13 孤児院
姉弟に聞いてみると姉の方がエルナで五歳、弟がニッツで三歳だそうな。
エルナの方はミリアと同い年か。
この姉弟はさっきの店の親父が言ってた通りに、街中の孤児院にいるみたいだな。
太陽を信仰する「陽光」が運営する施設だそうな。
読んだマナの流れだと、同じ施設にいるから姉弟じゃなくって、元々血のつながった実の姉弟か。
でもさっきの親父の台詞で合ってたのはそこまでで、通りの端っこにあるパン屋さんでいつもパンの耳と売れ残りをもらっているので、今日もそのお使いだそうな。
周りの屋台の店主のおっちゃんにも聞いたけど、タカリなどは一切してないといっていたし。
だいたい私がマナ見てるんだから、んなわけねーっつーの。
自分の失敗を人のせいに、しかも抵抗できない弱い立場にぶつけるような奴は何を考えているんだろうな、まったく。
あー、まだ怒りが収まらねえわ。
孤児院ならハンバーガーは人数分とはいわず、全員がお腹いっぱいになるまで買うか。
「え、でも直接寄付を受けるのは…… 最初にお母さんに聞いてみないと。」
私は全員にハンバーガーをお腹いっぱいに食べさすと決めて伝えたけど、エルナはその年でしっかりした受け答えしてきたからビックリしたわ。
私はいついかなる時と場合でも美味しい物を食べられる機会は逃しませんが。
エルナには、こちらが迷惑をかけたのは確かなので何とかお願いして受け取ってもらうのに頷いてくれたわ。
もしかしたら途中で鳴ったニッツのお腹の音に負けたのかもしれない。
いつも貰っているパン屋さんはすぐ近くらしいので、ハンバーガー屋で先に先払いで注文してから戻ってくることにした。
百個とか頼んだので時間もかかるだろう。
お兄ちゃんが注文したのに、店主は驚きながらも喜んで勢いよく作り始めた。
私達の「端から端まで」買いの洗礼の次は、「あるだけ全部」の洗礼を受けるがよい。
エルナの案内でパン屋に寄って、いつもどおりに用意してあるパンの耳と残りを受け取るのを見た。
へえー、売れ残りらしいけど結構良いのが入ってたし、特別に取りおきもしてあるみたいだな。
この店のおかみさんはいい人じゃん。
マナも明るいし、これからパンはここで買うことにしよう。
パン屋さんを出て、帰りにハンバーガーを山盛り受け取ったあと収納袋に入れた。
出来立てを食べてもらいたいからな。
そこからエルナとニッツと一緒に孤児院に向かったけど、場所を聞いたら冒険者ギルドに近い場所だった。
なんだ、買った家からホントにすぐそばじゃないか。
しっかし市街地の真ん中ですごく立地のいいところにあるんだな。
歩きながら、いろいろ二人と話をした。
孤児院には全部で二十人ぐらいの子供がいること、子供達の面倒をみている母親役のフェリシアという人が優しくて大好きなこと、マクベインという大きなおじさんも優しくて大好きなこと、大きくなったらいっぱい働いて恩返ししたいと思ってること、みんなはパン屋でもらうパンが楽しみなことなどを、舌足らずだけど一生懸命説明してくれたわ。
可愛いのう。
「おねえちゃん」
エルナがパンの話をした時、ミリアが繋いでいる手をくいくいと引いてきた。
「ん?どした、ミリア?」
顔を覗き込むと、もじもじしながら口を開いた。
「あのね、おねえちゃん。 わたしおねえちゃんのいもうとになってから、おいしいものをお腹いっぱいいつも食べられて、きれいなふくもかってもらって、いっしょにお風呂にはいって、ふかふかのおふとんで一緒にねて、まいにちすごくしあわせ。」
舌足らずに、たどたどしくも私の眼をまっすぐ見ながら言ってきた。
「でもね、あの子たちはおねえちゃんと会うまえのわたしみたいに、いつもお腹すかせてかなしいとおもうの。 ミリアのごはん、半分でいいから、おふくもいらないから、あの子たちにもごはんたべさせてあげて……」
