12 家

日はいつも通りに宿屋で充実の朝ごはんをみんなで食べた後、ミリアも連れてギルドに向かう。

私らが買う家を見に行くのだ。


ギルドから紹介してもらった不動産屋さんとギルド前で待ち合わせだ。

紹介だから変な人は来ないと思うけど。


「おう、おはよう。 昨日はごちそうになったな。」

頭を押さえながら声をかけてきたのはもちろんサムエルさん。

元気がないけど、これが二日酔いってやつかな?


「サムエルおじちゃん、おはよー!!」

ミリアが元気よく挨拶したら、お約束のようにサムエルさんが眉間に皺をよせて苦痛で悶える。


無意識に攻撃とはやるじゃないか、ミリア。

雲幻流でも無想っていう奥義だぞ、それは。

流石、我が妹、やりおるわ!


とか二日酔いのサムエルさんを前にアホなことを考えていたら、その後から同じ状態のアッシュさんとレイラさんもでてきた。

大丈夫か、この徒党?


「ウチも今日は休みなんだよ。 ウチにも決まった休みがあってな。 その日は各自装備整えたり用事をすませたり、ゆっくり休養する日を決めてる。 体調や装備の管理をおろそかにしたら死ぬからな。」

こっちの考えていることが分かったのか、サムエルさんがいつもよりは小さめの声で額を押さえながら説明してきた。


そりゃそーだわね。

やっぱりその辺もちゃんとしてるな、サムエルさんのところは。


しかしどう見ても体調管理が出来てないのサムライの情けで見なかったことにしておくか。

いや、特にサムライでもないけど、こういう台詞がでてくるのはカクノシンおじさんの影響だな。


「こっちもご存知の通りに休みだから、今日は家を見に行くのよ。 いろいろ紹介してくれてありがとうね、サムエルさん。」

ぺこりとお辞儀して、もう一度お礼を言った。

挨拶は人間関係の基本だし、私は恩と恨みは三倍返しにするまで絶対に忘れないのだ。


「たいしたことはしてねえよ。 嬢ちゃんの力だ。 こっちは分相応に地道に頑張るわ。 他の奴も全員そうだったらいいんだけどな。」

何となくぼかしてはいるけど、ダランとその徒党の事を言ってるのは分かった。

顔をしかめてるのは二日酔いのせいかは分からないけど。


「じゃあまたな。 帰って寝るわ……」

三人はふらふらしながら歩いていった。


ギルドの受け付けに行くと、シドニーさんがいつもどおり尻尾をブンブン振って出迎えてくれた。

お酒に強いのか、こっちはえらい元気だな。


「あ、おはようございます! 昨日はご馳走様でした! あんなにおいしいものいっぱい食べたの初めてでしたー。」

思い出したのか、幸せそうな顔だけど、喜んでもらえてなによりだ。

シドニーさんにもお世話になってるからな。


ギルドから紹介されたの不動産屋は王都に本店をもっている有名な大店で、発展著しいイタペセリアに派遣されているだけあって、いかにもやり手って感じのネーリングという中年の人が担当だった。

カッチリした服装に身を包んでて、マナの色は普通だったけどえらい光ってるわ。


上客が向こうからやってきたんで喜んでいるのかな。

ちゃんとやってくれたらこちらはそれでいいけど。


その日に見せてもらった家は三軒。

予想以上に儲かったので、どうせなら大きいのを買っちゃえと成金丸出しなこちらの希望を伝えておいたけど、三軒だけしか条件に合う物件がなかったのだ。


順番に全部見たけど、二件目の家は場所もギルドから近く、三階建てで部屋数は各階に七部屋、上下水完備で魔石を使った調理器具も揃っていたし、なんといってもお風呂の広さが一番だったのでそこに決めた。

