第3話 帰ってきました現世に




 知ってる天井……。



 目を空けて飛び込んできた光景は、俺の部屋の天井だった。



 えと、どうなったんだっけ? 


 ……確か、俺死んでたような……。




 そうだったっ!! 俺、現世に戻ってきたんだ!



 よし、取り敢えず現状把握だ。


 えっと、今の俺は……。




 全裸でエム字開脚で緊縛中。




 くそっ、身動きが取れん! どうしたら良いんだ! そもそも、これは小羽に見られた後なのか、前なのか、どっちなんだよ!? 俺はどっちに戻ってきたんだ!?




 そうこうしている間に廊下から足音が聞こえてきた。



 前だ!!



 やばい! このままだと、またこのケツ穴全開ブラックホール状態を見られてしまう!!


 そ、そうだ、あの女神が言ってた――



 俺がその言葉を言う前に、部屋の扉は開かれるのだった。



「正ちゃん、いますかー……。いいぃぃやあああああぁぁぁ!!!!」



 小羽はまるでホラー映画でも見たかのように表情を歪め、叫び声を上げながら逃げるようにしてこの部屋から飛び出していった。



 く、くぅぅ、……。ま、また、見られたよ……。



 しかし、二回目で耐性がついたのか、俺の心臓はしっかりと動いている。



 落ち着け、落ち着け俺。



 何のためにこの世に戻ってきのかを思い出せ俺。



 そして今こそあの言葉を叫ぶのだ!



「か、かこかいへーん!!」



 ……なんかこれ締まらないなぁ。




 そして目の前が真っ白になったかと思うと、再び自分の部屋が俺の目に飛び込んできた。



 さっきと違う事は、全裸ではあるがまだ縛りが完成していないということだ。


 部屋の時計を見ても、さっきよりも10分も前になっている。



 よーしよしよし! 過去に戻っている。



 っと、落ち着いてもいられないぞ。早くこの縄を解いて、服を着なければね。



 くそっ、これ解くの大変だな……。



 ここをこうして、そこをああいて……。



 よしっ、解けたぞ! 残り時間は五分、まだ時間的に余裕がある。



 こんな縄なんて窓から捨ててやる!



 俺は豪快に窓を開けると、その縄を思いっきり投げ捨てた。




 ……のだが、縄は窓から飛んでいかずに、俺の体に絡まった。



 おい、何だこれ、どんどん、縄が、俺の体に……。



 縄を引き離そうと体を捩れば捩るほど、俺の体に絡まってくるのである。



 どういう事だこれ!!



 するすると俺の体に絡まる縄は、そのまま俺の足や腕にも絡まってくる。


 そしてそのまま俺の体をエム字開脚の態勢へと誘っていく。



 なんでやねん!!



 ああやばい、このままでは……、もうすぐ奴が来てしまう。



 残り時間は、そう思って時計を見たときである。



「正ちゃん、いますかー……」



 悲鳴を上げながら逃げ去っていく小羽。


 また見られたああぁぁぁぁぁ!! 今回はケツ穴は死守したけどぉぉ!! ブラブラしたのが出っぱなしなんじゃぁぁ!!!



 くそっ、何だよ、どうなってんだよ! 全然改変出来てないじゃないか! 話が違うじゃねぇかよ! あの女神め、騙しやがったな!! とんだチート詐欺だよ!!


 女神め、今度会ったらひん剥いてやるからな。


 

 ちくしょお、今はそんな事を言ってる場合じゃないんだよ! 早くこの事態を何とかしないと。


 こ、こうなったらもう一回だ!



「かこかいへーん!!」



 再び俺の視界が真っ白になったかと思うと、またもや10分前に戻ってきた。


 よし、今度こそ過去を変えるぞ!



 とりあえず急いでこの縄を解いて……。



 よし、解けた! 残り五分!



 それでこの縄は……、さっきは窓の外に捨てようとして失敗したからな。ええと、今度は……。



 ごみ箱へ、ドーーン!!



 俺は手に持っている縄をゴミ箱の中へ勢いよく叩きつけた、……と思ったらまたもや縄が俺の体に纏わりつき始めた。



 おいおいおいおい、またこのパターンかよ!!


 

 どんどん俺に巻き付いてくるその縄は、再び俺をエム字開脚の姿に。



 もうこのポーズいやあぁぁぁ!!



 そして、がちゃりとドアが開かれる。



「正ちゃん、いますかー……」



 幼馴染の小羽登場!


 小羽、叫んで逃げる!


 俺、死にそうになる!!



