第2話 そして異世界へ……?
そこは真っ白な世界だった。
右を見ても左を見ても、上も下も全てが白一色。どこまでも続く白い世界、そうに見えると同時に目の前に白い壁が有る様にも見える。
対象物も何もないその世界では比較するものは何もなく、ゲシュタルト崩壊でも起こしそうな場所だった。
「な、なんだここは!? なにがどうなって……? あれ、俺は、ええと、何をしてたんだっけ……?」
いきなり変な景色が飛び込んできたせいか、俺の頭の中は酷く混乱していた。
落ち着け、ゆっくりと思い出すんだ。
俺は何をしていた……、そうそう、段々思い出してきたぞ……。
……あれだ、……縄とか……。
………。
ぎゃああああぁぁぁ!!
そうだったっ! 俺、さっき小羽にあんな痴態を晒してしまったのだった!
思い出すんじゃなかったぁぁぁ!!
くっそおおぉぉ、時間よもどれぇぇ!!
取り返しのつかない事態に頭を抱え、悶え苦しんでいると。
どこからともなく、心地好く耳をくすぐるような声が聞こえてきたのである。
「おお、桐山正太よ、死んでしまうとは何事だぁ~」
「――っ!?」
俺はその声に驚き、反射的にその声のする方に振り向いた。
するとそこにいたのは何とも形容しがたい絶世の美女。
青白い羽衣を纏い、ゆらゆらと煌めく白銀の髪。さらに理想的ともいえる顔の造形はまるで人間のものとは思えない程である。
そんな絶世の美女が、俺が振り向いたと同時にその両腕水平に開き、目を半眼にしやや下方に向ける。
その姿はまるで神がみせる神々しさ、まさにそのものであった。
「あ、あんたは?」
「私は女神、女神イスリカ。貴方の案内人のようなものよ~」
め、女神? マジか……。
確かに女神と言われても疑わないほどの美貌なんだけど、なんか喋り方がゆっくりしていてそれほど威厳みたいなものは無いな。
「め、女神って何? というかここは……?」
女神イスリカはくすりと笑う。
「ここは神界ですよ、桐山正太さん。あなたが何故ここにいるかわかりますか?」
何でって言われても……。
ていうか、さっきから両手広げて薄目で下の方見ているけど、何なのそのポーズ? なんか意味あるの?
というか下のほうって……。
俺はその女神の視線の先を追っていった。
「って、俺全裸じゃねぇかよっ!!!」
「――あっ、はい、あなた全裸で死んだからそのままの恰好ですよ」
「もっと早く言えよぉ!! なにさっきから普通にガン見してんだお前っ!! くそっ、何だよ、俺ずっとぶらぶらさせてたって事かい!」
「ぶらぶらは言い過ぎよ、良くてぷらぷらじゃない?」
「うっせぇバカ野郎!!」
俺は「チキショウ!」と涙目になりながら両手で股間を隠した。
「そんな事しても無駄よ、私のゴッドアイの前には何物も隠し立てすることは出来ないのよ」
そう言ってイスリカは指で輪っかを作って眼鏡のように覗き込んでくる。
「お前っ! ふざけんなこの野郎! お前も脱げっ! 俺だけ見られてるとかズルいぞ!」
「ちょっ、ちょっと、羽衣を脱がそうとしないでよっ! やめなさいバカッ! ちょっ、ほんとに止めないと、天罰を与えるよ!!」
俺はそんな言葉は無視してさらにイスリカの着ている羽衣を引っ張った。
「うるせぇ、俺の心の傷をちょっとは癒すために脱げっ!」
「もう、えいっ!!」
「ぎゃあああぁぁぁ!!!」
イスリカのその声と共に俺の全身に激痛が走り、その場に倒れ込んだ。
雷? 雷落とした今? え、そんな事する!? ちょっと酷くない?
俺は激痛のためその場に倒れたが、このまま起きないでいてやろうかと思った。
「あの、もういい? 話の続きをしたいんだけど……」
くそぅ、こいつ絶対仕返ししてやるからな。
「んだよ、ちきしょう! 俺ばっかり見られてんじゃん!」
俺はうつ伏せに倒れた状態で心の叫びを上げた。
「ああ、はいはい、それでねここは神界ってさっき言ったけど――」
「おおい! この状態の俺を無視して話進めるなよ!」
「もう、いいから話をさせてよ! 次がつっかえてんだからね!」
イスリカは「やれやれ」と言いながら話を進めていく。
俺、こいつ、嫌い!