途中もつっかえつっかえ、でも真剣な顔と流れてくる真っ白なマナそのままの思いやりのある言葉がミリアから出てきた。
ミリアと家族になってから、いろいろと切ない気持ちになるわあ。
ママの城にいた頃には一生懸命修行はしてたけど、その他はなーんにも考えずに毎日フリットさんの絶品ご飯をたらふく食べて、フカフカの布団の大きな寝台でグースカ寝てた。
片付けとか洗濯とか掃除なんかも、自分でやる前にマリアとアビーに他のみんながやってくれてた。
その当たり前が普通の人、特にこの子達にとっては全然当たり前じゃなくって、私にとっての当たり前のことがすっごく大変なんだってことが分かったよ。
ミリアを抱き上げて額を引っ付けてマナをつなげて会話。
(大丈夫よ、ミリア。 お姉ちゃんに全部まかせておきなさい。 お姉ちゃん何でも力ずくで解決するし、後先考えずに突っ走るバカなんだけど、お兄ちゃん達もいるしみんなお腹いっぱいの笑顔にするよ!)
外の世界に出てからというもの、私の客観的な評価というか、自分が普通の人にどういう眼で見られているのかってのは、いくら私でも結構分かってきた。
そろそろ、「短絡の何々~」とか、「突っ走りの何々~」とかのあだ名がつきそうだな。
それはしゃーないけど、できたら格好いいのがついて欲しいと思う今日この頃。
エルナ達の孤児院は、本当に私達の買った家から歩いて五分ぐらいとすぐ近くにあったわ。
一階建ての平屋で広さは私達の家と同じぐらいだけど、建物自体はすごく年季が入っていた。
あちこちに修繕のあとがあったけど、素人作業みたいで何回も継ぎはぎしてあるし、塗装なんかも結構剥げているところもあった。
でも敷地自体はすごく広くて、同じ建物があと三棟ぐらいは立ちそうな余裕がある。
「あっ、おかえりーエルナ。」
「おかえりー。」
「おかえりなさーい。」
子供が何人か元気良く飛び出してきた。
マナも年相応に明るく白いし明るいし問題なし。
「わーい、パンだパンだー。」
「楽しみだわーい。」
すごく喜んでるよ。
ピョンピョンと手を叩きながら跳んではしゃいでいる子もいる。
声を聞きつけたのか、中にいた子供もぞろぞろと出てきたわ。
半分ぐらいが人間で、残りは獣人が多かったけど魔族とエルフも一人ずつ出てきて、最後に年配の人間の女性がでてきた。
うおっ、マナが金色に光ってるよ!!
すげー、こんな素晴らしいマナの持ち主滅多にいないよ。
この人がフェリシアさんかな。
東方でいうところの、「徳」がすごく高い人だわ。
「陽光」の司祭の質素な服を着ていて年のころは六十歳ほどか。
「はじめまして。 どなたか知りませんが、その子達を送ってくれてありがとよ。 私はこの孤児院の責任者のフェリシアだよ。 何にもない粗末なところだけど、お茶でも飲んでいっておくれ。」
その人から落ち着いた声がかけられたけど、何ともマナに染み渡るような心地いい声だ。
でもすごいおっとりした見た目とは逆に、言葉遣いは下町風というか私みたいな口調で、外見と合っていないというか意外というか。
あー、でもなんつうか、すごく落ち着くわーこの人の雰囲気。
すごいあったかいマナの持ち主だわ。
この人が面倒みたら、そりゃエルナちゃんとニッツちゃんもいい子になるわ。
でも「陽光」の位はともかく、かなり実力もありそうだな。
本当のお母さんがおばあちゃんになったら、何となくこんな感じになった気がするわ。
そんなことを考えている間にも、子供達に元気よく引っ張られた。
「お客さんだー。」
「早く入って入ってー。」
可愛い牽引車に引っ張られて部屋に案内される。
食堂と居間を兼用していると思われる部屋に通された。
