幼年編2
私は恐れ多くも「赤」のアリシア様に執事長として二千二百年お仕えさせていただいており、この城の全てを取り仕切る立場を与えていただいております。
もともとは上級魔族としてある国の将軍の地位におりましたが、戦争に敗れ死にかけていたのをアリシア様に命を救われたばかりか、こうして信頼を賜っております。
アリシア様は他の五柱の方々と同じく、世界のマナの均衡と循環を司っておられ、この世界を守っておられます。
その大変な重責を時の始まりより、時の果てまで終わることなく休むことなく続けておられる偉大なお方です。
このバルメロイも、もちろん尊敬しておりました。
いや、「おりました」という言い方は間違いですな。
もちろん今も変わらず我が主、尊敬しております。
おりますが、
「おう、見よ、バルメロイ! この服はミリアムに似合うじゃろう。 」
満面の笑みで女の子の向けの服をヒラヒラさせるアリシア様。
ミリアム様の部屋で赤い服を持って嬉しそうに踊るその姿は、威厳とか使命とか責任とかの言葉の正反対に居られるのではないでしょうか。
「アリシア様、ミリアム様はまだ二歳にもなられておりません。 その服を着られるようになるには、あと数年は必要かと。」
つっこまざるを得ない。
「何っ!? この服がミリアムに似合わないと申すか?」
いや、誰もそんなことは申しておりませんよ。
人の話をお聞きください。
「それに何着ご用意されるおつもりですか? もうこの部屋がタンスと服で埋まりそうですぞ?」
そうなのだ。
ミリアム様が来てからというもの、アリシア様の生活は一変。
全ての中心がミリアム様になっておられる。
いや、反対しているわけでございません。
ミリアム様がこられてからというもの、アリシア様は高純度のマナをかつてないほどに世界に循環させておられます。
この地域のマナのかつてない程に純度は高く清浄になっており、外界の作物の実りも今までとは比べものにはならぬでしょう。
それにミリアム様の愛おしさは、誰であろうと文句はつけられません。
あの笑顔、あの愛らしさ。
このバルメロイも、もしミリアム様を助けるためならば、たとえこの体が砕け散ろうとも本望というぐらいには、アリシア様ともども忠誠を誓っております。
以前は私も日常的なアリシア様の無茶振りの後始末に追われて、溜りに溜まった精神的抑圧感を失伝した魔法やら禁呪の復元で解消しておりましたが、今はその必要もなくなりました。
おかげで研究も以前よりずいぶんと捗るようになっております。
ただ何と申しましょうか、アリシア様のこの、人間の言い回しを借りますと溺れっぷりというか、メロメロになってる様子といいますか。
仮にも世界を統べる六柱の一人として、他の者に与える印象というものがですね。
この前もミリアム様がミルクを吐き戻した時など「すわ病気かっ!?」と大騒ぎされましたが、ご自分の血脈なのですから、病気とかするはずもないのをお忘れでした。
「いやー、楽しみじゃのう。 ミリアムが大きくなってこの服を着て。 可愛いじゃろうなあ。」
人の話を全然聞いてないですね、はい。
聞く気も無さそうです。
まだ服を持ったままで、私も想像すらした事がなかった程のニマニマ顔で不思議な踊りを踊るアリシア様。
そのうちによだれでも垂らすんじゃないかと、不遜な考えが頭をよぎりますな。
あの踊りは六柱の間の秘伝なのかな、とか考える私も思考停止状態が近いのかも知れませんな。
それに、最近の火のマナの急激な変化は、他の五柱の方々も当然気づいておられるはずで、いつ問い合わせが来ても不思議ではありません。
もしかしたらご本人の分霊が来られるかも知れない訳でして、そうなると準備もいろいろと大変なのですが。
こちらの心配事には全く意にも介さず、ハッと何かに気づいたような顔をされるアリシア様。
この後の展開は何回繰り返したか、もう数えるのも止めました。
「いや、いかんいかん、そんなにすぐに大きくなってしまっては、この天使の様な寝顔を見られなくなるではないか!!」
外見に惑わされる外界の者ならともかく、仮にも六柱の一人が天使とか仰るのはいかがなものでしょうか?
美しさや可愛さの形容には向いておりますが、仮にもかつての敵の先兵ですぞ。
「だが大きくなったミリアムも早く見たい! ぐぬぬ。」
ちょっとは落ち着いて欲しい。
この城の日常風景の一部となったアリシア様の一人芝居。
それはミリアム様がお目覚めになるまで続く。
お目覚めになればなったで、また別の一人芝居が始まるわけですが。
なんにせよ、この城もえらく平和になりましたな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます