第三話 反抗の共犯者

 翌朝、僕は眠った場所と同じ師匠の家で目覚めた。しつこく言うと、まだこれが夢である可能性を疑っていたが、夢の中で一晩眠ってまだその続きって考えづらいよな。


「ってことはマジで夢じゃないのか……」


 これからどうする? 帰る方法は探さないといけないが、すぐにその方法が見つかるかもわからない。まずは生き残るために食事や寝床が必要だ。昨日は師匠とうまくいかなかったが、ここに置いてもらえるようもっと誠意を尽くすべきだったな。


 その後もいろいろなことが思考を巡った。家では僕が突然いなくなって騒ぎになっていないかなとか、職場では退職が決まった途端に残りの出勤をバックれたと思われてないかなとか。悪い考えばかりだ。

 そうして僕が頭を抱えているところに、声がかかった。


「あっ。おじさま起きましたか。おはようございます」

「おはよう、ルル」

「お師匠さまが起きてくる前に出かけましょう」

「え、どこに?」

「昨日約束したじゃないですか。ほらほら、行きましょう」


 僕はルルに手を引かれるまま出かけることになった。昨晩の約束どおり、新しい靴を買ってくれるそうだ。いまは師匠の家にあったボロの靴を借りて町に出ている。ついでにお古の服も頂いてしまった。僕の世界の服装では周囲から浮きすぎる。


「昨日はごめんなさい」

「いや、ルルは悪くないよ。僕もあのあと師匠を怒らせちゃったし」

「そうなんですか?」

「うん」


 僕は昨晩の師匠とのやり取りを話した。魔法を教わることになるはずが、落胆させるだけに終ってしまったことだ。


「そんなことがあったんですか」

「いきなり真理だとかいわれてもね。僕は元の世界に帰りたいだけだし、もうわけわかんないよ」

「そうですよね。ごめんなさい。わたしだけ勝手にはしゃいで連れてきちゃって」

 そう言って、すこし申し訳なさそうにうつむくルル。

「町に連れてきてくれたことは感謝してるよ。僕一人じゃ森で死んでただろうし。ただ、これからのことはちゃんと考えないと」


 実際、帰り方を模索するうえでは魔法の道は悪くないんだろうな。急がば回れという言葉もあるし、落ち着いて考えてみれば師匠に従ったほうがよかったのだろうか。今からでも謝って教わるべきか。ちょっと迷うところだ。