「かこかいへーん!!」



 そして再び10分前。



 なんやかんやでエム字開脚。



「正ちゃん、いますかー……」



 小羽が叫んで逃げる。



「かこかいへーん!!」



 やっぱりエム字開脚。



「正ちゃん、いますかー……」



「かこかいへーん!!」




 その後も何度も繰り返したが、何度やっても同じことの繰り返しだった。


 まるでこれが宿命であるかのように、何度やってもエム字開脚エム字開脚。



 そうして、何度繰り返したか判らなくなった頃、俺は再びあの空間へと舞い戻る事となった。




  ☆




 目を開けるとそこは真っ白な空間。



 そう、さっきまでいた神界にまた戻ってきてしまったのである。



「ちょっとぉ! ちょっとちょっとちょっと!! 何回過去改変やれば気がすむのよ!! あれやるのにどれだけ神力使うかわかってんの!!」



 そう俺に喚き散らしてきたのは女神イスリカだった。



「おいテメェ!! 全然過去が変わらねぇじゃねぇか!! ふざけんなよ、俺のガラスのハートがもう跡形もなく砕け散ったわっ!」


「ちょ、ちょっと何逆切れしてんのよっ。あんたが悪いんでしょっ! ちょっと、羽衣を引っ張らないでよっ!!」


「お前が過去を変えろとか言うから必死に頑張ったのによ、どうなってんだこのやろう!! 何回あの痴態を晒せばいいんだっつう話だよ!!」


「ちょっと、だから羽衣をそんなに引っ張ったら、やめっ、バカやめろ!!」


「お前に俺の気持ちがわかってたまるか!! なんだこんな羽衣なんて、このこの!!」


「やめっ! ほんとに出ちゃうから、やめなさいって!!」


「俺なんてずっと全裸から脱出できてねぇよ!! お前も俺の苦しみを味わえ!!」


「ほ、ほんとに、やめっ……」




「あっ」


「あっ」







 今俺は、天罰を落とされてこんがり焼きあがっている。



「ほんとに、あんたって信じられないわ! 私にこんな事したのあんたが初めてだからね!」


「初めての男が俺か、良い響きだな」


「もう一回いっとこうか?」


「す、すいません……」



 イスリカが俺に指先を突き付けてきた事でビクッとなった。


 ちょっと天罰がクセに、いや恐怖症になりつつあるな。



「……それで、何でそんな前屈みになってんのよ」


「それ訊く? 男の子があんなの見たらそらこうなるでしょうよ」



 何を見たかって? それは女神の名誉の為に伏せておこう。



「やっぱりもう一回いっとこうか?」


「ま、待て、そんな事してる場合じゃないだろっ。何度やっても過去が変わらないって話だよ。何をやってもあの縄が俺の体に巻き付いてくるんだが!?」



 イスリカは、はぁと溜息をついて首を横に振った。



「ただ単に変えようとしたってダメよ、バカねぇ。いい? すでに決まっている事象というのは変えられないの、でもこの力は変えられる事象には干渉ができるのよ」


「だから、それが何だか判らねぇって言ってんだよ。何だよその変えられるとか変えられないとかって、もっと解り易く言ってくれバカヤロウ」



 イスリカはかなり強めに俺の頬をビンタした。



 お前が先にバカって言ったくせに……。



「だから、決まってる事象は変えられないけど、他の事象を変えて決まっている事象を違うものに変えちゃうの」


「――んん? どういうこと?」


「つまり、事象を誤魔化すってことよ。別の事象に置き換えちゃうと言ってもいいわね。あなたの場合、死んじゃった理由は何だった? それを考えて、その原因になったものを違うもので誤魔化して置き換えちゃうわけよ」



 誤魔化す……か……。



「……そうか、なんとなく解ってきたかもしれん……」



「ようやく理解できたようね。ちなみに、変えられる事象は一つだからね。そこの所を気を付けておいてね」


「一つかぁ、厳しいなぁ」



 俺が死んだ理由、どう考えても二つあるんだが、どっちか選択しろってことか……。



「あ、そうだったわ、あなたをここに戻した理由を忘れてた。今後過去改変は一日一回までとします。あんなに神力使われちゃたまらないからね」


「待てぇい!! 一回は無いだろ、お前さっきの見てたろ! せめて五回だ!! それくらいやらないと訳のわからないまま終わっちゃうだろ!」


「な、なに我儘言ってんのよ! 過去改変できるだけでも有難いと思ってよね! ……まぁ、一回はちょっと無理だったかもしれないわね。じゃあ、二回よ!」


「四回!」


「二回!」


「四回!! 四回!! 四回!! 四回!!」



「ん~~~、しょうがないわねぇ、じゃあ三回よ! 三回までね! これ以上はもうダメよ!!」



「三回か……、しょうがない、妥当なところか。んじゃ、それでいいよ」



 イスリカはやれやれと溜息を洩らす。



「じゃあそんなわけで、さっさと現世に戻ってくれる? こっちも忙しいんだからね、ほんとにもう」


「なんだよその扱い、お前が呼び戻したくせに。あとその無意味な忙しいアピールやめろよな」



「うっさいわね! さっさと帰りなさいよ! はい、回れ右!」


「はいはい、優しくたのむよ。さっきの強く押しすぎだったからよ」



 イスリカに言われた通り、回れ右をする。



「いちいち文句言わないっ! えいっ!」



 やっぱり強めに背中を押された俺は、再び浮遊感を味わって現世へと戻っていく。




 そしてこの真っ白な世界を落下しながら、再び頭上からイスリカの声を聞く。




「二度と来るな、あほーー」




 あのヤロウ、次会った時はもっとひん剥いてやるからな。






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