へ向けて構えた。すると、光でできた不思議な模様がララを取り囲むような形で空中に描かれていく。一体どんな魔法なのだろう。


「いきます」


 そう宣言した直後、怪鳥を炎の柱が飲み込んだ。僕のブレスとは比較にならない、周囲一帯が真昼のようになるほどの火力。柱の大きさも、怪鳥をすっぽり覆っても余りあるほどだ。強力な熱風に景色がゆがみ、息すら詰まる。


 炎の柱が現れたのはほんの数秒だった。仕事を終えた炎はすぐに収束。火災も残さず、そして亡骸すら残さず、ただ円形の焼け跡だけを背後に置き去りにして列車は無事に走り続けている。完全に制御された魔法だった。

 あまりのことに言葉が出ない。これがララの実力なのか。


「戻って報告しましょう。車両に損害が出たのは残念ですが、あれほどの大物が出てきたのでは、やむを得ないでしょう」

「大物って……」


 それを雑魚のように焼き払った直後によく言うよ。

 リナはたいして驚いているようにも見えない。ララの魔法を見慣れているのか。絶句する僕をよそに、二人はすたすたと戻って行ってしまった。

 残念ながら、ルルについて聞く余裕はとてもなかった。


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