長椅子と机が並んでるんだけどこちらは建物とは違って新しく、内装も結構しっかりと補修されている。
それなりに寄付とか、「陽光」の本部から援助もあるのかな。
なんにせよ良い事だと思います。
「お母さん、もらってきたパンです。」
エルナがパンを渡して、子供達から歓声があがった。
フェリシアさんと話そうとしたけどお茶を淹れに行ってしまって、お客さんが珍しいのか子供達が一斉に寄ってきたわ。
「おねえちゃん美人だな」
お、素直な事言うじゃないの。 将来有望だぞ。
「どうして全身真っ赤なの?」
「お兄ちゃんの剣格好いいな。」
「なんでそんな変わった服着ているの?」
「もしかして魔族? ヴォルと同じ?」
「どこに住んでるの?」
「可愛い服着てるなー、うらやましい。」
お兄ちゃんマックスに、ミリアも口々に質問責めにあってるけど、ホントにに元気いいな、ここの子らは。
ヴォルってのは一人だけいた魔族の子供で、ヴォルトゥリルトンという名前をいつもはヴォルって呼んでいるそうな。
いくらこのイタペセリアが保守的な土地柄でないとはいえ、あのムカつく貴族なんかみたいに人間以外には隔意を持つ者も多い。
特に魔族はその外見と魔力の高さから偏見を持たれることも多い。
マナを見たら似たようなものなんだし、なーんにも変わんないんだけどな。
見た目だけで差別して自分をえらく見せようとかいう奴はいっぱいいる。
変えようのない見た目や種族の性質なんかは本人でもどうしようもないのにだ。
でもここではどの子供たちも普通にお互い接してて、自然と家族として喜び合って、じゃれあって、喧嘩して仲良くしている。
フェリシアさんの教育というか、あの人に接していれば自然とそうなるんだろうな。
ほんとに金色のマナなんて初めて見たわ。
それほど長くない私の人生で直接はもちろん、私の中にある延べ数億人のマナの記憶にも金色のマナの持ち主は片手で足りるんだけど。
すげえな、あの人。
フェリシアさんとエルナの二人がお茶を持ってきてくれたので、お礼を言って受け取る。
「パン食べようー、パン。」
「やったー。」
「わーい。」
パンを貰いに行った日はお茶しながらみんなで食べるみたいだな。
おっと、ハンバーガー渡さないと。
どう説明するかなと思ってたら、やっぱりマックスが説明してくれた。
いや、確かに助かるし頼りにもしてるんだけどこういう場面で最初から私を要員外にするのはどうよ?
練習しないとうまくはならないよ?
フェリシアさんも受け入れてくれて、魔法の収納袋からハンバーガーの山を取り出すと、子供達から歓声が上がった。
「わー。」
「すごーい。」
「いい匂い!」
「初めて食べるよー。」
「はい、まずはお姉ちゃん達にお礼を言って、手を洗ってからだよ。」
「「「はーい!!」」」
フェリシアさんへの返事は、元気のよい返事の合唱だ。
喜んでくれて何より。
子供達は包み紙をはがしてモリモリとハンバーガーと格闘中だ。
とりあえずお腹が空いてなければ、悩み事の八割ぐらいは解決するし、ご飯を美味しく食べられる限りは人間何とかなるのだ。
と、集中して考えてたのか、
(お嬢はそうだよな。 とりあえずお腹いっぱいだったらいつもニコニコだもんな)
(そうですなあ、昔からお嬢様の機嫌が悪くなった時には、最初に美味しいものをフリットさんに頼むのが決まりになっておりましたね)
二人から念話で突っ込みが入ったわ。
確かに本当なんだけどさあ、人が良い気分なんだからもうちょっと気を使おうよ、二人とも。
口のまわりと手をソースでベトベトにしながらも、見ているこっちもお腹が空いてくるような勢いで元気よくハンバーガーを食べていく子供らを見ながらフェリシアさんとお話しだ。
