第二話 魔籠

「つきました!」


 僕達は町に到着した。夜だからか、道を歩く人はほとんど見られない。それに、どうみても日本の街並みには見えない。僕はどこへきてしまったんだ。


「まずはケガを治さなくちゃですね。お師匠さまのところに行きましょう」

「お師匠さま?」

「わたしに魔法を教えてくれてる人なんですよ」


 ルルにつれられてたどり着いたのは町の外縁にある家屋だった。他の家屋と比べてずいぶんぼろぼろだ。戸の隙間から暖かい橙色の灯りが漏れているので、お師匠さまとやらはまだ起きているようだ。


「ただいま戻りました!」


 元気よく扉を開け放つルル。


「騒々しいぞ。もすこし静かに入ってこんか」


 小屋の中にいたのは一人の男性老人だった。小さな部屋の中心で机に向かって何か作業をしている。胸の辺りまで白い髭をもさもさと垂らし、眉毛も白くて長い。黒い外套を羽織り、黒のとんがり帽子を被っている。うーん……魔法使いだ。


「お師匠さま、お客さまですよ」


 その言葉でようやく師匠は顔をあげた。


「だれだ」

「えっと」


 どこから言えばいいのか困る。ひとまず僕が名乗ろうとすると、ルルが横から割ってはいる。


「こちらのおじさまは命の恩人です! 森で襲われていたわたしを助けてくれたんですよ!」

「なに? お前、また勝手に森へ行っておったのか!」


 ルルは「あっ」と漏らすと、両手で口を塞いで黙った。どうやら森へ入ってはいけなかったようだ。


「危険だといっとるだろうに。分からんやつめ」

「でも、でも、ちょっとでもお師匠さまのお役に立ちたくて」

「嘘をつけ。一人で魔物を狩ってワシの鼻を明かしたかっただけだろうが」

「だって、お師匠さまがわたしのこと才能ないって言うから……」

「それが事実だから助けられたんだろうが?」

「ううっ」


 弱弱しい言い訳はあっという間に出なくなり、ルルは黙り込んでしまった。なんか場の空気がぴりぴりしてきた。僕が自己紹介しにくいじゃないか……。

 どうすりゃいいんだと突っ立っていたら、向こうから話をふってくれた。


「どこの誰だか知らんが、不出来な弟子を助けてくれたようだな。まずは礼を言おう」

「い、いえ。僕は何も。熊もこの子がくれた指輪でなんとかなっただけでして……」

「指輪? はぁ、魔籠まろうまで持ち出していたか。愚か者め」


 しまった。あの指輪は持ち出し禁止だったらしい。隣を見れば、ルルがますます縮こまっている。


「あの、これはお返ししますので、ルルを許してあげてください。僕も道に迷っていたところを助けてもらったので」


 師匠は僕が差し出した指輪を受け取った。


「ふん。恩人の言葉に免じて、説教はここまでにしといてやる。今日はもう寝ろ」

「はい……」


 すっかり元気をなくしたルルは、とぼとぼ奥の部屋へと姿を消してしまった。なんだか僕まで悪いことをした気分になる。


「さて、ワシはお前さんと少し話がしたい。いいかな?」

「はい」


 ――

 ――――


「なるほど」


 師匠は手際よく僕のケガを手当てしてくれた。その後、いろいろと説明を求められたので、僕は自己紹介とともに知っている限りのことを話した。自室にいたはずが、突然森にいたこと。熊に襲われたこと。わけもわからぬままルルを助けたこと。そして、どうやらここは僕の住んでいたところと大きく異なるということ。


「ノブヒロよ。確かにお前さんからは並々ならぬ力を感じる。半人前のルルでも感じたというのだから、相当なものだ。ワシの知らぬ世界から来たと聞いても否定しきれん」

「いやあ、正直まだ夢なんじゃないかなー……なんて思ってるんですけどね」

「ほう? するとワシはお前さんの夢の住人かな?」

「違います?」

「案外そうかもしれんぞ。この世の全ては誰かの見ている夢であると、大真面目に論ずるものもおるしな」


 そう言ってふっふっと笑う師匠。からかわれているな。


「まあ、冗談はさておき。お前さんがどこからどうやってきたのか、まるで分からん。分かるのは、お前さんにはかなり強力な魔法の素質があるということだけだ」

「僕のいた世界に魔法なんてものはありませんでしたけど」

「そんなこと言われても知るか」

「はい……」

「正直、お前さんは魔法を学ぶべきだと思う」

「そう言われても、いきなりこんなことになってなにがなんだか」

「混乱するのも無理はない。だが、落ち着いて考えればお前さんにとって魔法を学ぶ利点は多い。まず、この世界での生業につながる。もとの世界に帰るにせよ、まずは今日の糧が必要だからな。この点において、素質があるとわかっている魔法の道は大いに助けとなるだろう」