「でも便利な道具を使うのってそんな悪いことかなぁ。だいたい、師匠だってあの指輪もってたわけじゃん」

「お師匠さまは魔籠が嫌いなわけじゃないですよ。自分でもよく使っています。ただ、本質を理解しようとしないまま魔法を振るう人のことが気に入らないみたいで」

「あー、そういうことか」

「それに、あの指輪はわたしが作ったものなので……」

「えっ! それってすごくないの?」

「ふふっ。実はけっこうすごいんですよ。わたしの得意技です!」


 そう言ってちょっとだけ得意そうに胸を張るルル。


「でも、わたし自身は使えないんです。魔力がほとんどなくって……」

「それであの時も使ってなかったんだ」


 そりゃそうだ。出来るなら僕に頼る必要なんて全く無かっただろう。


「はい。でも、あの晩はちょっと無理しちゃいました。ダメですね」


 あの晩元気にはしゃぎまくっていたルルが嘘のようにしょんぼりしている。なんだか重苦しい空気のまま買い物を終え、僕等は師匠宅に戻った。


          *


 師匠は相変わらず机に向かって作業をしている。紙になにかの記号を書いてみたり、木の枝やら小石やらを並べてみたり、僕にはよく分からないけど魔法の研究なんだろうな。


 帰ってきた僕等に目もくれずに没頭しているのかと思いきや、先に声をかけてきたのは向こうだった。


「お前さん。さっさとここを出て行けよ。学ぶでも働くでもないやつに食わす余裕はないものでな」


 やはりそうか……。そりゃそうだけど、こっちだっていきなりわけのわからない場所に飛ばされて困り果ててるんだ。


「あの、一週間だけ待ってください」


 ルルが僕の前に出てきて言う。


「どういうつもりだ」

「おねがいします」


 理由も話さずお願いするルル。僕自身のことなのに子ども一人にこんなことさせてて、僕ダサすぎるでしょ。なので、僕も少し遅れて頭を垂れた。

 師匠はこちらを一瞥すると「ふん」と一言だけ発して作業に戻った。僕はこの返事をどう捉えたものか困惑したけれど、ルルは肯定ととったようだ。


「ありがとうございます」


 次に僕のほうを向き、こっそりと言った。


「おじさま。待っていてくださいね」


 それだけ言い残すと、今日買ったばかりの靴を手に奥の部屋へといってしまった。

 そのまま師匠と部屋にいるのも気まずいので、表に出ることにする。どのくらい待てばいいのか分からないけど、師匠には一週間待ってと言っていたし、しばらくかかるだろう。


 そして、町から出ることも出来ず、かといって町の中で出来ることも無く、僕の居候生活が始まった。

 さすがにただ居座るだけでは肩身が狭いので、ルルに教えてもらいながら家の中のことを手伝っている。師匠が魔法の実験で使うという薬草の畑に水をやってみたり、掃除をしてみたり、洗濯をしてみたり……。

 とにかく、あれこれしてはいるが師匠からの視線は日に日にきつくなるばかりだ。

 一方、師匠の仕事とは別に、ルルからよく分からないことを頼まれることがあった。


 ある日のこと。


「おじさま! ちょっとこれを履いてください」


 僕が棚の埃を掃除していたときのことだ。突然やってきたルルが僕に差し出したのは、命を助けたお礼として買ってくれた新しい靴だった。そういえば、買った日にルルがどこかへ持っていってしまってから一度も履いていなかった。僕はずっと借り物の古い靴を使っている。


「いいけど、どうしたの?」


 言われるままに僕が靴を履くと、ルルは靴に何か書き込んだり、ナイフで切込みを入れたり(新品の靴が……)よく分からないことをした後「ありがとうございました!」と言って僕から靴を脱がし、さっさと奥の部屋へと戻ってしまった。一体なんだったのだろう。


          *


 そしてあっというまに一週間。最終日も行く当てなく、空いた時間に町の中を散歩しているうちに昼になった。そろそろお腹がすいたな。

 師匠の家に戻ると、中から言い争いの声が聞こえてきた。ルルと師匠の声だ。


「――だからおじさまと一緒に行くって言ってるんです!」

「馬鹿者が。あいつは魔法の何たるかを分かっておらん。わかろうともせん」

「でもわたしの魔籠を使えました!」

「それが危険だといっておる!」

「こんな機会、もう無いかもしれないんですよ!」


 話しの流れはよくわからないが、僕のことで言い争っているのか。ますます入りにくいな。 どうしたものか家の前で困っていると、突然勢いよく扉が開いた。僕は顔面にドアパンチを食らって無様に尻餅をついた。


「あっ。おじさま!」


 鞄を手に立っているルル。どうやら扉を開けたのは彼女らしい。


「待て! 話はおわっとらんぞ」


 ルルの背後からは師匠の声が聞こえる。怒っているようだ。

 僕が顔を押えてうずくまっていると、ルルが僕の手をとって立たせてくれた。


「痛てて。一体どうしたの」

「おじさま、一緒に来てください!」


 ルルに手を引かれるまま僕は走り出した。師匠の声が背中に遠ざかる。


「ちょっと、どうしたの」

「森へ行きます!」

「どうして?」

「魔物退治です!」

「なんでいきなり……」


 さっぱり話が見えない。ワケが分からないまま僕等は師匠の家を離れて、通りを駆け抜け、あっという間に町の外縁部までやってきた。


「ちょ、ちょっと、休ませて」


 運動不足に走り続けるのはかなり辛かった。ルルは呼吸こそはやくなっているものの、まだまだ走れそうな様子だ。子供は元気だな。

 僕は少し強引にルルの手を引いて止めた。師匠の家からはかなり離れた。後ろを確認するが、追いかけてはこないようだ。


「いきなりどうしたのかわからないけどさ、せめて事情を聞かせてよ」


 僕は近くにあった石段に腰掛けて問いかけた。ルルは僕の隣に座って話をはじめた。


「わたし、この町を出たいんです」

「うん」

「でも許してもらえなくて」


 そりゃ十歳の女の子一人じゃ仕方なくない? と思ったけど、ここは僕の世界の常識が通用するとも限らないか。


「どうして町を出たいの?」

「王都に双子の妹がいるんです」

「姉妹がいたんだ」


 ルルは頷いて、続ける。


「妹は物凄い魔法の才能がありました。五歳の頃から大人の魔法使いが覚えるような技を次々使えるようになって、おとうさんもおかあさんも自慢の娘だって。でもわたしは……」


