第十三話 リバーサイドデート

 僕らは剛堂さんに見送られて魔籠技研を出た。オススメの食事処や土産物屋も教えてもらったことだし、水都を発つまでは観光を楽しむとしよう。


「おじさま」

「ん?」

「さっきの本なんですけど」

「ああ、ルルはすごいね。剛堂さんも驚いてたよ」


 僕も驚いた。プロの魔籠技師(?)が集って解析した結果に、たった数分流し見するだけで肉薄してしまうとは。ルルは間違いなく天才だろう。 


「そうじゃなくって、どうしてわたしに先に相談してくれなかったんですか?」


 ルルは頬を膨らませて、少し厳しい目を向けてくる。うそ……怒ってるの?


「すっごく大事な物だったじゃないですか。出発の日に師匠と内緒話してたのはそれだったんですか? わたし、魔籠しかできないんだし、もっと力になりたかったのに」

「そういうことか。ごめん。相談しようとは思ったんだ。ただ師匠が、まるで罠みたいな魔籠だって言ったから、ルルに見せるにはちょっと抵抗があって」


 そういうと、ルルは険しかった表情を和らげた。


「わたしの心配してくれてたんですか?」

「そりゃそうだよ」

「そうですか。……じゃあ許します! でも、次からはもっと頼ってくださいね」

 一転して笑顔になったルルは僕の手を取ると、ぐいぐいと引っぱりはじめた。

「さあ、早くおみやげを買いに行きましょう!」


 よくわからない子だな。でもよかった。

 僕はルルに手を引かれるまま街へと繰り出した。


          *


「ううーん、どんなのがいいかな。おじさまはどれがいいと思いますか?」

「どんなって言われても、妹さんがどんな人か知らないし」


 僕らは剛堂さんから紹介された土産物の店に来ていた。店内には小物類から銘菓まで水都土産がずらりと並ぶ。品揃え良し、価格良しの良店ということで紹介されたが、品揃えがよすぎるからか、ルルは棚の間をぐるぐる回って延々悩み続けている。


「そういえば詳しく話したことなかったですね」

「魔法の才能がすごいってのは聞いたけど、それ以外は名前も聞いてない」

「妹の名前はララといいます。とっても恥ずかしがり屋で、人見知りな子なんですよ」

「ルルとは正反対だね」

「はい。どこへ行くにもわたしにべったりで、誰かと会うときはいっつもわたしが前で、ララはわたしの背中に隠れちゃうんです。服もお揃いじゃないとやだって駄々こねてましたね。おとうさんもおかあさんも困ってました」

「双子ってことは、見た目はそっくりなの?」

「はい。同じ服を着たら、鏡を見てるみたいでした」


 なんとなく想像してみる。

 ルルとララ。瓜二つの姉妹が同じ服を着て立っている。ルルは笑顔で前に立ち、もう一人がその背中に隠れて頭だけひょっこりとのぞかせている。見た目はそっくりで、中身は対照的。なんだか微笑ましい光景だ。


「周りの人は見分けつかなくて困っちゃうね」

「いえ、魔力の質を探れば一発で判別できますから、そういうのはなかったです」

「そっか……」


 話を聞く限り姉妹の仲はよかったようだが、ルルは両親に見限られた。それは魔法の素質に起因するものだ。ルルは家族みんなを大切に思っていたのに、それは一方通行だったのだろうか。王立魔法学院とやらに進むことはそれほど大切なことなのか。僕にはわからない。


「わたしが地方の魔法学院に行くことになったときも、ララはすごく泣いてました。だから、わたし言ったんです。ちゃんと魔法ができるようになって、すぐに戻ってくるからねって。……約束、守れなかったですけど」

