第十五話 王都へ(一)
船着き場から見たときに思った通り、水都の駅は中州の橋が架かる建物だった。
駅から夜の水都を眺めると、建物の窓から漏れる電気の灯りが作る綺麗な夜景を拝むことができた。この街に来るまでは夜はほぼ真っ暗だったのに。高層建築、電力、魔籠研究、どこをとっても都市部とそれ以外でものすごい差があることを思い知った。
ホームにはすでに列車が停まっている。昼のうちには到着しており、これまで貨物の載せ替えを行っていたらしい。
剛堂さんのご厚意で座席の確保はできている。あとは列車に乗り込むだけなのだが。
「お待たせ。なんとか、間に合ってよかったよ」
ホームにやってきたのは剛堂さんだ。走ってきたのか少し息があがっている。
「ほら、持っていきなさい」
僕が手渡されたのは何らかの証書らしき紙だ。文字はさっぱり読めないが、内容については事前に聞かされている。
「特定魔籠所持及び使用許可証だ。使用許可項目は狩猟、害獣駆除、人員警護、特定対人にしてあるよ。普通はこれで事足りるはずだ」
「特定対人?」
「競技戦闘で人に魔法を撃つような、少し特殊な使い方だね。使うことはほぼないと思うけど、一応」
「なるほど。ありがとうございます」
本当なら審査に数か月かかるらしい。金のちからってすごい。
「それからこっちはルルちゃんへ」
「特定魔籠製造者免状。認定者、魔籠技術研究所……これって?」
ルルが受け取った紙を読んで尋ねた。
「国が認めた認定者からの許可がないと一部の魔籠は作っちゃいけないことになってるんだ。戦いに使うようなやつは基本的に全部該当する」
「えっ? ってことは」
「君は今まで武器の密造をしていたんだ」
ルルが愕然とした表情のまま固まる。師匠の教育がずさんすぎたのだろうか。本当に危ないところだった。
「では、旅の無事を祈っているよ。機会があればまたいつでも来てくれ。歓迎するから」
「はい。お世話になりました」
「ありがとうございました!」
発車を告げるベルが鳴る。ルルが車両へ乗り込み、僕も続こうとしたところで剛堂さんから声をかけられた。
「頼まれてたやつだよ」
ルルに見えないよう、こっそりと渡されたそれはルルの手紙が入った小箱だった。そのままでは読めないために翻訳を依頼していたものだ。
「魔籠がルルちゃんの道を拓いてくれることを祈っている。君もついているんだ。大丈夫さ」
「はい。ありがとうございます」
僕も遅れて列車に乗り込んだ。
ホームで手を振る剛堂さんを後ろに、列車は王都へ向けて走り始めた。
*
剛堂さんは座席を確保してくれていた。まさか一等車の個室とは思わなかったが……。
寝台もついていて完璧だ。後ろには食堂車もついている。
「これはずいぶん優雅な旅ができそうだな」
「最後までお世話になりっぱなしでしたね」
車窓の外、街の明かりが遠ざかってゆく。王都に到着するのは明日の昼前だそうだ。
「王都についたら、まずはどうしようか」
「そうですね……先に学院に行ってララに会いたいです。家にも行きたいですけど、ちょっと怖くて」
「怖い?」
「両親から最後の手紙をもらってからは一度も連絡が取れていないので、受け入れてもらえるかなって不安なんです。でもララなら、わたしのこと待ってくれてるかなって」
そういえばルルが出ていく時に泣いてたって言ってたっけ。確かに、ワンクッション置いたほうがルルとしても不安が少ないだろう。
「わかった。じゃあ着いたら先に学院へ行こう。妹を味方につければ両親も説得しやすくなるかもしれない」
「はい」
昼ならララもきっと学院にいるだろう。まずはルルとララを会わせ、そのあとルルの実家へ行き、両親と和解。これが理想的な予定だ。
「そして、僕はその後のことを考えないとな……」
「おじさま気が早いですよ」
「いやいや、明日の夜にははルルは家で家族とご飯を食べてるよ。僕は自力で何とか仕事を見つけないと」
