彼の為ならばなんでもやって見せる

@smallwolf

第1話



 彼は死んでしまった……。

 私と彼は冒険者同士……付き合っていた。



 彼との最初の出会いは、単独では難しいクエストの為に仲間を募集していた時だ。

 その時は一回限りの付き合いになると思っていたのだけど、流れでそのあとも彼と様々なクエストを受けるようになった。その結果……私は彼に惹かれていった。





 そして……あるクエストで彼が重傷を負った。




 幸い命を落とすことは無かったが、途端に私は不安になった。

 冒険者は危険な職業だ……お金は稼げるがそのぶん、命を危険にさらす。



 だから私は彼に懇願した。もう冒険者を辞めて普通に暮らそうと……もう私にはあなたしか要らない……あなたを失いたくないと……。

 それに対して彼は――


「――わかった。俺の一生をビンスフェルト……君にあげるよ。そのかわり……ビンスフェルト……君の一生を俺にくれ」



 と……そう言ってくれた。


「カイル!!」


 私はそれに対して、口づけで答えた。




 そこからはとても幸せな日々だった。

 冒険者を辞めて、村の畑仕事。冒険者をやっていた頃よりお金は入ってこないけれど、それでも近くに彼が居る。それだけで私は幸せだった……。



 でもそんな幸せな日々は長く続かなかった。

 私が所用で村を空けたとき、魔物が村を襲ってきたのだ。



 そして……彼は他の村人を逃がすために魔物と戦って――戦死したという。



 なんだそれは? ありえないだろう?


 冒険者を辞めて! 幸せに暮らしていたというのに!! なんでこんなことになるの!? 私たちが何をしたというの!?



 私には彼しか要らない! 他には何もいらない!! 彼が居てくれればそれで十分だったのに!!



 彼がいない世界なんて……空虚なだけ……。

 彼が居ない世界で私が生きる意味なんて……ない。



 その時、もう一人の私が――冷酷な私が私に問いかける。



 「許せるの??」



 体が震える。



 「許せるの?」



 再び聞こえる冷酷な私の声。私はその声を聞かないように……意識を向けないように必死に耳を抑える。これ以上聞きたくないから。聞けばその声に導かれ、二度と戻れない場所まで連れていかれそうだから。


 だけど、意味はなかった


 「許せるの? 彼を置いていった村人たち。彼を殺した魔物を……」


 村人は彼が彼の意思で救った。あの人たちを殺すということは彼の意思に反する事。それに魔物なんていくらでも居る。そんなものを復讐の対象にした所で意味なんてない。



「本当に心の底からそう思ってる? そもそも彼の意思で救ったなんて、どうしてそう言い切れるの? 彼からそう聞いたの? 村人からそう聞かされただけでしょう? 魔物に復讐する意味がない? 魔物が居なければ彼が死ぬことなんてなかったんじゃないの? 第一……」