「つまり、あなたは先ほど恥ずかしさのあまり憤死して、それでこの神界に来たってわけなの。でも、あなたはあそこで死ぬ予定じゃなかったのね。だから――」
俺はあまりの衝撃に話の途中に割って入った。
「死んだ!? 俺、死んだの!? なんか衝撃的な事をサラッと言いやがったな!」
「最初にそう言ったでしょ。聞いてないほうが悪いんじゃん!」
イスリカは呆れたように嘆息する。
くそぅ……。こいつ人の生き死にを何だと思ってんだ。
しかも、憤死って……。
だが俺は、死んだという事実を意外とすんなり受け入れることにした。何故かって? あの状態で生きてたらもう地獄しか待ってないからね。
お父さんお母さんごめんなさい、僕は来世で頑張ります!
「そういやさっきそんな事言ってたような……。ん? ちょっと待て、死ぬ予定じゃなかったって。……てことは何? これあれじゃん! 異世界にいくやつじゃん!! 俺これから異世界にい――」
「無い無い! 無いから。異世界とか無いから。最近多いよのねぇ、いい年した男の子が異世界異世界って。誰よそんなデマ流してるのは!」
「あんまりそういう事はここでは言わないほうがいいんじゃないか……?」
寝転がったままだった俺は、異世界が無いと言われて何故か謎のガッカリ感を味わいながら立ち上がった。
「あら、もう隠さないの?」
「もういいよ。散々見られてるし、どうせ隠しても見られるし」
「まあね。私のゴッドアイの前では人間は皆全裸だからね」
「……あんた変態だよ」
俺は溜息を一つ吐いた。
「それで話の続きだけど、あなたは死ぬ予定じゃなかったのでこれから生き返らせなきゃいけないのよ。それで――」
「ちょっと待てぃ!! 待て待て待て! 生き返る? いやいやいや、無理無理無理無理!! あんな状況で死んだのに、あそこに戻るとか無理に決まってんだろ!!」
冗談じゃないっ! あんな地獄と化した現場に戻れるわけがない!
ただでさえ最近小羽とあまり喋らなくなったのに、あんなの見られたとこに戻ったらこの先俺の顔見るたびにあの姿がフラッシュバックすることになるじゃないか。そんなもん考えるだけで恐ろしいわ!
「えぇ、でも他に選択肢なんてないし。そんな、我儘言われてもねぇ」
「いいや絶対に無理だ! 俺は絶対生き返らないからな! 俺の進む道は来世しかないんだよ!」
「来世って、あなたの入れる枠なんて今すぐあるわけないじゃない。どれだけの魂が順番待ちしてると思ってるのよ、バカねぇ」
「んだよそれ~! 何とかしろよ女神だろ~!!」
俺は駄々をこねるようにイスリカの羽衣に縋りつく。
「ちょっと、だから脱げるでしょ! 離しなさいって! てか、無理なもんは無理なんだからしょうがないでしょ! さっさと諦めて元の世界に帰りなさい!」
「やだあああぁぁぁ!!!」
「だから引っ張んないでって! もう、こうなったら無理やりにでも元に戻すよ!」
くそっ、無理やりとかできんのかよ!
