11 休み

「竜の翼」という宿屋に腰を落ち着けて二週間、狩りは順調に進んでいた。

というか、順調すぎてギルドから「手が回らないから三日ほど休んで」とお願いされたし、今日はお休みなのだ。


狩りを始めてからは、離れたところにある狩場をかぶらないように回っていたけど、どこに行っても狩り尽くす心配もないほどに大量の魔物がいたので初日から狩りまくった。

どこにいっても特に探す必要もなく向こうから襲ってきたので、まさに入れ食い状態。


魔物を斬るたびにミリアに何を食べさそうか、どんな服を買って着せようか、どこに連れて行こうかとか考えながら斬って斬って斬りまくったわ。

私とミリアの幸せな生活のために養分となれ!


一匹斬ってはミリアのため、二匹斬ってはミリアのため、三匹斬ってもやっぱりミリアのため……

いやいや、これでは私が単なる危ない殺戮機械みたいだけど、これは健全な労働だよ、労働、うん。


「怖いからニヤニヤしながら斬りまくるのはやめれ!」

でも二回ほどお兄ちゃんから突っ込まれたけど、ミリアとの楽しい生活を想像するだけでそうなっちゃうのだ。

しょうがないのだ。


「お嬢様、やはり血は争えませんね。 あんな風にならないようにバルメロイと頑張ってまいりましたが、アリシア様そっくりになられまして、私も違った意味で涙をこらえるのに精いっぱいですよ。」

マックスにも溜息と共に、冗談か本気か分からないように呟かれたんだけど、冗談だよね?


魔物と一口にいっても、性質は凶暴だけど普通の動物の延長の、たとえば熊とか猪とか大猿なんかと、マナが汚染されて生まれた文字通りの魔物、代表的なのは不死者系の魔物なんかでは、私にとってはくくりが違う。

後者のは付近のマナを不安定にするので、できれば優先的にこちらから見つけて排除したい。


ママの娘として、マナの安定化には少しは貢献したいしな。

これでも一応、自分なりにいろいろとは考えてるんだよ?

会話する前に殴る方が得意だし、とにかく突っ走りすぎなところも少しはあるかなーとも自分で思うけどさ。


イタペセリアから十リーグも離れていると人の手は全く入っておらず、完全な未開発地域が広がっている。

ふかーい森が大部分を覆い、そこに渓谷や岩場、湿地帯に乾燥地帯なんかが混じっている感じだ。


私達みたいに飛翔や転移魔法とか使えないと、道なんかないので自分の足を使って来るしかないわけで、ということは誰も来たことがないのでまったく手つかずの自然状態。

この二週間、そういう手つかずの狩場を毎日場所を変えながら魔物を狩りまくっていた。


休んでくれとギルドに言われたのは、今までに持ち込んできた素材が多すぎて、今になっても捌ききれないからだった。

今日から臨時職員を募集するらしい。


これまでで稼いだのは金貨千三百枚ちょっとになった。

これだけあれば大きな家を買うのにも十分だし、今日は買う家の品定めついでにミリアを街に連れていって何か買ってあげようっと。


もう全開で稼ぐ必要もないし、週に何日かは休むのもいいかもね。

私がミリアともっと遊びたいってのもあるけどな!


討伐ついでに、食材として美味しそうな魔物の素材はギルドに一度納めたあと、買い戻しておいた。

その分が金貨百枚分ぐらいはあるのでシドニーさんに呆れられたけど、いつでも美味しい食事を食べられるってことは一番大事なんだよ。


私の収納袋にいれたので、腐る心配もないしな。

これでますます東方料理にも幅がでるってもんよ。


二日目から狩った魔物には、スキュラのように大きな魔石を持っているのはいなかった。

やっぱり動物の延長の雑魚い魔物だと、体内に魔石は生成されにくいんだな。


収入は主に素材報酬だけなんだけど、それだけでこの金額いけば十分だろう。

ミリアとの夢の生活のために頑張りました。


私の「赤竜」はいつもママに似せて胸元の空いた「東方」に対して「洋風」と呼ばれる、傍目には戦闘用とは思えないおしゃれな感じに変形させてる。

後ろは裾が長くひるがえるマントみたいに足首まであるけど、前は膝上あたりで揃えるのが最近の私のお気に入りなのだ。


後ろは膝裏を通って靴になっている。

好きなように変形させられるから、そのうちまた変えると思うけど。


お兄ちゃんも見た目はいいのに、カクノシンおじさんと同じく服装に無頓着だし、年がら年中同じ皮鎧だ。

もちろんそこらで売ってるような革製品じゃなくって、古代レガリオン時代の素材にママの魔石を錬金した一品ものだから性能は抜群なんだけど、パッと見には最近の流行りからは程遠い化石時代という感じ。


