観覧車、廻る、馬鹿みたいに

神崎 ひなた

プロローグ 悪霊と死神

「一体いつまでこんなことをするつもりですか?」


 儚くて、弱くて、冷たくて、消えそうな声。氷でできた硝子の声を聞いているようだった。それは目の前に座る少女から発せられているのに、遠い世界から語りかけられているように現実味がない。


「こんなことをしても意味がないって、どうしてわからないんですか?」


 雪原のようなローブの下から、蒼い瞳が覗いた。見ているだけで吸い込まれそうな瞳。この世のものとは思えないゾっとするような美しさ――しかしもう俺には凍り付く背筋など無いのだが。


「分かっているさ。言われるまでもなく分かっている――俺に意味なんて無いのさ。だから何をしても無意味になる」


「そんな屁理屈では逆説にもなりませんよ。あなたの存在に意味が無いからって、何をしても無意味になるとは限らないのだから」


 俺は少女から目を逸らし窓の外を眺めた。もう日が暮れる。水平線に夕日が沈み、どっぷりした藍色が空から降りている。もうじき夜が訪れる。しかし、それが一体どうしたというのだろう? それに何の意味があるというのだろう? 朝も昼も夜も、移ろう風景に意味などまるで無いのに。


「死んだ人間がいつまでも同じ場所にいるのは理に反しています。どうしてそれが分からないんですか?」


 思うに俺が無意味なのではなく、世界が無意味になったのだ。だから理なんて曖昧な言葉が、どうも遠い世界の出来事に思える。


「あなたの家族や友人だって、こんなことを望んでいませんよ。あなたはもう死んじゃったんですから。死んだなら、終わらせないと。終わったなら、次に行かないと。今までに生きてきた人、死んで来た人は、みんなそうしているんです。どうしてあなたにはそれができないんですか?」


「死神。俺は、人間がただ生きているというだけで憎いんだよ。家族だろうと友人だろうと、生きているだけで憎い――もし本当にそんな奴らがいたら、の話だが」


「それは――」


「自分になんの意味もない奴が、他人に意味など見いだせるものか」


 少女はゆっくりと立ち上がって、ため息をついた。時間が来たのだ。この小さな部屋が地上に到着する、その時間が。


「また日を改めるとしましょう。もっともあなたは、日を改めることに意味は無い、なんて言うんでしょうけどね」


「違うな。日が改まることに意味がないんだ。今日も明日も、百年後も千年前も、まるで同じだ」


「そういうことにしておきましょう。でもね、私はあなたを全然、かわいそうだなんて思いませんからね」


 少女は扉の外に出て振り返った。嘲笑でも侮蔑でもない、哀れみの表情を浮かべて。


「あなたが無意味と呼ぶ世界には、もっとかわいそうな人がいるんです。あなたは遠からずその意味を知る時が来るでしょう」


「そうかな」


 俺は自分をかわいそうだと思ったことはないし、思ったところで何の意味もない。

 ましてや他人のことだ。意味など知ってどうなるだろう。


「そうですよ」


 少女の蒼い瞳は確信に満ちていた。いつの間にか、肩には巨大な鎌を引っ提げていた。凶悪で醜悪で劣悪な、死神の名に相応しくおぞましい鎌。その柄には一対の鈴が結ってある。

 

「では、また。――“観覧車の悪霊さん”」


 鈴なりが響くと同時に、少女の姿は消えた。

 観覧車が何の意味もなく回り始める。

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