第4話 暗闇の先に見えるもの




 目を開ければそこは再び俺の部屋。



 とりあえず、状況確認だ。


 今の俺の状態はっと、えー、毎度お馴染みのエム字開脚。


 よし、ここは問題無いな。



 次に、今の時間だ。


 時計を確認してみると、小羽がやってくる10分前。



 なるほど、時間を見る限り過去改変を一回使った状態か。



 考えろ、考えろ俺! どうすればこの状態を何かに置き換えれるのか。



 俺は頭をフル回転させながら、とりあえず自分に巻き付いている縄を解いていく。




 もう慣れたもんだったが所要時間は変わらず、縄を解き終わった所で残り五分。


 ここまでは同じパターンだ。問題はここからだな。



 とりあえず、今回はパンツを履くことに集中してみよう。


 これで色々な事がわかるはずだ。



 俺は、部屋の中に放り投げたパンツを回収し、急いでパンツに足を入れた。


 しかしそのパンツを履こうとする俺に、再び縄が絡みついてくる。



 くそっ、こんな事には負けないぞ。俺はなんとしてもパンツを履くのだ。



 俺は、絡みつく縄に体の自由を奪われながらも、なんとかパンツをゆっくりと腰まで上げていった。



 そして、ようやくパンツを履けたときには、俺の態勢はエビ反り状態となっていた。



 どうしてこうなった……。つか、エム字開脚じゃないのかよ。



 とはいえ、大事な部分を隠す事には成功した。これで小羽が来ても最悪の事態は免れる。



 っと、そう思った時に、小羽の足音が扉の向こうから聞こえてきた。



 ――いや待てっ!



 ふと、自分の股間部分を見たときに俺は我が目を疑った。


 いやいやいや、パンツの前開きの所からはみ出ちゃってるじゃないか! ぶらぶらしたものがさ!



 おいおいおい待て待て待て!


 待て小羽、まだ来ちゃだめ……。



 しかし、無情にもその扉は開かれる。


 

「正ちゃん、いますかー……」



 やはり顔を歪ませて悲鳴を上げる小羽が、逃げるようにして部屋から走り去ってしまった。



 くそぉぉぉ!!! もう何度目だぁぁぁぁ!! 毎回新鮮なリアクションとりやがってぇぇ!! いや、それはしょうがないんだけど! 向こうは毎回最初の事だからな……くそっ……。



 しかしこんな事でへこんでいる場合じゃない、こうなったら意地でも諦めないからな。



 よし、もう一回だ! 次で絶対決める!



「かこかいへーん!!」




 そして再び10分前。



 前回のは捨ての一回のようなものだ。そのおかげではっきりした事がある。


 俺が死ぬことになる確定事項、それは緊縛姿とぶらぶらしてるのが出ちゃってることだ。


 つまり、過去改変を使う事によってこの二つのうちどちらかを別の事象に変えられると、そういうことだな。



 よし、そうと判ればどっちを改変するか。


 まあ、これは迷うことは無くぶらぶら一択だろう。


 緊縛の方は、自分を縛って遊んでましたって言い訳がギリ成り立つが、ぶらぶらの方はダメだ。


 そんなの出してたら、明らかに行為の真っ最中だったという事になる。



 それだけは避けねばならん!



 俺は縄を解き終わるとすかさず周囲を見渡した。


 とりあえず、パンツは後だ。あれを履きだすと縄が絡まってくるからな。



 何か無いか? この部屋に、何か……、この事象を誤魔化す何かが……。



 俺は部屋中に隈なく視線を送る。


 ベッドの上、ベッドの下、お、エロ本発見、クローゼットの中、またもやエロ本発見、本棚の奥、ここにもエロ本が!


 くそっ、この部屋エロ本ばっかりだな……。



 そして、俺は机の上に目を遣った。


 そこで俺の目に留まったのは、小腹が空いたとき用の一本の魚肉ソーセージが……。



 ――これだっ!!



 このおやつ用の魚肉ソーセージなら誤魔化せるんじゃないか!? ぶらぶらしたやつと!



 絶対これだ、これに違いない!



 ようし、そうと決まれば。さっさとパンツを履かなければ。



 俺は魚肉ソーセージを口に咥えると、素早くパンツに足を通そうとした。


 しかし、やはりここで縄が絡んでくる。



 くっ、やっぱりこうなるか……。



 俺は激しい縄の抵抗に負けじと必死にパンツを腰まで上げる。


 今回も恰好はエビ反状態でだ。


 パンツを履くとエビ反状態に変わるのか……。時間の歯車ってのは複雑なんだな……。



 そんな事より、もうすぐ小羽が来る。


 今回は縛ってるだけだから小羽も……。



 ――なっ!?



 で、出ている……だと?