 やめて……考えてはいけない。



 「復讐以外であなたに生きる意味なんてあるの? 唯一の生きる意味が無くなったのに」



 ――ピシッ――


 何かが私の中でひび割れる。

 彼が居なくなってしまった世界なんて……もう生きる意味なんて……ない。

 もし私に生きる意味があるとするなら……あぁ……彼の意思に反するとしても――



 復讐



 やつあたり



 そういった物しかない。



 村人が居なければ……彼は生き残る事ぐらいは出来ただろう。

 魔物が居なければ……彼が死ぬこともなかった。

 あぁ……もう考えるのをやめよう……頭が痛い……。

 もう何も考えたくない……。

 そうして私は狩りに出る。



 私たちが住んでいた村の周辺に居る魔物たちを狩る。ただ、魔物に八つ当たりするだけ。

 せめて彼の意思にだけは反しないように……村人へと向かいそうになる殺意を魔物へと向ける。すべての魔物を殺しつくすことだけを考える。



 もうこの命に意味なんてない……道半ばで命を落としたとしても……死もまた祝福だろう……。



 そう考えていた私を――



「おぉぉ、なんと美しい。人の身でありながら芳醇な死の香りをまき散らすその姿、かの美女神など話にならないほど美しい……。お嬢さん、少しお話よろしいですか?」



 誰かの声がする……。幻聴じゃない。明確に誰かの声がする。

 声のする方向を見るが、人の姿は見えない。




 私の目に映ったもの、それは影だった。もやもやとした影。はっきりとは見えずぼやけている影。

 その影を見ているとなぜか私は、不安になってくる。触れてはならない、見てはならない。そんなものに近づいてしまった。そんな禁忌を犯してしまったような錯覚を覚える。



 そんな私の様子を知ってか知らずか、影は話しかけてきた。



「その芳醇な殺意……自己に、人外の魔物に、他者に向ける殺意。そうですか。許せないのですね? 愛する者を守れなかった自分の事も、愛する者を奪った魔物も、愛する者を見捨てて逃げた……ふむ。これは――ああ、これだけは違いますね。ビンスフェルト。村人を助けたのはあくまで彼の意思だったようですよ?」


「っ!? あなた、何者!?」



 私に話しかけてきた影。まだ私は名前も名乗っていないというのに、影は私の名前はおろか、私の過去すらも見通しているようだ。


「申し遅れました。私の名前はシェイド・リュカオン。覚えてもらわなくて結構です。そんな事より、私はあなたに尋ねたいことがあります。ビンスフェルト。あなたはこれから何を為しますか? 何のために生きますか?」




 影の声……それは不気味な声だった。

 男の声でも女の声でもない……ましてや魔物の声でもない……ただただ歪な声だった。



 それでも私は語る……もうどうでもいいから。



「あなたが言うように、私は愛する彼をなくした。あの時から私の生きる意味なんて失われてしまっているわ。もし何かあるとすれば――ふふ、そうね。彼を殺す要因となった者達への復讐……すべての魔物を打ち滅ぼし……そして……」



 言葉が詰まる……だが――



「――そうしてすべてを為し、生きる意味のなくなったあなた自身は命を絶つと……。なるほどなるほど。実に素晴らしい。感動的な愛です。彼を殺す原因となった村人達への復讐は彼の意思に反するから行わないというのですね? あなたの中には村人への憎悪がこれだけ渦巻いているというのに」




「っ!! ええそうよ!! 何か文句でもあるの!? 私は憎い!! 彼を殺した魔物も……彼を置いて逃げた村人たちも……憎くて憎くて仕方ないのよ! だけどしょうがないじゃない! 彼が望んでいない事はしたくない! それが死んでしまった彼に対する私ができる唯一の――」

「悪くなどありません。美しい。非常に美しいと思います。そうですねその通りです。愛する者の望んでいない事はしたくない。立派なことです。そんなあなたに一つだけ尋ねたいのですがね?」


 その瞬間影は私への距離を詰めてきた。

 早い……全く反応できなかった……。

 それに近くで見ても“これ”はぼやけている……なんなのこれは?




 そして影は――言った。




「彼を生き返らせることができる――その手段があるのなら、あなたはどうしますか?」



 !?

 彼を……よみがえ……らせる?

 そんなこと……できる訳……。



「出来る訳がない。なるほどなるほど。確かに不可能ですねビンスフェルト。あなたは正しい。しかし、同時に間違っています。死んだ者は蘇らない。それがこの世の理です。ですがねビンスフェルト? その理を決めたのは誰ですか? その理は本当に曲げられない物なのですか? 過去、不変だと思われたものが変わった事例などいくらでもあるのになぜあなたはそう思うのですか?」


「それは――」


「おっと、失礼。これは要らぬ質問でしたね。話を戻しましょう。ビンスフェルト。もし、愛するあなたのカイルを蘇らせることができるとしたら……あなたはどうしますか?」


「本当に……彼を――カイルを蘇らせる方法があるの?」


「あなたにその資格があれば――とだけ答えておきましょう。それで、どうなのですかビンスフェルト? 愛する彼を蘇らせることができるとしたら、あなたはどうしますか?」


 そんなの――



「蘇らせるに決まってる!! 彼が戻ってくるなら!! 私はどんなことでもする!!」



 私は影に向かって叫んだ。

 彼が戻ってくるのならば……当然だろう……私は何でもする!!