お兄ちゃんの価値は見た目じゃないんだけど、残念なような嬉しいような。

マックスも同じく、一年通して燕尾服を着てるけど、これは「執事の正装」だそうで何があっても譲れないらしい。


こっちも同じような一品物だ。

二人とも魔法の収納袋持ってるんだから、たまには着替えたらいいのに。


どの素材の買い取りが高いとかは知らないのし、寒くなってくるとカニの季節だし、魚なんかも身が締まって美味しいだろうとの単純な考えもあったし、一度は大陸の北側の海岸まで行ってみたのだ。

それが当たりだったみたいで、その海辺の魔物の素材は内陸部のイタペセリアではなかなか手に入らないし、高級食材として人気が高いので高値で引き取ってくれた。


しかも収納袋に入れてるので生きてる時と鮮度は変わらないし、売りに出したらあっという間にさばけちゃうそうな。

私達には関係ないので一般的な話だけど、海岸線まで行くともう冬の訪れって感じで寒くて、そこらじゅうが魔物だらけでした。


超好戦的というか、冬で単にお腹減ってるだけなのかもなんだけど、とにかく引っ切りなしで向こうから来てくれるので楽だったわ。

後からギルドにあった資料で読んだけど、特にベニシオマネキという片方のハサミが極端に大きいカニの魔物と、群生ガニという名前の通りに群れを成してくる魔物は素材がおいしい。


文字通りに食べても、利益で見ても二重にオイシイので乱獲したくなったわ。

さらに後日、名前違いの亜種がたくさんいるのも分かったけど、味は同じく美味しいから同じく狩りまくりだ。


確認用の腕輪があるからあまり好き勝手はできないけど、何匹かはその場で味見したんだよな。

癖もなく、そのくせ舌の上でとろけるような甘味もあって、こりゃうまいわと人気も納得の味でした。


これならジパンの伝説の食通、シャッキリポンも満足するだろう。

数々の当方料理の基礎を作り出した天才だったそうで、今でも彼が生み出した料理や見出した素材、開発した調理器具に調理方法は多数残っている。


ベニシオマネキは10人乗り馬車ぐらいの大きさで、一匹で東方料理のスシの材料にすると八千人前ぐらいが取れる。

群生ガニってのは子牛ぐらいの大きさで、スシにすると五百人前ぐらいだけど、それが一度に三十匹とか襲ってくるので笑いが止まりません状態だわ。


シオマネキはその巨大なハサミを攻撃と防御にうまく使ってきて、群生ガニはその名の通りに群れでかかってくるから、対策してない一般の冒険者なら結構きついかも。

どっちも水属性の特殊攻撃とかもしてくるらしいからな。


らしいってのは、私らの戦闘は一瞬で終わるので、見たことないんだよね。

後でギルドで調べてみたら両方とも熟練の中級徒党、もしくは上級徒党以上が推薦の魔物だった。

たしかに甲羅も固いもんね。


でも私達には関係ないので、私とお兄ちゃんは素材を痛めないように剣でマナの中心を一突きして、そのまま即座に収納袋に放り込む。

マックスは中級水属性魔法のタリスカで、水を小指ぐらいの細さに絞り込んで次々に急所を狙撃。


わたしには逆立ちしても無理な、さすがの魔術制御だわ。

そんな感じで狩り、とういうよりもはや漁と呼ぶものは順調に進んでいった。


もちろん付近の魔物を一掃した後は、普通に海辺の食材を釣ったり獲ったりできるので良い感じじゃないか。

これは夏になったら、絶対にミリアを連れて遊びに来ないといかんな!