 視線を下にやると、なんとパンツの前開きの所からぶらぶらしたのが出てしまっているのだ……。



 な、何故だ!! こういう事じゃないのか!? 何が間違っているんだ!!



 すると、ここで扉の向こうから足音が聞こえてくる。



 ダメだ、もう考えている時間がない……。



「正ちゃん、いますかー……」



 いつものように扉の向こうから現れた小羽は顔を歪ませて叫びながら逃げ去っていった。



 何故だ……。



 何が違ったんだ……?



 チャンスは後一回だというのに、何も思いつかない。



 急に目の前が真っ暗になったような気分になる……。



 どうする……、どうする……。



 だめだ、……どうすればいいのか……何もわからない……。



 過去を変えるなんて、……俺には……無理なのか……。




 それでも、……後一回はやらなくては……。




「……か、……かこかいへーん!!」



 俺は失意の中、最後の過去改変を行った。





 もう何度この10分を行ったり来たりしているか分からないが、俺はまたこの10分前に戻ってきた。


 例によって俺はエム字開脚で縄に縛られている。



 くそっ、悩んでいる暇はない!


 とりあえず、この縄を早く解かなければっ。



 もう何度も解いているだけに段々と手慣れてくる。


 するりするりと縄を解いていきながら、どうすれば過去を変えられるかという事ばかり考えていた。



 しかし、考えが纏まるはずもなく、ただ時間が刻々と過ぎていくのである。



 縄を解き終えた俺は再び部屋を見渡す。


 しかし、これといって、これの代わりになるようものは見当たらない。



「くそっ!! どうすればいいんだよ!!」



 頭を抱えてそう吐き捨てる全裸の俺。



 絶望感に足下がよろめくが、それに倒れまいと机に手をついて体を支えた。



 そして、そこで先ほどの魚肉ソーセージに目が留まる。



 これじゃ、無いのか……。これは良い線いってたと思うんだが……。



 考えろ、俺。



 考えるんだ!



 あの女神イスリカは何と言っていたか。隅の隅までよく思い出すんだ!!



 俺は頭の中の記憶を総動員してイスリカとのやり取りを思い出す。


 あの中にヒントが、……何か……あるはず……。



 このぶらぶらした物をどうすれば隠す事ができるのか。



 このぶらぶらした物をどうすれば別の物に置き換えられるのか!



 このぶらぶらした物を!!




 ――と、その時だった。



 突然頭の中にイスリカの言葉がフラッシュバックする。






『ぶらぶらは言い過ぎよ、良くてぷらぷらじゃない?』




『ぶらぶらは言い過ぎよ、良くてぷらぷらじゃない?』



『ぶらぶらは言い過ぎよ、良くてぷらぷらじゃない?』


『ぶらぶらは――』



 うるせぇ! 何回も言わなくていいんだよ!!



 そういうことかぁぁぁぁ!!!! こんちきしょぉぉぉぉぉ!!! あんの〇イ〇ン女神めぇぇぇ!! ぐあああぁぁぁぁぁぁ!!



 俺は目から滝のように涙を流しながら魚肉ソーセージを手に取ると、外側のビニールを剥がしてその魚肉ソーセージに齧り付いた。



 もう涙の味なのかソーセージの味なのかよくわからんが、とにかく齧った。



 多分、これくらいだろうという所まで……、いや、念のためにもう少し齧っとくか、くそっ!!



 よし、この小さくなったソーセージを咥えて、早くパンツを履くぞ。


 例によってパンツを履き始めた俺に縄が絡まって来る。



 しかしもうこれはには慣れてきた。


 いくらでも絡んでくればいい、俺はどんな態勢でもパンツを履いてやるのだ!!



 そして、なんとかパンツを履き終わったときには俺はまたもエビ反状態に。


 パンツを履くことで、何故エム字開脚がエビ反状態になるのかはわからないが、もうそんなことはどうでもいい!



 問題はアレが出ているかどうかだ。



 もうすぐ小羽がやってくる時間、もうやり直しは利かない。


 これが本当にラストチャンスなんだ。



 俺は一度目を閉じると、心の中で覚悟というものを決める。



 よしっ! 確認をするぞ!



 っとその時、部屋の外から足音が。



 くそっ、もう来たか。



 どうだ、俺の股間はどうなっている!?


 どうなってるんだーーー!!!



 そして、開かれる扉。

 

 

「正ちゃん、いますかー……。しょ、正ちゃん!? な、何をしてるんですか?」



 小羽のリアクションがこれまでと違っている。




 そう、俺は成功したのだ。




 パンツの股間部を確認した俺は、ふっと笑みをこぼす。





 何をしているかって、その小羽の疑問は当然だろう。



 

 それの疑問に俺は静かにこう答えた。





「ソーセージを、食べているのさ……」





 緊縛しながらね!!


 


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