第十四話 悪魔
「列車が来るのは夜だけど、それまでどうしようか」
水都出発日の朝。列車が来るのは夜なので、まだずいぶん時間がある。起床したはいいが僕らは宿の部屋でごろごろしていた。
「わたしはこの魔籠を仕上げたいです」
そう言うルルが持っているのはダイヤモンドボアの宝石だった。船着き場で奪われなくてよかった。助けてくれた剛堂さんには感謝しかない。
「でも材料がなくて困ってるんですよね。構想はできてるのであとは作るだけなんですけど」
「それなら剛堂さんのところに相談に行こう」
滞在中は力になってくれると言っていたし、魔籠技研ならいい道具や設備もあるんじゃないだろうか。
「そうですね。一緒に行きましょう!」
*
剛堂さんは僕らを快く招き入れてくれた。
魔籠技研にある工房に案内された僕らの前に多くの工具や材料が並べられた。
「ほかに使いたい道具や材料があれば係の者に言ってくれ。できる限り用意するよ」
「昨日はお誘いをお断りしたのに、なんか図々しくてすみません」
「いいんだよ。手伝わせてくれ」
ルルは剛堂さんに礼を言って、さっそく作業に取り掛かり始めた。出来上がりまでどのくらいかかるのだろう。
「彼女の邪魔をしては悪い。僕らは別室で話でもしよう」
「ええ」
机に向かうルルを背に僕らは部屋を出た。
応接間に通され、飲み物まで用意してもらった。いたれりつくせりで、少し申し訳なくなってくるな。
「さて、ルルちゃんが作っている魔籠だが、明らかに戦闘向けの物だね」
「ええ、たぶんそうですね」
今回の依頼をした際に、ルルが構想をまとめるのに使った紙を剛堂さんには見せてある。
元になる宝石の性質からして雷を出すような何かになると思われるが、詳細は僕も分からない。たぶん剛堂さんにはもう少し読み取れたのだろうけど、僕には何が何やらさっぱりだ。
「殺傷能力のある魔籠は製造、所持、使用に制限がかかっているのは知っているかな?」
「えっ!」
「やっぱり知らなかったか」
「僕ら、まずいですか?」
「先に街の衛士に見つからなくてよかったよ。君たちがやっているのは武器の密造と不法所持だからね」
なんてこった。
「君はともかくルルちゃんが知らなかったのはちょっと問題な気はするが……。まあ任せておいてくれ。僕がなんとかしよう」
「なんとかなるもんなんですか」
「なんとかなるから、僕は水都が好きなのさ」
剛堂さんはにやりと笑って言った。ちょっと怖くなってきたぞ。
「今この街を治めている領主はとても話の分かる人でね。大体これで話がつくんだ」
そう言って右手で怪しいハンドサインをしてみせた。絶対ヤバいやつじゃん。
「まあ、そう心配しないでくれ。魔籠の発明のおかげで個人的にも親しいからね」
「剛堂さんは一体こっちでどうやって今の地位に就いたんですか。なんか僕とかけ離れすぎてて想像つかないんですけど」
「まあ、いろいろ苦労はしたよ。僕が最初に飛ばされたのは工都よりも北の鉱山地域でね、来た当初は何が何だかわからなくて混乱しかなかったが、まずは食うために働いて日銭を稼いだ。鉱夫として受け入れてくれる採掘ギルドを頼ったよ」
「やっぱりそこからですよね」
「ああ、僕もルルちゃんのような子に拾われたらよかったんだが、残念ながらそう都合よくはいかなかったね」
そう言って剛堂さんは笑った。僕としてはあまり笑えない。逆の立場だったらわけもわからないうちに野垂れ死んでいただろうな。
「仕事の合間に同僚から文字を教わり、仕事のない日は近くの役場に通いつめ、公示されている資料を少しずつ読んだ。まずは社会のルールから覚えていったよ。そうするうちに魔法の存在を知った。魔籠がなかった当時、魔法を使えるのは高いレベルの教育を受けられる一部の人間だけだということも知ったよ。同僚に聞いて回ってもみたが、実際に魔法を扱える人間は皆無だったね。
その後、僕は採掘ギルドを辞めて、貯金をはたいて高価な魔法の本を買いあさった。そして勉強を進めるうちに儀式を象徴化することで魔法の起動を短縮、さらにそれを道具に刻み込んで持ち歩きを便利にするというアイデアに至った。僕の手元に手本となる実物があったのが大きい。『ポラニア旅行記』がね。
それから、なんやかんやあって、こいつを参考に試作品を作り上げ、売り込み、大ヒットした。ここまで約四年だ」
「すごいですね……」
熊に殴られて、ファイヤーして、ルルに拾われた僕とは苦労の度合いが違う。
「努力はしたが、僕らにはもともと大きなアドバンテージがある。魔籠を使っているなら、君もそいつに頼っているはずだ」
「魔力ですか」
「そうだ。どうやら僕らはこの世界の常識を遥かに超えた魔力を持っているらしい。『ポラニア旅行記』の中に魔力量を判定する仕組みがある以上、僕らは選ばれてここに飛ばされたと思っていいだろう」
