第2話

こんばんわ。

またおいでになると思ってましたよ。


ここでお待ちしておりました。

ああ、これ。つまらないものですが、お受け取りください。


いえいえ。そんなかしこまらなくたっていいのですよ。

私だって呑もうと思って、持ってきたんですから。


え? ああ、そうですか。

それよりも話の続きを聞きたいと。


そりゃあ、もちろん。お話ししますとも。

いわば私の話は酒の肴。

今宵は一献傾けながら、お聞きくださいませ。


何、酔いが回る前には、話は終わりますとも。


それでは……



子供の頃からだいぶ時が経ちました。


私は大学へと進学し、一人暮らしをしておりました。


長期の休みに入り、久しぶりに実家へと帰省致しました。


一人暮らしに慣れた私にとって、実家で時間はなかなか新鮮なものでしたよ。


料理は勝手に出てくるわ。

いつのまにか衣服が洗濯されているわ。

掃除はされているわ。


子供の頃に当たり前とおもっていたことが、なんとも新鮮に映ったものです。


話が逸れてしまいましたね。

元に戻しましょう。


昼下がりの午後。

私は中庭を散策しておりました。


中庭、と言っても、そう大層なものではありません。


花梨の木と柚子の木。

それに幾つかの花々が植えられただけの、ささやかな中庭です。


その中庭を通り抜けると、蔵があります。


白い塗装が剥がれ、土色の壁が剥き出しになっております。

入り口は思い扉によって塞がれ、入念に閂で封印されてあります。


その日。私は蔵の掃除を仰せ使っておりました。

ですので、その閂を開くための鍵は持っていました。


蔵には五月人形や兜飾りなど、節句に出す飾り人形がしわまれてあります。

季節もの。

およそその時期でなければ出さないものなので、ホコリを被ったものばかりです。


早速口元を布で多い、頭に頭巾を被ります。

そしてハタキを握りしめ、掃除を始めました。


桐の箪笥をハタキで叩いている時でした。


箪笥の上からコトリと何かが落ちてきたのです。


私は拾い上げてみると、それは小さな桐の箱でした。


埃にまみれた表面を拭き取ると、綺麗な白肌をした木目が見えてきました。


蓋をとってみると、中には布に包まれた何かが入っています。

私が箱を箪笥の淵に置いて、布を手に取り開いてみます。


布に包まれていたものは、黒い小さな鍵でした。


なぜこんなものが、こんなところにあるのだろう。

私は不思議に思いました。


しかし、その瞬間。

私の脳裏に、電撃が駆け抜けるが如く、かつての好奇心が記憶とともに蘇ったのです。


そうだ。もしかすれば、この鍵は守護人を打ち破るためのものではないか。


そう思い立てば居ても立ってもいられません。

こんなカビ臭い蔵から飛び出して、一刻も早く確かめなければ。


私は悦び勇んで蔵を飛び出し、家の中に入って行きました。


急いで玄関を上がり、座敷へと向かいます。


座敷にポツネンと置かれた箱。

私は一目散に向かい、汗とともに握っていた鍵を差し込みます。


興奮から私の手は震えておりましたが、どうにか鍵は錠前の口に差し込まれました。


くるりと鍵を回せば、錠前から小気味いい音が聞こえてきます。


恐る恐る錠前を下げれば、錠が外れついに箱の封が解かれました。


私の心臓は鼓動を早め、早鐘を打ちます。


餌を前にした犬の心情と言いましょうか。

とにかく我慢のならない私は、すぐに箱を開けて中身を確かめたくて仕方がありません。


そして、その衝動は私を突き動かし、ついにはこの上蓋へと手をかけました。


ずっと閉められていたせいでしょうか。上蓋を持ち上げるとうっすらと埃が落ちてきます。


しかし、それぐらいでは私の衝動は抑えきれません。

上蓋を箱の横に置くと、いよいよ満を辞して箱の深淵を覗きました。


しかし、私の膨れ上がった期待とは裏腹に、箱の中には私の思ったようなものは入っておりませんでした。


箱の中は四方を赤い布で覆われており、その布に囲われるように、何かが置いてありました。


それは何枚もの紙束でした。


黒い留め紐で束ねられたそれらには、文字が書かれておりました。


私はそれに手を伸ばし、紙に走る文字に目を通すことにいたしました。





おや、もうこんな時間ですか。

時というのは、すぎるのが早いものです。


まぁまぁ、そんなに焦らないでください。

昨日も言った通り、私は逃げも隠れもしませんから。


明日。この話の続きをお話ししましょう。

そうそう。明日もまた何かを持ちよろうじゃありませんか。


私はお酒を、あなたはつまみでもご用意くださいませ。

なぜって、その方が楽しいからに決まっているじゃありませんか。


人の一生というのは、短く儚いもの。

ならば、その儚いうちに楽しんでしまう方が、得というものでございましょう。


それでは。またお会いしましょう。

明日も、お待ちしておりますよ。

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