第5話 二人は幼馴染




 いま俺の目の前にいる少女、名前を槙城小羽という。


 綺麗な黒髪のセミショート。サイドに束ねたヘアゴムにはピンクのフェルトボールが付いていて、可愛く頭の上に乗っている。


 くりっとした大きな瞳に、抓りたくなるような頬。


 小柄で少々童顔だが、小羽はとても可愛い。



 というか、年々可愛くなっていく。



 この可愛さに充てられて、俺はどんどん小羽と距離を取ってしまった。



 そう俺は思春期男子の例に漏れず、意識しすぎるあまり小羽と喋れなくなってしまったのだ。



 そんな小羽と、俺はいま久しぶりに会話をしている。



 お互い正座で向かい合って。



 俺だけ、パン一で……。



「正ちゃん、私は悲しいのです」



 じっとこちらを見つめ、眉尻を上げる小羽。



 久しぶりのまともな会話がこんな姿っていう俺の方が悲しい気がするんだが……。


 今はそんな事を言える雰囲気ではなかった。



「いや、これは、ちょっと遊んでただけっていうか……」


「正ちゃんが部屋で一人で変態さんになっていました」



 小羽はそう言うと少し頬を膨らませて、俺に畳みかけてくる。



 そんな顔とおっとりした喋り方が相まって、さらにも増して可愛い。



「ちょ、ちょっと待ってくれ。その言い方には語弊があるような気が……しないでもないぞ……?」



 いや、変態そのものだったような気がする。


 くそう、最悪の事態は避けれたけど、やっぱダメージ大きいぞこれ。



「何で、最後声が小さくなるのですか?」



 さらに頬を膨らませる小羽。



 やべぇ、超かわいい……。



 可愛すぎて、俺もどこかを膨らませてしまいそうだ。



 ……はっ、いかんいかん、こんな説教されてるような状況でそんな所を膨らませていたら完全な変態になってしまう。



「えと、小羽、……怒ってる?」


「怒っていません、悲しんでいるのです」



 うっ、悲しまれるって辛いな、……なんか怒ってるほうが気が楽なような気がする……。



「小羽、あれだぞっ。これは、ちょっと遊んでただけだからな。お前が思ってるようなのとは違うんだからなっ」



 焦りながら言い訳する俺だったが。



「正ちゃんは変わってしまいました。昔の正ちゃんはそんな隠し事をするような子じゃありませんでした」


「……いや、隠し事っていうか……」



 いや、隠すだろ!


 どこの世界に緊縛してましたって公言するバカがいるんだよ!



「昔の正ちゃんは本当に可愛かったのです。正ちゃん覚えていますか? 正ちゃんがミミズにおしっこかけたら正ちゃんのおちんちんが腫れてしまって、私がそのおちんちんに痛いの痛いの飛んでけって撫でてあげたら、おちんちんがもっと腫れあがってしまって一緒に泣きながら帰ったあの日の事を。あの頃の正ちゃんに戻ってください」


「お、おいやめろっ! 今すぐその記憶を消しなさい!!」



 ぐああぁぁ、何やってるんだ子供の頃の俺はぁぁぁぁぁ!!

 


「だめですっ。私と正ちゃんの大事な思い出なので絶対に忘れません」



 頼むから忘れてくれぇ!!


 ていうか、そんな正ちゃんに戻りたくねぇぇ!!



「……な、なあ、昔の俺は置いといて、そろそろ服を着てもいいかな? ちょっと寒くなってきたんだけど……」


「別に、服を着ちゃダメなんて一言も言ってませんよ。風邪を引くといけないので早く着てください」



 え、そうだったの? なんだよ早く言えよ、半裸で正座ってけっこう恥ずかしいんだからなっ。



「そ、そか、はは、ちょっと勘違いしてたみたいだな。それならそれで早く言ってくれりゃ……」


「正ちゃんは変態さんになってしまったので、ずっとその恰好が良いのかと思ってました」


「変態さんじゃないから! やめてっ、人を変態キャラにしないで!」



 小羽は「違うのですか?」と首を傾げている。



 この子、どこまで本気で言ってるんだ……?



 そんな事を考えつつ、じっとこちらを見つめる小羽を見ながら俺は服を着た。


 ……いや、着るとこあんまり見ないでっ。なんか恥ずかしいから!



 そして、再び小羽と正座で向かいあう。



 そして少し沈黙が続く。



 やだこの沈黙っ! 何か、何か喋らないと!



「……ああ、ええと、なんだ? あれだな、小羽とこうして話すのは久しぶりだな」



 小羽の表情は少し翳り、少しの沈黙が流れた。



「…………はい、久しぶりです。正ちゃんが学校で私を避けるので、とても久しぶりです」



 ――うっ! 