ついでに敷地内にかなりの広さの庭もあったのもうれしい。


お値段は即金で金貨千百枚。

高いのか安いのか良く分からんけど、ネーリングさんも終始喜色満面で丁寧に対応してくれたので、一般の人にはかなり高価な部類の買い物だろう。

王国の一般的な人の収入は、月に銀貨二十枚から多くても六十枚ぐらいっていうからな。


「わあー、すごく大きなおうち…… ほんとうにここにすめるの?」

「そうだよー、ここでお姉ちゃん達と一緒に住むんだよー」


ミリアが呟くようにこっちを見上げて聞いてくるのに、抱き上げてクルクルまわした。

このごろは慣れてきたのか、ミリアもきゃっきゃっと笑ってくれるようになった。


加護を与えたのは私、加護を受けたのはミリア。

お互いはマナで結びついているので、私達の間には嘘も虚栄もない。


ミリアの喜びがこちらに伝わるたびに私も幸せになる。

あー、ホントにこのままずっと回っていたいわー。


家具とか、その他の生活用品も自分らで見て回って揃えるのは面倒なので、ネーリングさんに金貨百枚で揃えてくれるように丸投げ。

一週間ほどで全部揃うと言われたけど、ミリアが使う物だけは希望通りにしてやりたいし、この後で行くか。


家も決まったし、あと一週間で今の宿屋とはサヨナラだけど、ご飯が美味しいからたまには食べに来よう。

しかしこの街にきてからまだ二週間だけど、結構いろんなことがあったなー。


ギルドの前でネーリングさんと別れた。

お昼過ぎだし、また市場のあたりで何か食べようっと。


今日はいっちょう新しい店でも開拓すっかなー。

ミリアが食べてないものがいいな。


「おねえちゃん、こっちこっちー。」

はしゃいで先に走っていたミリアがこっちを振り向いた拍子にこけた。


「!!」

すぐに駆け寄ろうとしたけど歯を食いしばってなんとかこらえた。


「ミリア、頑張って自分で立ち上がりなさい。」

渾身の自制心を使って声をかける。


痛い

助けて

痛い


ミリアからマナに乗って感情が流れ込んできて、駆け寄って引き寄せたいのをなんとかギリギリでこらえた。

頑張って冷静な声を出す。


「お姉ちゃんやお兄ちゃんが、いつもそばにいてあげられるとは限らないのよ。」

ううー、ごめんよ、ミリア…… でもミリアのためなんだよう……


涙目でこっちを見上げていたミリアだけど、私のマナを感じたのか意を決したように自分でしっかりと立ち上がって、服についた埃をパンパンと払った。

もう我慢できんわ!


「偉い!! 可愛い!! 頑張った!! ヒャッホー!!」

駆け寄って抱き上げてグルグル回す。

いや、あんなに強い感情を向けてたら、こっちの考えもミリアに筒抜けなんだけどさ。


「ほんとにアリシア様まんまだな。 お嬢の小さいときの。 そのまんまだわ。」

「ギャレットの申しますとおり、状況も言動もなぞったように同じですよねえ。」

むむっ、人の小さい頃を知っている相手がいるというのは不利だな。


「おねえちゃんもミリアみたいになきむしだったの……?」

ミリアが驚いて二人に聞いた。


「ああ、何かあったらすぐにアリシア様、お嬢のお母さんだな、に抱きついてメソメソしてなー。 最後にオネショしたのも確か」

「わーっ、わーっ!!」


お兄ちゃんが面白そうに笑いながら言ってきたけど、ついでに何を言ってるの、お兄ちゃんは!!

いやいやいや、私が最後にオネショしたのとか関係ないでしょ!?


「さようですなあ、お嬢様は五歳の頃までは本当に大人しい子供でしたねえ。 何かあってはすぐに泣いて、アリシア様に抱きついておられましたなあ、いや懐かしい。 今はその反動か、裏返ったような性格におなりになられましたが。」

いやいやいや、もうちょっと庇えよ。 

格好良く頼りになるお姉ちゃんという位置づけが崩れるだろ。


「どうしていまみたいに、おねえちゃんつよくてかっこうよくなったの?」

ミリアが素直な眼で二人に問い返した。


聞きましたか、強く格好いいだって!!

ムホーッ!!