「確かに、そうですね」

「そして、元の世界へ帰る手掛かりとなるかもしれん。お前さんをここに飛ばした現象について突き止める手段となるだろう」


 一理ある……のか? 僕が魔法でここに飛んできたという確証はないが、魔法でもなければこんなことは説明できないだろうという思いもある。


「わかりました。教えてください」


 師匠は僕の返事を聞くと満足そうに頷いた。


「そうこなくては……では早速基礎的な理論から始めるかな」


 そう言いながら、どこからか分厚い本を取り出す師匠。開かれたそれはワケのわからない文字と記号に溢れかえっている。


「ちょっと待ってください」

「なんだ」

「魔法ってなんかこう、呪文を覚えて唱えたら簡単に使えるものかと思ってたんですけど」


 魔法の前に文字の勉強なんて勘弁して欲しいぞ。


「そんなわけがあるか。季節、天候、時間、方位を綿密に計算したうえでの儀式。土地の性質についての深い理解。力を借りる霊についての知識と祈りの作法。そのほか膨大な情報の組み合わせ方と操作こそが魔法の――」

「でも、さっき僕は指輪をはめて呪文を唱えただけでしたよ」


 熱く語る師匠を遮って申し訳ないが、出来たものは出来たのだ。師匠の言う正式な方法とやら以外にも魔法の筋道はあるに違いない。


「ふん。魔籠まろうか。確かに最近はその方式が流行っておる」

魔籠まろう?」


 師匠はしばらく眉間にしわを寄せて何か言いたそうにしていたが「ふーっ」と長いため息を吐いた後、説明をしてくれた。


「よかろう、説明してやる。まず、いまの世で魔法と呼ばれるものは大きく分けて二つの方式が存在しておる」


 師匠は指を二本立てて、こちらへ向けた。


「まず一つ目、ワシがさっき少し説明したのが儀式魔法。法則に従って正確な儀式を行い、魔法を行使する方法だ」


 師匠は指を一つ折って説明を続ける。


「そして二つ目、魔籠を使った魔法。お前さんが使ったものだな。これは一連の儀式内容を象徴化して、道具の中に刻み込んでしまう方法だ。こうして魔法を込めた道具を魔籠と呼ぶ。実際の儀式を行わなくとも、象徴化された儀式の回路に自分の魔力を流すだけで起動する」

「便利じゃないですか」

「使うだけならな。しかし、ワシら魔法使いは真理を探究する。儀式を極め、新たな法則を見つけ出し、世界の秘密へ迫る。与えられた道具だけをただ使う存在ではない」

「僕は真理とかはちょっと……」


 森での出来事を思い出す。「ファイヤー」ドカーン。難しいことはよく分からないし、ああいう魔法でいい。そもそも、僕に真理を突き詰める理由はなく、その時間もない。


「この方式が考案されてからは、ただ魔力に恵まれて生まれただけで魔法のいろはも知らんやつがボンボン魔法を使えるようになった。その結果なにが起きたと思う?」

「なんですか?」

「魔法を使った犯罪の増加だ。ひどいもんだぞ」

「なるほど……。でも僕は魔籠を使うほうがいいと思うんですけど。だって元の世界に帰るまでの間だけですし」


 元の世界に帰るまでの食い扶持を稼ぐだけなら、手っ取り早くてインスタントであるべきではないだろうか。だが、師匠はそのあたりに妥協は許さないようだった。

 師匠は長いため息をついて帽子を取った。


「そうか。結局、お前さんもその類だったというワケか。なんだか一気にやる気が削げたわ。ワシはもう眠る」

「お、おやすみなさい」

「お前さん、今日は泊まっていい。適当なところで寝ろ」


 師匠はこちらも見ずにそれだけ言い残して奥の部屋へと消えてしまった。

 僕は立ち尽くしたままそれを見送った。なんかちょっと悪いことしちゃったかな?

 若干の居心地悪さを感じながら、僕は部屋の隅で眠った。

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