「今、まさにそうしようとしてるじゃないか」

「はい。ちょっと形は違いますけどね」


 なんだか話の方向が暗いほうへ行きそうだったので、話題を変えることにした。


「お土産、何かお揃いの小物にしたら? 服もずっとお揃いだったんでしょ」


 僕は手近な装飾具の棚を指さした。そこには水都の紋章を主としたデザインの品物がたくさん並んでいる。土産物にするなら一目見て現地の物と分かるほうがいいと思うのは僕だけだろうか。


「そうですね。そうします!」


 その後、ルルは吟味の末に同じデザインのペンダントを二つ買った。水都の紋章が刻まれたメダルのついたシンプルなものだ。喜んでもらえるといいな。


          *


 石畳の歩道に沿って水が流れてゆく。

 水都は街の内部で水を見かけることが多い。広場の噴水、張り巡らされた水路などだ。

 水車の動力とするため、また下水道に利用するため、大昔から引き込まれているものだそうだ。魔籠の普及に伴っていくつかは利用されなくなってきているらしいが、水都の清涼感ある景観を作り出すために役立っているみたいだ。


 僕らは見事な噴水のある広場で休憩していた。密集した高層建築によって少々閉塞感のある水都だが、広場の頭上はしっかり開けているので休息には良い場所だ。


「でっかい噴水だな」

「そうですね。王都でもこんなのは見たことありません」


 僕ら以外にも噴水を見上げている人たちは多くいた。中には噴水をバックに写真を撮っている人たちもいる。ここは水都の中でも名所の扱いなのか、料金をとって写真撮影を請け負う人が何人か常駐しているのだ。彼らは三脚に載せた箱状のカメラを手入れしつつ、道行く人々に営業をかけていた。

 あのカメラは魔籠式なのだろうか、それとも光学式なのだろうか。今まさに噴水の前に並んで写真を撮ってもらっている人たちを見ながらぼんやりとそんなことを考えていると、ふと思い出した。

 僕はポケットからスマホを取り出す。電源ボタンを押してみると、問題なく起動した。こちらに来る前に満タンまで充電してあってよかった。さすがに通信にかかわる機能は無理でも、記念写真を撮るくらいには使えるだろう。


 その場で立ち上がって、広場の噴水や街並みをいくつか写真に撮ってみた。もし元の世界に帰ることがあったら「異世界が存在する決定的証拠だ!」なんて発表できるだろうか。CGと決めつけられて終わりかな? ぱっと見だとどこかの外国の街にも見えるし、やっぱり魔物とか魔法とか写さないとだめか。ますますCGっぽいよな。


「おじさま、それなんですか?」


 ララが背伸びして僕のスマホを覗き込んでいた。物珍しさに興味津々といった感じだ。


「僕の世界の道具だよ」

「見たいです」

「いいよ」


 僕はカメラを起動したままルルにスマホを手渡した。


「魔力が無くても使えますか?」

「使えるよ」

「すごいです!」


 電力は要るけどね。でも、この街は電気使っているみたいだし、部品さえ揃えば充電もできるのかな。僕にそんな電子工作の技術も知識もないけれど、剛堂さんならどうだろうか……。