「やっぱり師匠とバルメロイさんから雲幻流と魔術を教わり始めてからじゃないか。」

「まあそうでしょうね。」


お兄ちゃんとマックスが答えたけど、それに加えてママがお父さんとお母さんのマナが消える前に私と会わせてくれたからだ。

あれがあったから、私の生きる道が見つかったんだった。


切ない記憶が一瞬よぎったけどミリアの言葉が私を今に引き戻した。

「じゃあ、ミリアもがんばってべんきょうする。」

「おう、そりゃいいや。 お兄ちゃんが雲幻流を教えてやる。」

「では私が魔術のイロハからしっかりと。」

二人が笑顔をミリアに向けた。


いやいやいや、何を言ってるんだよ。

ミリアの姉で加護を与えてる私が教えるに決まってるだろ。


「お嬢様は人に物を教えるのは壊滅的に下手ですから、手出し無用ですよ。」

「お嬢の剣は本能の剣というか、人に教えるのは無理だろ。 野獣みたいな剣なんだから。」

でも、またまたこちらの考えを読んだような二人の突っ込みが入った。


むむう。

野獣ってなんだよ、野獣ってのは!!

確かにカクノシンおじさんの、「最初にグッと入ってクンッとひねって最後はザッと抜けるように斬る」みたいな教え方、私は分かったけどお兄ちゃんはサッパリみたいな顔だったけどさ。


逆にバルメロイさんの魔術の授業で、理論は何回きいても分からなかった。

ぶっちゃけ今でもさっぱりわからないのだ。 

マナを繋いだ状態で、私の体を通して一度でも使ってもらったら使い方は分かったので、何でも使えるようにはなったけど、その他はさっぱり分からんので調節とかは今でも話にならないのだ。


「まあ、お嬢はマナの制御とミリアの気と魔力回路の強化が担当でいいんじゃないの?」

確かに二人の言ってることは全部正しいので、グウの音もでねえ。


それでいくか。

ミリアのためにならなかったら困るしな。


「じゃあ、新しいお家に移って落ち着いたら、少しずつ教えてあげるね。」

「うん、がんばる、おねえちゃん。」

姉としてキレイにまとめた。

強く、優しく、自分の足でしっかりと立って、自分の人生を掴み取れる人間になって欲しいと思う。


その後は目抜き通りの店に寄って、ミリアの服をいくつか買ってから食べ物屋さんが並んでいる広場に向かった。


「さーて、何か食べたいものはあるかなー? ミリア?」

「おねえちゃん、あれ食べてみたいけど…… いいかな?」

おっ、遠慮しいのミリアにしては珍しいけど、そのほうが私も助かるわ。


ミリアが指差したのは東方のハンバーガーという料理を出している屋台で、この間までなかったから新しく出来たのかな。

もちろんいいに決まってるじゃないか。

私にはミリアのお願いを断れる自信は全くないと、ここに断言させていただこうッ!!


しかしいつも思うんだけど、東方料理ってのは種類というか幅が広すぎるような気もする。

見た目と味が完璧に計算されていて、順番に提供されるすべてが食べる芸術みたいに完成されているカイセキとかいうのもあれば、手っ取り早く食欲を満たせればいいやっていうこのハンバーガーまで、懐が広すぎると言うか何でもありだな。


