第四話 三つの魔法

 僕とルルは森の前までやってきた。


「魔物ってのは、あの熊?」

「ほかにもいろいろいますよ。あの熊はエメラルドグリズリー。この森では強いほうです」

「強いほうか。じゃあ少し安心だな。それを倒せた実績がある」

「でも、それだけじゃきっとお師匠さまは認めてくれません。もっと強いのを倒さないと」


 ルルは胸の前で拳を握って言う。

 確かに、あっさり倒せたやつをもう一回倒してもインパクトに欠けるな。ルルが言う条件というのは、僕がルルのために魔法を使いこなせるということだったけど、具体的にどうすればいいのかはよくわからない。とにかく強いのを倒せればそれでいいのかな?


「あの晩はうまくいきましたが、危ないところでした。そこで、今回はしっかり準備してきましたよ。ほらっ!」


 そう言ってルルが鞄から取り出したのは、件の靴だった。


「これ、買ったやつだけど」


 靴が変わったくらいで……と思いながら受け取ってみると何かがおかしい。

 僕の新しい靴には、なにやらたくさん記号やら文字のようなものが刻み込まれている。糸で縫いつけてあるものから、何らかのインクで描かれたものまで様々だ。他にも特徴的な形状で切り出された金属片や動物の皮らしきものが貼り付けられ、買ったばかりの頃と比べて大きく様変わりしてしまっていた。そういえば、いろいろ靴をいじられてたことがあったな。ここまでされているとは思わなかったけど。


「この改造は一体……」

「靴を丸ごと魔籠にしました」


 なんとまあ。


「さあさあ、靴を履いてください!」


 ずいぶん楽しそうだな。


 ルルに促されて靴を履きかえる。


「では起動の呪文を教えます」


 やっぱり呪文なんだ。


「師匠が魔籠は魔力さえ通せば使えるとか言ってたけど、呪文が要るのはルルのこだわりかなんかなの?」

「話の腰を折らないでください!」

「う、うん……」

「驚かないでくださいよ。なんと、その靴には三つの魔法が込められています!」


 ルルはカッと目をひらき、指を三本立てて胸を張った。

「おお……?」


 魔籠について詳しくないので、それがどのくらいすごいのかよくわからない。よって驚きようもなかった。


「まず一つ! 『ファイヤーキック』!」

「またファイヤーか! しかもキックって……」


 どう考えても魔法の呪文に聞こえないんだが。


「足に炎の力を纏い、恐るべき蹴りを放てます。しかし、これには問題があります」

「うん?」

「そもそも蹴りが強くないと真価を発揮できないのです……」

「僕、強い蹴りなんかできないよ。喧嘩したことないし」

「しかし、心配は要りません!」


 ルルは拳を握り締めて力強く宣言した。


「その問題を解決する、二つ目の呪文。『フィジカルライズ』!」


 呪文っていうか、技名叫んでるだけだね。


「ルル、ネーミングセンスが安直……」

「話の腰を折らないでください!」

「う、うん」


 もう黙っておこう。


「これで蹴りの威力がサポートされるので問題は解決です。この魔法は全身を強化してくれるので、戦いのときは基礎をしっかり固めてくれるはずですよ」


 戦う前には基本的に常に使ったほうがいいやつか。なんか、ゲームの強化魔法みたいだな。


「そして最後。『ファイヤーブレス』!」

「まさかの最後もファイヤーか……」


 一個だけファイヤーじゃないのを挟んで油断させてくるあたり、ウケを狙ってるように思えてくる。本人はいたって真面目なんだろうけど。


「ドラゴンもびっくりの火炎流を口から噴きだします! 広い範囲を攻撃できるので、囲まれてしまったときや大きな敵を相手にしたとき便利だと思います。でも、なるべく使わないでください」

「どうして? 強そうなのに」

「作ってるときは気が付かなかったんですが、重大な欠陥があるんです」

「ほう」

「この呪文を唱えると、発声の関係で最後は口がほとんど閉じた形になります。その状態で魔法が即座に発動してしまうので、唇や歯茎を火傷してしまうんです」

「あのさ、呪文起動をやめにしない?」

「ダメです」

「はい……」


 謎のこだわりがついに実害を生んでしまったか。


「まあ一応、フィジカルライズで強化した状態ならそこまで酷い火傷にはならないはずなので、本当に必要だと思ったら併用の上、自己責任で使ってください」


 とりあえずフィジカルライズとファイヤーキックか。マジでやばかったらファイヤーブレスも使うことになるのだろうか? いやだなあ。


「あと、これも渡しておきます」


 手渡されたのはあの晩使った指輪だった。ただのファイヤーが使えるやつだ。安全に、しかも遠距離攻撃が出来たはず。実はさっきの三つと比較しても一番使えるんじゃないか?


 僕は指輪を左手の中指にはめた。準備万端だ。


「さあ、行きましょう!」


 僕等は再び森へと足を踏み入れた。

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