小宮山 写勒

第1話

ちょっと、そこ行くお方。


そうそう。あなた、あなた。


少し、私の話を聞いていっちゃくれませんか。


いやね、私は別に怪しいもんじゃあないんです。


ただ、ちょいと面白い話を持っておりまして。

これを誰かに話さなくちゃ、なんとなく落ち着かないってだけなんです。


お時間の方がまずいって言うんなら、致し方ないんですが……。


そうですか、そうですか。

そいつは結構。


では、ちょっとばかりお時間をいただいて。

ああ、そこのベンチにでも座って、気楽に聞いていってくださいな。


ことの起こりは、私の子供の時分のことなんです




私の家は古くからある、木造の一軒家であります。

二階には私と兄弟たちが寝る寝室があって、

一階には両親と祖父母が寝ていました。


私と兄弟はよく一階の座敷で遊んでいたんですが、私の興味はそんな遊びとは別のものにあったんです。


それは、箱なんですよ。

座敷には掛け軸と、布団をしまうふすまがあったんです。

その箱っていうのは、掛け軸の足元にひっそりと置かれていました。


いつからそこにあったのか、私も詳しくはよくわかりません。


私が生まれる前より箱はそこにあったとは、両親が言っていたんですが。


それより以前となると、祖父母に聞いてもよくわからなかったのです。


豪奢な装飾が施されているわけでも。

特別な細工が施されているわけでもない。


ただの箱。つまらない箱でした。


大きさは葛籠つづらくらいです。

表面には木目が走り、ニスによって光沢が保たれておりました。


箱と言うからには、中には何かしらのものがしまってあったんでしょう。


しかし、家族の誰もが、その中身を知らないのです。


不思議なものでしょう?


長い間、家の中にあったのに、誰もその箱の中を見たことがないだなんて。


この細やかな秘密に、私の好奇心は大いに奮い立ちましてね。


ですから、誰も見たことのない箱の中身を、検めたくてしかたなかったのです。


しかし、箱は開けられません。


黒い錆の浮いた錠前が、箱の口をしっかりと閉じてあったのです。


家族の誰に聞いても、鍵のありかはわかりません。


私も思いつく限りの場所を探しましたが、とうとう鍵を見つける事はできませんでした。


見つからないのであれば仕方がない。


半ば錠前に負けたようなものですが、私は素直に負けを認める他にありませんでした。


私はどうにか好奇心を抑え、それ以降、箱のことを考えることはなくなりました。




なぜ今になって、箱のことをお教えしているかと申しますと、つい先日、ほんの偶然。その鍵を見つけてしまったのです。


ええ。あの忌々しい錠前の鍵を。


その詳細につきましては、後ほどお話することといたしましょう。


何。私は逃げも隠れもいたしません。

話も逃げやしません。


どうか明日の楽しみに、懐にしまっておいてくださいませ。


それでは、今日はこの辺で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る