私達が狩りをして何日かすれば、ギルドに突然流れ始めた大量の素材が噂になってきた。

そして目ざとい人間の中には私達が討伐している本人で、毎日アホみたいな量の素材を持ち込んでくると分かったのか、直接交渉しようとしてくるのもいた。


悪人はあまりいなかったけど、ほとんどの人が精力的でマナも明るかった。

やっぱり上に行くって人はそれなりの物を持ってるんだな。


でも面倒は嫌だったのでギルドを通すように伝えた。

そしたら今度はギルド職員を買収、もしくは政治的圧力でいろいろと動きかけているらしいけど、そこまでは知らんわ。


でもシドニーさんからは、なるべく海辺で狩りをして素材を持ってきてくれるようにと、胸の前で手を組んで涙目でお願いはされた。

何があった。

そのぐらいならまあいいか。


別の日に森の中で狩ったマンティコアは結構な大物で、お肉に固い皮、それと尻尾の棘なんかは高く売れたけど、その他はイマイチの実入りだった。

魔石がないなら、食材として高く売れるのがいいのかも。


やっぱり食べられるか食べられないかってのが一番大切だよね。

私が魔物を見る時の判断基準はそれが一番目だからな。


とはいえ、何が高く売れるのかはよくわからないし、大抵はそのまま持って帰ってきてギルドで査定してもらうんだけど、意外なぐらいにどんな素材のどの部位でも売れたりして、ギルドの職員は連日残業らしい。

初めて持ち込まれる魔物やその素材もあるので、その仕分けにも時間がかかり、査定もできないので王都に問い合わせもしているそうな。

すまんこってす。


休み初日の昨日は「竜の翼」の料理長に群生ガニの素材をてんこ盛りで渡して料理を頼んだ。

ミリアに食べさせてやりたくて買い取りしてきたからな。


他にも普通の貝とか一本釣りしてきた大きな魚とかも大量に渡して頼んだら、料理長も滅多に手に入らない食材なのか喜んでくれて、いろいろ張り切って作ってくれたわ。

いくつかは作り方を教えてもらった。


ついでにと、ギルド職員とギルドに登録している冒険者の全員も招待しておいた。

最終日は帰る途中にこの辺の狩場に寄って、追加で普通のイノシシやら赤毛熊やらも狩ったので、それらが目の前で回転焼きとかあぶり焼き、焼き物に揚げ物にてんこ盛り状態よ。


職員と冒険者がにぎやかに飲み食いしながら騒いでいる。

今日はお酒も全部こっちもちだ。


私はママの血脈を受けているからどんな状態異常にもならない。

だからお酒をどれだけ飲んでも酔っ払うことはないんだけど、お兄ちゃんとマックスは強いとはいえ酔っ払うことは可能だ。


それでも普通の人の感覚でいけばうわばみと言われそうな強さらしいけど、酔っ払うのは楽しいらしいので、そこだけはちょっと羨ましいかも。

お兄ちゃんとマックスには、私が酔えなくて心底から良かったと断言されたけど、なんだかなーだ。


ママのお城でも、カクノシンおじさんとアルベルトさん、フリットさんは毎晩酒盛りしてたなー。

今思えば普通の人間がちびっと飲んだら即ぶっ倒れるぐらいの、火竜酒ってのを無限に飲んでたような記憶がある。


今回費用を私達持ちで宴会にギルド関係の人を招待したのは、本格的に狩りを開始してからというもの、サムエルさんみたいな人格者はともかく、他の冒険者からのやっかみというか、風当りみたいなのが強くなってきたからだ。

自分たちとは隔絶した強さがあるから、面と向かっては何も言ってこないし、自分たちでは行けない狩場で魔物を狩っているから、誰も文句は言えない。


その分陰にこもる。

最近では仲良くしているサムエルさんの徒党にも妙な事を言ってくる奴が出てきたそうだ。


訳が分からん。

言いたいことあればこっちに直接来ればいいのに。


そういうのを相手するのも面倒なので、「私達とケンカするより、仲良くした方がいいよ」と広めるためにマックスが企画した。

まあ、いちいち全部叩き潰すのも大変だし、費用もたいしたことないしな。


しかしタカリはごめんだけど、家を買う目標金額はあっさり貯まったから、もし真面目な人が助けて欲しいとか稽古つけて欲しいとかなら、直接言ってくれば少しなら付き合ってもいいんだけどなー。