「ちょっ!! おいっ、そんな事したらここでウ〇コしてやるからな!!」
「――なっ!? あんた恥ずかしくて死んだくせに、まだ恥を重ねようっての!? そんな事したって無駄なんだから早く――」
「おいおい、俺はマジだぜ。いいのか? いいのかよおい! いいのかここでウ〇コしちゃっても!! それが固形であるとは限らないからね!!!」
俺はその場で両足を肩幅に開き、ゆっくりと膝を曲げ、しゃがみ込んでイスリカと対峙した。
「ま、待って、落ち着いて。ダメよ、絶対ダメだからね。そんな事して後で誰が掃除すると思ってるの。特にビチビチしたのは絶対ダメだからね」
「いいやするね! 全裸でいたもんだから腹が冷えちゃったからね! 腹がぐるぐる鳴っちゃってるからねぇ!!」
「くっ、なんなのこの子は……。女神を脅迫するなんて……。こうなったら天罰を――」
「おおっと、それは止めといたほうがいいな! 準備段階はもう最終フレーズまできてんだよ。つまりどういうことか分かるか? 今ちょっとでも衝撃を与えると、……ボンっだ」
俺は右手を使って、下に向かって爆発するようなジュスチャーをした。
「待って! 解ったからちょっと待って! ……ど、どうしてほしいのよ。言っとくけど、転生は本当に無理だからね。あれは私の権限ではどうにもならないから」
俺はにやりと口角を上げる。
「それは、お前が考えるんだ。あるんだろ、良い方法が」
ここで少し間が開いた。
「……そ、そんなの、あるわけ――」
やはりあるんだな。
「――それだよ! 今、お前が思いついたそれだ!! その案で行こうじゃないか、ええ女神さんよ!!」
「ちょ、ちょっと、調子に乗らないでよね。これは人間がやっていい事じゃないんだから、絶対にダメよ!!」
俺はふっと鼻から息を抜くように微笑を浮かべる。
「……女神さん、あんた白濁液って知ってるか? さすがに俺もここまではしたくないんだよなぁ。でも、俺も追いつめられたらどうなるかわかんねぇしなぁ!」
「わ、わかった! わかったから、早まらないでくれる! それだけは絶対ダメだからね!! ……ほんとに何なのこの子……、目がマジじゃない。……ちょっと恐ろしさを感じたわよ」
勝ったな。
そう確信した俺は、髪を掻き上げながらすっくと立ちあがる。
立ち上がる時に少し実が出そうになったが、意地でも引っ込めた。
「よし、じゃあ説明してもらおうか。その案とやらを」
「まったくもう、ほんとに特例だからね。他の人に絶対言っちゃダメだからね!」
「わかったわかった。それで、どういう案なんだ?」
イスリカは、はぁと一つ溜息を吐くと渋々説明を始めた。
「しょうがないから、あなたに一つだけ能力を授けるわ。この能力を使えば最悪の状況だけは回避する事ができるから、後は自分でなんとかするのよ」
「おお、そうそう。そういうのを待ってたんだよ! それで、早くその能力ってやつを教えてくれよ」
イスリカはコホンと一つ咳をして間を空ける。
「いい? その能力とは、……その能力とは! 過去改変の能力です!!」
「かこかいへん……?」
自慢げに鼻を鳴らしたイスリカは、さらに続けて説明をする。
「これは文字通り、過去を改変する能力です。この力を使えば、あなたのやらかした黒歴史を無かったことにする事が出来るかもしれません」
「お、おお! ……ん? かも?」
イスリカは指を立てて説明を続ける。
「この能力を使えば、書き替えたい過去に戻って再びやり直すことができます。しかしです! あなたは人間なので、大きな力は使えません。なので過去を変えるといっても、最終的にここを逃せばその事象は変えられなくなるという所までしか戻る事はできないのです。……ここまでは良いですか?」
「お、おう。なんとなく解ったぜ」
「よろしい。いいですか、最終的ということは変えられる過去も限定的となります。変えられるものと変えられないものが混在する中で、何が変えられるのかをちゃんと考え見極めて正しく行動しないといけませんよ」
「……お、……おう」
言ってる意味はよく解らんがとにかく過去に戻れるって事だな。
「……ほんとに解ってるのかな……。とにかく、あなたは人より黒歴史が多いんだから、ちょっとはこの能力使って過去を変える大変さを経験して、一分一秒を大切に生きるってことを学ぶのよ。わかった?」
「は、はぁ……」
誰が黒歴史が多いんだよ。
そんな覚えは無いんだが!
「じゃあ、そろそろ本当に現世に戻ってくれる? 私にはまだ次の仕事が残ってて忙しいんだから」
「はいはい、わかりましたよ。……あ、それでこの能力はどうやって使うんだ? 念じるだけでいいのか?」
「それは……、えと、そうね、……かこかいへーんって叫べば使えるわ」
「お前それ今考えたろ!」
本当に大丈夫なんだろなこれ……。騙されてないよな俺……。
「じゃあそんなわけで、桐山正太さんあなたを現世に戻します。では、目を閉じて回れ右してください」
言われた通りに目を閉じて回れ右をすると、背中をどんと押される感覚があった。
すると、まるで突き落とされたような浮遊感が俺を襲い、頭の上のほうからあの女神の声が微かに聞こえてきた。
「二度と来ないでねー」
俺だって二度と来たかねぇよ!
こうして真っ白な世界から落下し、現世へと戻るのだった。
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