無差別に飛ばされたわけではないということ。それは師匠の言葉を補強するものだ。
――お前さんがここに来たこと自体、何者かの策謀が関与しているのかもしれん。
僕はなぜこの世界に飛ばされたんだ。
「本を書いた者は、高い魔力を持った人間を狙って呼び出したということですか」
「おそらく」
剛堂さんの手元にある『ポラニア旅行記』を見る。
著者:フェイス・フェアトラ
ご丁寧に表記はカタカナだ。
「フェアトラはこの国では有名な家だぞ。存在したのは大昔の話だがね」
「調べたんですか?」
「当たり前だよ。何年こっちで暮らしていると思ってるんだ」
「そりゃそうですよね」
「フェアトラ家はかつて有力な貴族だった。天才的な魔法使いを多く輩出し、王都以南に広大な領地を持っていたそうだ。だが、没落した。悪魔と契約したとして教会から異端者認定されたんだ。フェイスというのは異端認定を受けた、まさに張本人だよ。粒ぞろいのフェアトラ家の中でも、歴代最高と謳われるほどの天才だったと聞いている」
悪魔との契約か。そういえばこの本の内容もそんな感じだったような気がする。
「この世界に悪魔というのは実在しますか?」
「ポラニア王国が国教としている北星教の聖典によると、かつてこの地上にはそこら中に悪魔が跋扈していたらしい。悪魔は強力な魔法で人々を支配していたが、星座を支配する神々によって全ての魔法の知識を取り上げられ、地獄へと追いやられたとある」
「地獄ですか」
「まあ神話だからね。悪魔というのも何らかの比喩……だと思う。僕らの世界なら、フェアトラの事件は有力者を貶めるための策謀といったところだが、この世界には本物の魔法があるからな。悪魔の存在も、もしやと思ってしまうね」
没落した貴族。魔法の天才。悪魔と契約。
「何者かがその天才魔法使いを名乗ってこの本を書いたと」
「ああ、だがそいつが有名なのはこっちの世界の話だ。なぜ僕らの世界でそんなものが存在している?」
「確かに変ですね」
「考えられる理由はいくつかあるね。この世界の何者かが僕らの世界に渡ったか、僕らの世界の何者かがこの世界から知識を持ち帰ったか……いずれにせよはっきりしているのは、この世界から僕らの世界にアクセスする方法は存在しているということだ。この本がそれを証明している」
剛堂さんは『ポラニア旅行記』を軽く手で叩いた。
「方法があるなら、とにかく地道に研究を続けるだけさ」
その後は剛堂さんに乞われて、日本で僕が見聞きしてきたニュースの話をして時間をつぶした。十二年も異世界に来ていても、元の世界での出来事はやはり気になるらしい。そしていざ聞かれてみると、大きな出来事以外はほとんど覚えていないことを実感した。もっと日々のニュースをチェックしておくべきだったかな。
*
「これが?」
「はい!」
魔籠完成の知らせを受けて工房を訪れた僕の前には、一振りの剣が置かれていた。
緩やかな反りのサーベルだ。鞘には正体不明の文字や記号が彫られている。あの宝石はどこにいったかと探してみると、柄の部分に埋まっていた。
「抜いても大丈夫?」
「どうぞ」
ゆっくりと鞘から引き抜くと、刃の側面にも鞘と同様にいろいろと彫り込まれていた。刃に傷つけたりして折れやすくならないのだろうか。
「さすがに刃物の加工はわからなかったので、形だけ伝えてほとんどやってもらいました」
ルルがそう言って、そばにいる職人の方を見た。職人は老齢の男性だった。こちらを一瞥すると、黙って片手を少しだけあげた。いまのは挨拶だろうか? 寡黙な人なのかな。
「やっぱり、これも呪文いるんだよね」
「もちろん! 聞きたいですか?」
めっちゃ聞いてほしそうだ。しかし、そうはいかない。
僕は刃を鞘に納めると、剣をルルに返した。
「いや、これはルルがご両親に渡して力を示すための物。僕は使わないから聞かないよ」
「そんなぁ!」
おもしろいなあ、ルルは。
「王都まで我慢してたら口からサンダーブレスが出そうです!」
「……サンダーブレスなの?」
「聞きたいですか?」
にやりと笑うルル。その手には乗らない。
「いや。聞かないよ」
「くうっ」
ルルがおもしろいのでもう少し相手をしてあげたいが、いつまでもこんなやり取りをしている場合じゃない。もう夜なのだ。じきに列車が出るだろう。
「ほら、支度をして駅に行こう」
「はいっ」
ルルは紐をつけた長い袋に剣を仕舞い、しっかりと肩にかけた。もうひったくられたりしないでくれよなと思いながら、僕らは魔籠技研を後にした。
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