第十一話 水の都へ(二)
翌朝、僕らは乗り場で船の到着を待っていた。
僕らがここに到着したときは夜だったことと、疲れてすぐに宿へ入ってしまったことから川をろくに見ていなかったが、こうして日の下でみるとその大きさに圧倒される。国内最大河川の肩書は伊達ではない。
「あ、きましたよ!」
ルルが指さす。煙突からもくもくと煙を吹き出し、川上から船が下ってくる。すでにいくらかの旅客が乗船していた。
僕らを含め、客を乗せ終わると船は出航した。
「蒸気船なんだ」
てっきり魔法で動いているのかと思っていた。魔籠なんて便利なものがあるんだし。
船べりから川面を覗き込む。船体の側部で外輪がくるくると回って水を掻いていた。
「魔籠船もありますよ。でも全部が置き換わってるわけじゃないので」
「そっか、魔籠はまだ普及し始めて数年だもんね」
「ちなみに列車はわたしが初めて乗った頃にはすでに魔籠式でした」
技術の移行期間を目の当たりにしているわけか。いずれ多くが魔籠に置き換わるのだろうか。
水都に到着するのは午後らしいので、僕らは船内で休むことにした。
空いている席にルルと並んで座る。ここまでは歩いてばかりだったが、あとは船と列車でゆっくりできる。ここまで来たら王都もさほど遠くはないな。
同時に思う。王都についた後、僕はどうしたらいいのだろうか。ルルを妹に会わせるまでは一緒にいることになるだろう。その後のことだ。
ルルが必要とする限り、僕はルルのそばにいる。たとえ元の世界に戻る方法が見つかったとしてもだ。師匠にも誓ったことなので、これは絶対に守る。しかし、元の世界に戻るよりも先にルルが僕を必要としなくなる可能性のほうが高く思える。
旅が終わったら、僕はルルから離れて一人で元の世界に帰る方法を探すことになるのか。この世界に来てからずっとルルが隣にいたので、なんだか自分ひとりで生きている姿を想像できない。僕は一体どうしたらいい。
――なんつーか、今川さんって主体性みたいなものないっすよね。
ふと浮かんだ言葉。なんでまた、いまそんなことを思い出したんだ。確かに今は自分の道を決めかねているが、さすがに異世界に飛ばされるような特殊状況の中では迷うのも仕方ないだろうに。
僕はリュックから『ポラニア旅行記』を取り出してぱらぱらと頁をめくってみる。
すべてはこの本から始まった。僕を元の世界とつなぐものだ。帰りの手掛かりにもなるかもしれない。こいつについて知るなら魔籠の勉強もするべきなのかもしれないな。
「まあ、その時考えるか……」
「何か言いました?」
「ごめん。独り言」
答えながら隣のルルを見ると、ダイヤモンドボアの宝石を取り出して眺めていた。
「ちょっとルル、さすがにそれはしまったほうがいい。不用心すぎる」
僕は小声でルルに注意した。
移動時間も無駄にしない心意気は結構だが、船にはほかにも大勢の客が乗っている。どデカい宝石を見せびらかすものじゃない。
「あっ、そうですよね。ごめんなさい」
ルルは宝石を鞄にしまった。
僕が周囲に目を向けると、いままさに視線を逸らしたといった感じの大人が数名いた。目をつけられていなければいいが。
「鞄はしっかり持っててね」
「はいっ」
いい返事だが、もう少し気を付けてほしい。僕と初めて会った時もいきなり信用されていたようだし、そういう性格なのだろうけど、心配だ。
*
船に揺られること数時間。ついに水都が見えてきた。
「でっかい街だな」
川を挟むようにして両の岸、そして中州に街が置かれている。長大な川幅を越えて岸と中州を結ぶ橋は水上から見上げるとその巨大さが実感できた。街の中心部には背の高い建物が多く密集しており、いかにも大都市といった感じだ。
川に沿って大小多くの水車が並び、水の流れを受けて回転していた。豊富な水力を存分に活用しているのも水の都ゆえか。
僕らが乗った船は中州の堤防沿いにある船着き場に到着した。
「つきました!」
ルルがぴょんと両足で陸地に降り立った。
「さて、まずは駅を探そう。列車がいつ来るのか調べないと」
「はい!」
駅はどこにあるのだろう。ルルもこの街に来るのは初めてらしいので、調べていかなければ。まずは橋に行ってみるか。鉄道は橋を通っているはずだし。
周囲を見渡してみると、中州の中央付近にやたら大きな建物がある。両の岸から伸びた橋がそこにつながっているので、あの建物が駅舎かもしれない。
「あの、列車が来るまで時間がありそうだったら街をまわってもいいですか?」
「観光かな」
「それもありますけど、妹も水都には来たことがなかったはずなので、おみやげを買っていきたいなって」
そういうことか。どのみち列車が来るまで動きようもないのだし、問題ないだろう。
「もちろん。時間があったらまわってみようか」
「やった! ありがとうございます!」
「もともとルルの旅なんだから、行きたいところは全部ルルが決めていいんだよ」
「でも、わたしが無理を言ってついてきてもらっているので……」
「僕は行く当てがなかったんだから、むしろ助かってるよ」
旅が終わって困るのは僕のほうだ。ルルに出会えなかったら今頃どうなっていたことやら、想像するのも恐ろしい。
「ともかく、まずは列車の時間を確認しよう」
そう言って二人揃って歩きはじめたときだった。
僕らの横を一人の男が早歩きですり抜けてゆく。
「えっ、あっ! 待って!」
ルルが突然大声をあげて焦りはじめた。なんだ?