 ルルはスカートの裾をぎゅっと握ってうつむいた。

 そういえば、ルルは魔力がほとんどないとか言っていたな。


「わたしの両親は王立魔法学院の出で、娘のわたしたちも同じ道に進めるつもりでした。でも、わたしは魔法の素質がないから入学できなくって。結局、わたしは入学に素質の制限が無い、地方にある小さな寮つきの魔法学院に入れられました。でも魔法が使えないことに変わりは無いので、結局そこでもうまくいかず……」

「魔法以外の道はなかったの?」


 ルルは首を振った。


「わたしもそう思いました。なので、両親に手紙を出したんです。魔法学院を辞めさせてほしい。それで、おうちに帰りたいって」

「それで?」

「魔法使いを志さないなら、お前は娘ではないって返事が来ました。その後はどれだけ手紙を出しても、返事が来なくなってしまって」

「うそだろ……」


 酷いな。毒親かよ。


「でも魔籠だっけ? あの指輪みたいなもの作るのは得意なんでしょ? その方面なら魔法でやっていけそうだけど」


 得意なことがあるだけいいじゃないかと僕は思った。元いた世界での僕の情けなさを見せてやりたいくらいだ。

 ルルは頷いた。


「どうしようもなくなって困ってたころ、臨時講師としてわたしの学院に来ていたのがお師匠さまです。全然芽の出ないわたしを唯一気にかけてくれたお師匠さまに、思い切って相談したんです。辞めたいって。その時に教わったのが魔籠という道です。でも、わたしが学院に入った頃は、まだ魔籠は世に普及し始めて間もなかったので、地方の学院では専攻の道が無かったんです。わたしは学院を辞めて、お師匠さまのところで勉強を始めました」

「かなり最近の技術だったんだね、魔籠って」

「ああ見えてお師匠さまは新しい技術にもしっかり目を向けているんですよ。意外ですよね」


 ルルはそう言って少し笑った。


「なるほど。ルルの生い立ちや、ここを出たい理由はわかったよ。でも、それが魔物退治につながる理由がわからない」

「わたしが作った魔籠を、わたしのために使いこなせる人を見つけること。これがわたしの独り立ちの条件なんです。わたし自身が使えなくても、誰かがそれをわたしの為に使えるならば、それはもう、わたしの魔法だと言える。……ということだそうです」

「それで僕か」

「はい。一回使ってくれましたから。ついにこのときが来たって思いました」

「他に使える人はいないの?」

「お師匠さまとおじさま以外には、いまのところいません」


 あれ? 誰でも簡単に使えるのが魔籠じゃなかったのか? 魔法の詳しいことはよくわからないが、事情だけは理解できた。


「僕がルルの魔籠を使いこなして魔物を退治する。これで独り立ちが出来るって師匠に見せたいわけだ」

「はい! そうすれば、わたしは一人前です。きっと家に帰っても大丈夫だって思うんです。協力してくれますか?」

「その場合、僕も王都についていくことになるの?」

「はい。ダメですか?」


 僕は考える。ここにいても僕が出来ることはないだろう。着の身着のままこの世界にとばされてしまったし、もともと何かの技能を持っているわけでもないし……。

 しかし、この世界にも救いはある。どうやら僕には魔法の強い素質があるということ。そして、魔法を使うのに必要な道具を作れる子と知り合いになれたことだ。現状、ここで僕が生きていくことのできる明確な手段はこれしか見当たらない。おまけにルルの側も僕の力を必要としている。これはwin-winの関係というヤツか。


「わかった。一緒にやろう!」

「ほんとですか? やったあ! おじさま、大好き!」


 立ち上がって万歳するルル。本当に嬉しそうだ。

 こんなの見たら、協力しないわけないよね。

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