水都に戻って剛堂さんを頼るかなぁ。それか、せっかく許可証をもらったんだし、魔物ハンターでもやってみるか。そんな仕事あるかわからないけど。
「わたしはおじさまにも居てほしいのになぁ」
「それならルルの実家で掃除係でも雇ってくれるかな」
「ふふっ、それいいですね。おとうさんにお願いしてみようかな。それか、おじさまをわたし専属の執事さんにしてもらおうかな」
執事とな。
そういえばルルの家がどんなところかは聞いたことがなかったな。さらっとこんな言葉が出てくるなんて、ルルはかなりいいところのお嬢様だったりするのだろうか。
その後、個室に備え付けられた寝台でひと眠りすることにした。
乗車時に朝食の注文を済ませてあるので、朝になったら食堂車へ行けばよい。なんと食堂車を利用できるのは一等と二等車両の客のみだそうだ。こんな至れり尽くせりの旅もこれが最後だろうなと思ってぐっすりと眠っていたのだが、体を揺すられて目が覚めた。
「おじさま、おじさま! 起きてください」
「ルル……どうしたの?」
寝間着姿のルルが不安そうな顔で僕の顔を覗き込んでいる。
まだ重い瞼をこすって起き上がった。
窓の外を見てみるが、まだ暗い。時刻は午前四時少し前。深夜とはいいがたいが、予約した朝食には早すぎる。
「なんだか外が騒がしくて目が覚めちゃったんですけど、よく聞いてたら魔物がどうとかって声が聞こえてきて」
「魔物?」
なんでまた……ここは走行中の列車だぞ。
僕は寝台から起き上がり、客室の扉を開けた。通路を小走りで移動していく男性乗務員がいた。僕は彼を呼び止めて事情を聴くことにする。
「すみません。何かあったんですか?」
「ただいま当列車の後方にて魔物の襲撃を受けております。危険ですので、お部屋で待機頂きますようお願いいたします」
「逃げられないんですか?」
「わかりません。現在速度を上げて運行中ですが――」
その時、ガラスの割れる音が響いて乗務員の説明を遮った。
僕らは揃って音のしたほうを向く。
音の発生源は僕とルルの個室から二つ隣の部屋のようだ。今も部屋の中からバタバタと何かが暴れる音と、悲鳴のような声が聞こえる。
「おじさま!」
ルルが部屋から飛び出してきた。手には魔籠の靴と指輪。
「見てくる。ルルは戻ってて」
僕は手早く靴と指輪を身に着けると、音がした客室の扉を開いた。
「大丈夫ですか!」
部屋の中は大荒れだった。
大型の黒い鳥が狭い部屋の中で暴れまわり、抜け落ちた羽が割れた窓から吹き込む風に舞き上げられている。
床には男性の老人が倒れ、頭を覆って震えている。鳥の爪か嘴にでも裂かれたか、服の所々が破けて皮膚にも傷を作っていた。
闖入者に驚いたか、鳥は僕めがけて飛びかかってきた。
「フィジカルライズ!」
即座に魔法を発動。
強化された腕で鳥の首をひっつかんで止めた。鳥は翼をばたつかせてもがく。
観察してみると、鳥の額には青い宝石のようなものが埋まっていた。この鳥は魔物で間違いないだろう。
僕は窓の外めがけて鳥を放り出した。
「魔物の群れというのは今の鳥ですか?」
振り返って乗務員に問う。
「え、ええ。そうです」
鳥の魔物か。列車に追いつける群れというのはさすがに厄介だ。いまは一羽だけだったが、群れに次々飛び込まれてきたら対処しきれないだろう。
僕が思案していると、乗務員が話しかけてきた。
「お客様、魔物ハンターですか?」
「魔物ハンター?」
「いまの見事な動き。それに、魔物を前に動じない胆力。もしやと思いまして」
そういえば、魔籠の許可証に狩猟とか害獣駆除ってのがついてたな。あれでハンター名乗っていいのかな?
「一応、免許はあります。取り立てですけど」
「よかった! 恐れ入りますが、ご協力いただけないでしょうか! 報酬はお支払いいたしますので」
「協力って、何に?」
この状況じゃ分かりきってるけど、つい聞いてしまった。
「もちろん魔物退治です!」
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