ジパンが転移してくるまでの、この世界の食事のつまらなさは想像もできんわ。

とにかくミリアが食べたいって言ってるんだから、もちろん私らにも意義のあろうはずもない。


「もちろんだよ! 結構種類あるけど私達も全種類いっとくか。」

後半部分はお兄ちゃんとマックスに向けてだ。


大人三人組はそろそろこの界隈でも上客として知られてきたみたいだけど、ほとんど毎日来て、来たら品書きの端から端まで注文してたらそりゃそうなるわな。

まあ、ささいな事だ。


「ガキども、向こうにいけ!」

テリヤキの三つ目を完食して、タツタに取り掛かろうとした時に怒鳴り声が聞こえてきた。


そちらに眼を向けると、少し離れたところの屋台の店主が怒鳴っていた。

不味かったので一回だけ行って切ったところだ。


相手は小さな二人連れの子供で、ミリアと同じぐらいの女の子とそれより小さい男の子だ。

マナの模様が良く似ているから姉弟だな。


怒鳴っている店主はでっぷり太った中年で、マナの黒さが顔に出ているような親父だ。

こないだはいなかったけど、こいつが店主なのかな。


この時点でムカっ腹が立ったわ。

せっかくミリアと楽しい食事中なのに汚いマナを見せるんじゃないよ。


「買いもしないのに汚い格好して、店の前におられちゃ客が寄ってこないんだよ!」

続く親父の言葉に二人は何も言えずに俯いてしまう。


確かに着ているものは古そうで、あちこち継ぎはぎもされてるけど、きちんと洗濯はされていて二人も体に汚れなんかはない。

そして体は結構細いけど、出会ったときのミリアよりはずっと栄養状態もよさそうだ。


「孤児院に厄介になっている浮浪児同然の分際で、金もないのにこのあたりをうろつくんじゃあないよ! みんな迷惑して」

「ジジィーーー!!!!!」


店の親父がさらに嬉しそうに怒鳴ったのに私の我慢は蒸発して、私の怒声があたりの空気をビリビリと震わした。

いきなり目の前に文字通り瞬間移動してきた、鬼の形相の私の怒声と、それに乗ったマナにあてられて親父が腰を抜かした。


「お前の屋台に客が来ないのは、お前んところの料理がまずいからなんだよ!! 古い食材と産地をごまかしたコメにお前の適当な味付けの料理を、誰が何回も食べるかってんだ!!」

これは本当。


ものごころ付いた頃から食べているので、私は東方料理とその素材にはうるさいのだ。

「大食らいの上に味にもうるさいって、お嬢は迷惑な客になりそうだな。」とかお兄ちゃんにはからかわれるけど、食べ物に嘘はつけないのだ!


「この子達は何も迷惑かけてねーだろ!! 身なりもちゃんとしてるし体も清潔だろうが!! まずい料理で客がいないからって人のせいにするんじゃねえ!! 犠牲となった食材に謝れ!! 命とマナを無駄にしやがって!! 小さい子供に」

激怒のままに怒鳴り続けてたら、お兄ちゃんに頭を叩かれた。

痛いじゃないか。


振り返ると、お兄ちゃんが顎をしゃくった。

その先にはマックスが親父に怒鳴られていた姉弟の前にしゃがんでて、ミリアはお兄ちゃんに抱えられて涙目だ。


むむむ。

瞬間的にブチきれたのはいいけど、逆にミリアと姉弟を怖がらせちゃったか。

どうしよう。


しかも怒りのままにマナも駄々漏れだったみたいで、屋台の親父は腰を抜かして失禁してるよ。

私を中心にして世界が静止中。


確かに客観的に見たら、突然狂ったように怒鳴りだした私こそがアブナイ奴だわな。

それを破ったのはやはりマックス。

頼む、助けて。


「えー、私達の連れが無作法をいたしました。 皆様を驚かせてしまって誠に申し訳ありません。 今後は気をつけますので、今回はご容赦くださいますようにお願いいたします。」

周りの人達に声をかけながら、精神異常を解除と安定させる光と水の合成中級魔法のプロバスキルを分からないように展開している。

いやホントにスマン。


その落ち着きのある声と魔法で、周りの人達もたちまち落ち着きを取り戻した。

いや、助かったわい


「おねえちゃんこわかったけど、その子たちのためにおこったんだよね」

とミリアもいってくれた。


マナがつながっててこれほど良かったと思ったことはないわ。

加護与えといてよかったー。

もしミリアに嫌われたら立ち直れないわ。


マックスが子供らを連れてきた。

親父はそのままだけど放置だ、放置。


「驚かせてごめんね、本当に。 お詫びにハンバーガーをごちそうするよ。」

私の台詞を聞いた途端に、弟の方のお腹がグウと鳴った。


栄養失調ってほどじゃないから出会った時のミリアよりはマシみたいだけど、お腹いっぱい食べたことはあまりなさそうだな。

これはいかんでしょ。


「お姉ちゃんの名前はミリアム。 あなたたちのお名前は?」

これがフェリシアさんの経営する「陽光」の孤児院とマクベインさん、それとエルナとニッツを含めた子供たちとの出会いだった。

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