もちろんマナを見て、悪人はお断りというか巡士に直行してお持ち帰りしてもらう。


一週間ぐらい経った頃からタカリ以外にも、私らに向けてウチの徒党に加わらないか、逆にこっちの徒党に加えて欲しいという引き抜きやら売り込みがどっと来た。

どちらも必要ないんだけど、これまた全部は相手にしてられないので、ギルドに一昨日の夕方に希望者に集まるようにと掲示板に貼り紙をしてもらった。


条件は簡単。

戦士系は木刀で、ギルドの裏庭に並んでいた腰ぐらいの大きさの岩を一刀両断すれば合格。

魔術師系は、マックスが魔法障壁を五重に張るので、それをひとつでも攻撃魔法で破れたら合格。


「お兄ちゃん、お願いね」

「おう、任せろ!」

集まった中で多数を占める戦士系の冒険者達からは絶対無理だと声が上がった。

でも嬉しそうに引き受けてくれたお兄ちゃんが何の変哲もない木刀で、並んでいた岩を無造作に剣を振って三つ立て続けに縦横斜めと、それぞれきれいに両断したのを見てほとんどの人は引き上げて行った。


前からずっとそこにあった岩をギルドにあった木刀を使って斬ったので、イカサマのしようがないのも分かったからな。

でも自分の顔がはっきりとうつる鏡みたいな切り口を見て、どうやって斬ったのかとか、斬った技とかを熱心に聞いてきた戦士も少数ながらいた。

そういう人と帰った人とでは、将来に大きな差が出ると思う。


魔術師系の方も、マックスの障壁を一枚でも破れた人はいなかったけど、そっちもいろいろ聞いてきた人にはマックスは丁寧に質問に答えてあげていた。

こちらは最初の戦士系とは違って、魔術師系の人達はほとんどが残っていた。


とにかくお兄ちゃんとマックスのおかげで、ギルド内での居心地は少しは良くなるだろ。

最初の日以来、アッシュさんとレイラさんも二人にいろいろ熱心に聞きに来ているし。


ただ、かえって反感をもった人もいたみたいで、その筆頭がサムエルさん率いる徒党「鉄の金床」とは別の上級徒党「黒い翼」を率いるダランという奴だった。

その徒党に加入しているのは上級が七人で、あとはそこそこの人数の中級と下級だ。


ダランってのは戦士なんだけど、剣と槍で二つの流派の最上級まで修めてるそうだけど、相当な巨体の持ち主だった。

サムエルさんとは違ってマナがかなり黒いし、それが人相に反映してるのか粗暴さが素の表情になってるような悪人顔だし、こちらから仲良くしようとは思わない種類の人間だった。


「お前らかなり強いそうだな。 ウチの徒党に入れ。」

なんせしょっぱなから意味不明な事を言ってきたし、私も一瞬ポカンとしちゃったよ。

第一声が命令かよ!


しかもこっちが勇者、という話になってる、で強いと分かったら討伐に同行させろとか装備を売れとか、どんだけ自分勝手なんだよ、プンプン。

思い出しても腹が立つわー。


どこの誰が魔力の込められた剣とか宝石の魔法触媒をあんな値段で売るんだよ。

形見でなくたって絶対に売らないわ。


しかも私が一人でいるときを狙って、徒党の取り巻きで囲んでくるという嫌らしさだったしな。

私はお飾りの小娘とか思われてるのかな、やっぱり。


自慢じゃないけど、私らの中で一番沸点低いのは私なんだよ!

私はいつも火にかけっ放しの鍋みたいなもんだからな。


私がブチ切れる前、つまり最初の台詞の時に戻ってきたお兄ちゃんがちょっと気当たりで脅したらそれ以上はなくなったけど、あんな奴本当にいるんだねえ。

まあ実害はないからいいんだけどさ。


今日の宴会も参加は自由だけどあいつらは来てないわ。

来てもあいつらは出入り禁止だ。


まあそんな事はどうでもいいし、ミリアにおいしいものを食べさせようっと。

こっちのはもう焼けたな。


私の「赤竜」の裾を掴んで、どこに行くにもチョコチョコとついてくるミリアにカニを山盛り取ってやる。

生のままショーユにワサビで食べても美味しいし、焼いても煮ても、定番の鍋にしても私には文句のないうまさなんだけど、ミリアには初めてらしいのでどうかな。


「とってもおいしいよ!!」

ワサビ抜きのをミリアに渡したんだけど取りこし苦労だったみたいで、可愛すぎるニコニコ顔で答えてくれたわ。


山盛りで捕ってきた甲斐があったわい、うんうん。

モリモリ食べてくれよ。


いやー、どの料理も美味しいし、ミリアは可愛いし、言う事ないですなあ。

これが上げ潮状態ってやつですかな。


でもミリアはまだまだ体も小さくて細いので、美味しい物をいっぱい食べさせないとな!

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