「教えて!! 彼を蘇らせることが出来るというなら!! その方法を!!」



 影に向かって私は問いかける……そして――



「『何でもする』と言いましたね? その覚悟は本物ですか? あなたの家族、友人、知り合い、彼を殺す原因となった村人。それらの人々を生贄にしなければ生き返らない。――そう私が言ったらどうしますか?」


 私は――


「殺す……それで彼が蘇るのなら」



 ――瞬間、影が震えた。



「くくくくくくく。ははははははははは! 即答ですか! なるほどなるほど。もう一つだけお聞かせくださいビンスフェルト。あなたの愛する彼は、そんな方法で蘇って喜ぶ外道なのですか? いいえ違うはずだ。きっとそんな方法で蘇ったと知れば彼はあなたを許さないでしょう。心底、あなたを軽蔑するはずだ。それでもよいのですか?」


「そんなの関係ない……私は彼に生きていてほしい……ただそれだけ……彼が居る世界でないと私は生きてる意味を見出せない。彼にどう思われようと彼が居ない世界よりはずっといい!!」



 そう言い切った時――


「素晴らしい!! クレス・イーナ!! 実に実に素晴らしい答えです! なんたる傲慢!! 自分の為だけに、生を望むものを殺すことを厭(いと)わず、生を望まぬ物を蘇らせる! あなたこそ傲慢の器にふさわしい!!」



 影は震えて歓喜の声を上げた。



「ようこそ! 神の黒庭へ! ビンスフェルト、あなたには十分すぎるほどの資格があります。愛する彼を蘇らせる……その可能性をあなたに授けましょう!!」




 そう言って影は何かを私の腹に押し付けてきた。



「な! 何を!?」



 突如、私の視界から光が消える……闇、闇、闇……。

 目の前には闇が広がるばかり……光など刺さない完全な闇……。



「恐れる事はありませんビンスフェルト。言ったでしょう? あなたに力を差し上げると」


 その瞬間、胸が苦しくなる。

 何? 私の身に何が……、


「今、あなたの体に魔石、スペルビアを埋め込みました。やはり思った通りだ。あなたには傲慢がふさわしい。よく馴染んでいる」



 魔石、スペルビア?? 埋め込んだ?? いったい何を……。


「良いですか? 神の作りし箱庭にはスペルビアとは別に六つの魔石が存在しています。インウィディア、イラ、アケディア、アワリティア、ルクスリア、グラの計六つです。あなたの体に埋め込んだスペルビアと合わせ合計七つ。その七つの魔石をスペルビアと同じようにその身に納めるのです。しからば、あなたは愛する彼を蘇らせる力を得るでしょう」



 !? 彼を……蘇らせることが出来る!?



「すべての魔石はあなたの中の魔石のように人体に埋め込まれることになるでしょう。あなたが魔石を手に入れるためには魔石を埋め込まれた者を殺(あや)め、人体から取り出すしかありません。あなたを除き、六人をね」




 六人を……人を……殺す……。



「身内でもなんでも殺すと言ったあなたにとっては簡単なことでしょう?」



 それで彼が生き返るならば……私は……。



「スバラシイ!! クレス・イーナ!! ――それではさようなら。ビンスフェルト。全ての罪を背負いしとき、またお会いしましょう」




 その声を最後に私は気を失った――






 その後……目覚めたビンスフェルトは旅発つ。

 六人を殺す旅へ……彼を蘇らせるための旅へ……。


 

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