 ルルは恐る恐るスマホを手にもって画面を覗き込んだまま、あちらこちらに向けては「おぉ」とか「はぁ」とか、感心したような声を上げていた。


「ここをこうやって押すと、写真が撮れるよ」


 僕が横から画面に触れると、電子音と共に景色がまた一つ記録された。


「おおー!」


 何を感動したのか、ルルはスマホを構えたまま広場を回って写真を撮りまくりはじめた。


「おじさま! おじさま! そこに立ってください」


 ルルはスマホを構えたまま広場中央の大噴水を指さしている。

 僕が噴水の前に立つと、ルルは僕にスマホを向けて写真を撮り始めた。


「すごい、すごい!」


 なんか恥ずかしい。でも、ルルがはしゃいでるのを見るのは悪くない。再会を目指す前向きな旅なのだから、明るくいくべきだ。


「僕ばっかり撮ってもしょうがないぞ」


 僕はルルからスマホを受け取ると、立ち位置を交代してルルの写真を撮った。何がそんなに楽しいのか、飛び跳ねたり回ったりと忙しかった。動画にしておけばよかったか。


「ララとも撮りたいなぁ」


 撮り終えた写真のデータを眺めながら、ルルが言った。


「王都でララに会えたら、また貸してあげるよ」

「ほんとですか? やったあ!」


 そう言って笑うルルを見ていると、この旅についてこれてよかったな。なんてことを思った。


          *


「いい景色ですね」


 剛堂さんに勧められた店は中州の上流寄りにある二十階建ての建物にあった。屋上にある見晴らしの良い席が空いていて幸運だった。上流側にはこの建物より背の高い構造物は存在せず、夕焼けに染められた大河と水都の街並み、そしてその奥に広がる平原と遠くの山脈すべてを一望できる特等席だった。

 ルルの髪がそよ風に揺れて夕日にきらめき、とても絵になる。


「おじさま、あんまりじっと見られると食べづらいです」

「えっ、あっ、ごめん」


 見とれていたようだ。ルルは少し困った顔で微笑んでいた。僕の世界だったら完全に不審者だな。


「ふふっ。いいですよ。わたし、かわいいですから」

「自分で言っちゃうのか」


 まあ、かわいいんだけどさ。変な意味ではなく。 

 

「今日は楽しかったですね。ララにいいお土産話ができそうです」

「それも買ったしね」

「はい」


 ルルの首には水都のペンダントがかかっている。お揃いのもう一つは王都に行ってから妹のララに渡すことになっている。

 しばらく会話が途切れた後、ルルは食器を置いて静かに話し始めた。


「今日、ゴウドウさんとお話したときのことなんですけど」

「うん」

「元の世界に帰りたいか聞かれたとき、どうして何も答えなかったんですか?」

「……ルルを送り届けるまで、僕は帰らないよ」

「その後は、どうするんですか?」


 僕は答えられない。まだ決めていないから。


「ゴウドウさんはすごい研究をしています。きっと元の世界に帰る方法を見つけ出してくれますよ」

「この旅に出るとき、同じようなこと師匠に聞かれたんだ。もしも帰る方法が見つかったら、僕はどうするのかって」


 ルルは真剣なまなざしで言葉の続きを待っている。


「僕は、ルルが僕のことを必要とする限り帰らないと、そう答えたよ。今でも変わらない」

「……じゃあ、もし、わたしがずーっとおじさまに居てほしいって言ったらどうしますか?」

「え?」

「わたし、ゴウドウさんのお仕事手伝うの嫌です。おじさまが帰る方法、みつかっちゃうかもしれないので。だからお断りしました。でも、そんなのずるいですよね。わたしはおじさまにずっと助けてもらってるのに、おじさまが帰るのは助けてあげないなんて」

「ルルにはお父さんもお母さんもいるじゃないか。王都で仲直りできたら、僕はきっと必要なくなるよ」

「でも――」

「いまが一人だから不安なだけだよ。その時になれば気持ちも変わるから」

「……はい」


 納得してもらえただろうか。残念ながら、ルルが何を考えているか僕にはわからない。しかし、僕がずっとルルのそばにいることが本来あるべき姿でないのは確かだろう。帰る方法が見つかろうが見つかるまいが、それだけは変わらない。


「ごめんなさい。急に変な話をして。……ここのごはんおいしいですね。オススメの場所を聞いておいてよかったです」

「そうだね」


 それから他愛ない話をして、僕らは食事を終えた。

 二人で宿に向かう道すがら、僕は考える。

 ルルはずっと希薄な人間関係の下で生きてきた。学院ではうまくいかず、両親に見限られ、師匠の下でただ一人、黙々と勉強に励んでいた。

 僕は一時的な穴埋めにすぎない。人とのつながりに飢えていたルルの隙間に偶然はまりこんでしまっただけだ。ルルが正しい人間関係を取り戻せば、不要となる存在だ。そうでなくてはいけない。

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