幕間1

ミリアム様が旅立たれて一週間、アリシア様は文字通りに青菜に塩のヨレヨレぶりでした。

「バルメロイよ、妾はもうだめじゃ。 生きる希望が湧いてこぬ。」


今まで通りに力に溢れておられますが、精神的にはどうやら違うようです。

私含め城の者も全員がガックリしておりますが、アリシア様の様子があまりにもアレですので、逆に私達の立ち直りが早くなったような気がします。

しかし、いざミリアム様がいなくなられますと、この十五年余りどれだけミリアム様の存在にアリシア様はもちろんですが、我らも助けられていたかが身に染みてわかりますな。


「ううー、ミリアムはどうしておるかのう。 怪我したり病気してはおらんかのう。」

アリシア様は寝台に横たわりながら、弱々しく独り言をうめく始末にございます。


ご自身の血脈なので、無敵で病気などしないのもお忘れになっているご様子。

現にアリシア様も横たわってはおられますが、その世界を統べるマナの流れにはいささかの陰りもございません。


「アリシア様、ご報告いたしましたように、マクシミリアンにはミリアム様の許可を得て、月に一度現状を報告するように申し付けております。」

「月に一度では足りぬのじゃ! 妾がミリアム成分不足で死んでしまうぞ! しかも手紙だけでは我慢なぞ無理なのじゃ!」


これだけヘナヘナになりながらも、ご自分の分霊をミリアム様に同行させたり検知魔法で常に様子を伺ったりされないのは、よほどミリアム様に嫌われたくない一心でしょうな。

確かにそんな事をすれば、瞬く間に露見してしまいますからな。


「その通りじゃ、バルメロイ!」

私のマナを読まれたアリシア様がいままでのヨレヨレっぷりはどこへやら、勢いよく寝台から飛び降りて野獣のような目でこちらを見つめてこられました。


あ、これはまずい。

絶対に碌でもないことをお考えになっている顔だ。


「もしかして、ばれなければ大丈夫とかお考えですか? 

ミリアム様にばれないようにするのはもちろん不可能ですし、仮にマクシミリアンやギャレットに口止めしてもマナですぐにばれますぞ?」


「普通ならそうであろうな、普通ならばの。」

アリシア様が悠然とした表情で仰られましたが、さらに嫌な予感が加速しただけでございます。


「ならば、ばれないようにするだけのことじゃわ!」

腰に手を当ててのドヤ顔のアリシア様。


「これは可愛い我が子を見守りたいと思う親心じゃ!!」

と言い切られたと思うと、六柱の他の方々と連絡を取られました。


執事の私が口出しできることではありませんが、六柱全員を巻き込んでの計画とか、大がかりな話になってきて私の胃がすでにキリキリしてまいりました。

一週間後、私と他の五柱の執事達が不眠不休で練り上げた二十層の魔方陣五十個を並列に刻み込んだ古代王国の衛星と呼ばれる機械に、アリシア様が竜の魔力を注いでおられます。


他の五か所でもここと同様に残り五柱の方々が同じようにされているはず。

もちろん、それぞれの執事達も私同様にこの一週間は不眠不休でございました。

これが終わったら皆で打ち上げでもしたいですな。


「ご苦労じゃった、バルメロイよ! 六台の衛星を妾達の結界ギリギリに万遍なく配置すれば、世界中どこにいようとミリアムを常に覗き、もとい安全の確認ができようぞ!」

アリシア様から本音が漏れましたが、私もさすがに疲れておりますので放置です。


まあこれでアリシア様と他の方々のマナが安定するなら安いものです。

ミリアム様がおられなくなってから、眼に見えてマナの循環量、質ともに大幅に低下しておりますからな。


アリシア様の竜の魔力を注入された衛星と呼ばれる機械が、魔方陣に刻まれたマナの輝きだけを後に引きながら音もなく凄まじい速度で上昇、たちまち雲を突き抜けていきました。

「おおっ、地上が見えておるな。」


衛星からの情報を映し出している鏡を見て、アリシア様から感嘆の声が漏れました。

魔力、特に竜の魔力を使ってミリアム様の姿を覗こうとしたら即バレてしまいます。


ならば機械を使えば良いではないか、とは、いやはや本当にミリアム様の事になると恐るべき悪知恵を力を出されますな。

幸いというべきか、古代王国時代の攻撃用衛星が倉庫に放り込んでありましたので、動力源を竜の魔力用に改造するだけで短期間で完成にこぎつけることができました。


今までは必要に応じてそのつど検知魔法などを使用しておりましたが、常時使用可能なこのような機械があれば役に立つのも確かです。

アリシア様が込められた竜の魔力であと五千年ほどは連続稼働が可能でしょうし。


その後すぐに定位置に到達した衛星からの信号を受けて、アリシア様の居間に設置した巨大な鏡がミリアム様を映し出します。

「おおおーーっ!! ミリアムじゃ!! ミリアムじゃぞ!!」


ミリアム様のお姿を見た途端に、アリシア様から高純度のマナが凄まじく循環を開始しました。

まあ、私も含めて城の皆もそうでしたので誰も気にする余裕もありませんでしたが。


「ミリア、おはよう。」

久しぶりに聞くミリアム様の声。


映像に加えて最高品質の集音機能、拡大縮小に録画録音機能ももちろん標準装備です。

「おっ、加護を与えた子供かの! ミリアムの妹ということは妾の娘ということじゃ! 早く会いたいのう。 胸が躍るわ!」


「恐れながらアリシア様。」

「なんじゃ?」

鏡を両手で抱え込むようにしっかりと掴み、視線は画面にくぎ付けのままアリシア様が訊いてきます。


「ここまで大がかりにやってしまった以上、ミリアム様らに直接会えば絶対にマナから伝わってバレてしまう訳ですが……」

「なっ、なななななんじゃとーーーっ!!!」

それを考えておられなかったのには驚きです。


「次にお会いした際に、正直に何もかも話して謝り倒して、それでミリアム様が許してくだされれば問題ないのですが……」

「駄目じゃああああーーーっ!!」


どうやら休息と打ち上げは延期のようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る