 小羽が痛いところ突いてきたよぉぉ!!



「い、いや待て、避けてるとかじゃないんだ。決して違うぞ、全然避けてないからな!」


「……でも、全然喋りに来てくれないですよ?」


「それは、……あれだよ、恥ずかしいっていうか、……意識するっつうか……、とにかく思春期によくあるやつだよ」



 小羽はぴくりと反応すると、顔を俯かせて訊き返してくる。



「……意識、……ですか……?」


「……え? あ、ああ、変に意識すると何話していいか分からなくなるだろ? そ、そんな感じだよ……たぶん」



 可愛すぎて喋れなかったとは言えない俺。


 幼馴染にそんな事言えるかぁぁ!



 小羽は顔を俯かせたまま。



「……多分……、私もそんな感じでした。……ごめんなさい……」


 

 そう言って静かに頭を下げた。 



「えっ? あ、……いや、こっちこそ、……ごめんな……」



 えっ、何これ?


 なんか空気が重いよ? こんな空気は正ちゃん嫌いなんだけど!



 っんん? 小羽もそんな感じだった? どういうこと? その辺ちょっと詳しく!!



 そこからしばらく沈黙が続いた後、小羽は口を開く。



「……というわけで、今日は正ちゃんと仲直りをしにきたのです」


「そ、そか、……でも、仲直りって言っても、俺たち別に――」


「――仲直りにきたら、正ちゃんが変態さんになっていたという衝撃的事実なわけです」



 話が戻ったーー!!


 なんか良い感じになってたのにぃぃ!!



 何でぇ、何で話を戻すのよぉぉ。もういいじゃんそれぇ!



「いや、だから、それは誤解だから――」


「この衝撃を正ちゃんの小父さんと小母さんにどう説明したものか――」


「やめろぉぉ!!! バカお前、何を口走ろうとしてんだよ! 言って良い相手と悪い相手があるだろうよ!!」



 この子は一体何を言い出してんだ!!


 親バレとか、確実に死んじゃう案件じゃねぇかよ!



「やっぱりこういう事は、小父さん小母さんに相談したほうが良いんじゃないかと思うのです。あ、そろそろ、小母さんの帰って来る頃ですね」



 小羽はそう言うとすっくと立ちあがった。



「待てぇぇぇぇ!!! やめろぉぉぉぉ!!! お前は俺を殺す気かぁぁ!!」



 俺はスライディングするように、小羽の足に両手でがっしりとしがみ付く。



「ちょ、ちょっと正ちゃん! やめてくださいっ。その位置からだと、パンツが見えてしまいますっ」



 小羽は膝までのスカートを押さえて俺からパンツが見えるのを死守している。



「じゃあ、やめようよ!! そんな恐ろしい事はやめようよ!! やめないと、俺はこの足を一生離さないぞ!!」



 小羽はぴくりと反応した。



「……一生、離さないのですか……?」


「おうよ、離さないね。俺は一生このまま、ここからパンツを見上げながら暮らしていくね! どうするよ、お風呂もおトイレもこのままだぞ!!」



 俺の勢いに圧されて小羽は考え込む。



「むぅ……、おトイレは困ります……」



 ……お風呂はいいの?



 ねぇ、お風呂はいいの!?



 そこんとこ、どうなの? はっきり言ってよね!



「そ、そうだろ? だから親に言うのだけはやめろください」


「小父さんと小母さんには言わなくていいんですか?」


「言わない言わない、むしろ言っちゃダメなやつ!」



 俺は首をぶんぶん振って答えた。



「……そうですか。じゃあ、これは言わないでおきます」


「お、分かってくれたか、さすが小羽だ。……ついでに他の人にも言わないでくれると嬉しいな」



 ようやく思いが通じたと、小羽の足から体を離した。



 すると、小羽はまた床に座り込んで、俺のほうに体を乗り出してくる。



「他の誰にも言ってはいけないのですか?」



 えっ? なに? 何か変なこと言った?


 

 だが、俺はこの後すぐ、この言葉の意味を理解することになる。


 

「お、おう、俺と小羽の、二人だけの秘密ってことで……」



 小羽は少し頬を赤らめたかと思うと、意を決したような顔でこう言った。



「二人だけの秘密……。わかりました、じゃあ、私からも正ちゃんに要求があります」



 ……要求か……、小羽の要求って何だろ?


 これだけやらかしたからな、聞かないわけにはいかないよな……。



「……よ、要求って?」



 俺が恐る恐るそう言うと、小羽はくすりと笑って言った。




「ふふふ、何でも言う事を聞いてもらいますよ」




 ん? 今何でもって言った?






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