「おじさま、鞄が」
ルルが指さすほうに目をやる。いま通り過ぎて行った男の手にはルルの肩掛け鞄があった。ひったくられたのか!
男は走り出し、目の前の狭い路地へと姿を消した。
「待ってください!」
ルルが追いかけて路地へと入ってゆく。
「ルル、待って、危ない!」
僕もルルを追って路地へと進む。前方では男が次の角を右に曲がるところだった。すぐに後ろをルルが追いかけている。
荒事になりそうな気配だ。街中だが、仕方がない。
「フィジカルライズ」
魔法が起動。全身に力が満ちる。人間相手に魔法で喧嘩なんて御免だったが、そうも言っていられないだろう。
「ルル!」
ルルは男と共に角を折れ、姿を消す。僕は強化された脚力で地を蹴り、一気に角へと距離を詰める。すぐに右を向いた、その時。
「おらあっ!」
頭部に突然の衝撃。一瞬遅れて背後から頭を殴られたのだと分かった。反対側の曲がり角に仲間が待ち伏せしていたのか。
「くっ」
不意打ちだったので驚きはしたが、体は強化されている。人に殴られた程度ならば怪我にはならない。
僕は少しの痛みをこらえ、後方もろくに確認しないまま後ろ回し蹴りを放った。
「ごっ!」
僕の蹴りは襲撃者を捉えた。襲撃者のものと思われる男が小さな悲鳴を上げる。
本気なら魔物すら蹴り殺す威力だ。かなり手加減はしたつもりだが、相手は壁に叩きつけられてその場に倒れた。死んでいないだろうな。
いや、いまはこいつの心配よりもルルだ。僕は頭を押さえながら、ルルのほうを確認する。
「おじさま……」
僕の目の前で、ルルはひったくり犯に捕まっていた。背後から首に手を回され、ナイフを突きつけられている。まずいな。僕が使える魔法はフィジカルライズ以外は炎が起こるものばかりだ。こんな状態ではとても使えない。
「その子を放せ」
「ああ、放してやるよ。俺が欲しいのはガキじゃなくて、こいつなんでね」
そう言ってひったくり犯が掲げたのはダイヤモンドボアの宝石だ。こいつは船の中にいたのだろうか。
「だが、まずはあんたが離れな」
どうするべきか。僕としてはあんな宝石くれてやってもいい。ルルのほうが大事だ。ルルには気の毒だが、宝石をあきらめてもらうほかない。
「わかった」
僕は両手を上げて後ずさった。
「おじさま、後ろ!」
言われて、反射的に振り向く。今度は側頭部に衝撃。横なぎに振りぬかれた棍棒のような物で殴られたようだ。さっきの襲撃者か。
「馬鹿が」
勝ち誇ったように笑みを浮かべる襲撃者の男。正直少し痛かったが、この程度なら問題ない。ルルの魔法は強いからな。
「馬鹿はお前だよ」
相手の胸部に掌底を叩き込んだ。もちろん手加減はしたが、襲撃者の男は気を失い、またもや地面に倒れ伏す。
「てめえ、さては魔籠を使ってんな」
さすがに分かったか。
ひったくり犯はルルの首をさらに絞めつけ、そのまま後ずさっていく。ルルを逃がさず連れて行く気か。これはまずいかもしれない。
下手に手出しできず困っていると、ひったくり犯の背後に別の人影が現れた。
「子どもに手を出すとは感心しないな」
「なんだ、お前――」
ひったくり犯が振り向くよりも早く、背後の男が手刀を繰り出した。ひったくり犯は一瞬で気を失い、ルルは解放された勢いで前によろめいた。
「危なかったね」
「あ、ありがとうございます……」
ルルが礼を言いながら、僕のほうへ寄ってきた。さすがに少しは警戒しているか。
人影は男性だった。僕よりも背が高く、背広を身に着けた紳士風の装い。
「この国は日本ほど治安がいいとは言えないからね、気を付けたほうがいい」
「え……」
今なんと言った。
「初めまして。僕は
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