驚いたことに「陽光」本部からの経済的支援は一年ほど前から止まっていて、今は何とかフェリシアさんの私財と周りからの寄付でなんとかやっているそうだ。
幸い景気のいい街なので、寄付してくれる人もそこそこにはいるそうだけど、子供達が毎日お腹いっぱい食べられるほどではなし、将来的なことも考えないといけないしで大変なのには変わりなさそう。
「でもつい最近以前ここで育った子が「陽光」の仕事でこの街にわざわざ自分から志願して赴任してきてくれて、それまでも援助はずっとしてくれていたんだけど、直接来てくれるようになってずいぶん助かってるのよ。
立派に独り立ちしているあの子には自分の人生を幸せに生きてほしいんだけど、頼らざるを得なくなっちまって親としては恥ずかしいよ、わたしゃ。」
フェリシアさんがそう考えるのも分からなくはないけど、その人もフェリシアさんとこの孤児院に、お母さんと自分の弟、妹達に何かしてあげたいのは自然な気持ちだと思う。
でも、ここに流れる空気に雰囲気、それにマナは本当に心地よい。
知り合ったのも私とマナの縁があるはずなので、私もこれからは全力で援助することにしようっと。
それからハンバーガーでお腹いっぱいになった子供達が一人、また一人と睡魔に負けてお昼寝している間もフェリシアさんといろいろお話した。
このおばあちゃん、結構ひょうきんでお話しも面白い。
若いころは「陽光」の開拓村とか辺境巡りの戦闘部隊にいたらしく、その後は一人で四十年近くも孤児院を切り盛りしているので肝も据わっている。
最初にこの孤児院を作ったころにはイタペセリアの街も村に毛の生えたような小さな街で、この場所は村はずれからさらに離れたところにあったらしい。
この孤児院の場所は変わってないんだけど、イタペセリアが開発に次ぐ開発で街が広がっていって、結果的に現在の一等地の場所になってしまったそうな。
なるほどね。
一等地に結構な広さがあるので売ってくれとかいう話も結構あるらしいけど馴染んだところだし、交換条件にと持ってきた話も子供達にはつらい環境が予想されるので断り続けているとフェリシアさんは言ってきた。
「陽光」の本部に直接交渉をしてくるのもいたらしいけど先代の教祖か法王か、とにかく一番偉い人がこの街の市長と直接交わしたお墨付きの契約書があるので安心らしい。
いろいろ面倒もあるもんだねえ。
この孤児院には一番年長でも十歳ぐらいの子供しかいないみたいなので聞いてみると、十一歳になったらヴェラールの「陽光」の本部で五年間、適正を見ながら神官や文官の教育を施して、主に新しい支部へ派遣するようになってるそうな。
なるほど、うまいこと受け皿もあるのね。
長々と話し込んでいると夕方になってきたので、ついでに夕飯も御馳走するかな。
収納袋には食材てんこ盛りだし、さらに増え続けてるから使わないと。
よーし、結構寒くなってきたので準備が簡単で美味しい鍋にしよう。
カニもまだいっぱいあるし、この人数でも余裕だわ。
というわけで、私が調理器具から食材から全部袋から取り出して揃えていくのを、子供たちは手品をみるように驚いて見つめてきたけど、マックスとお兄ちゃんに私が用意している間に遊んでてもらった。
二人とも子供の相手は上手だ。
なんつっても私を十年以上相手にしてたんだからな!
いや、威張って言うほどのことでもないけどさ。
「おてつだい、するの。」
ミリアはこっちを手伝ってくれた。
こないだ買った真っ赤なエプロンをつけてやると、喜んでクルクルと回って手を叩いてくれた。
可愛いのう、うんうん。
素材を盛った皿を無理しないように運んでもらうけど、大人入れて三十人ぐらいだから結構な量だ。
今夜の鍋は素直に水炊きにしてポン酢で食べよう。
鮮度抜群のしっかりした素材だから、それが一番正解だろ。
カニを含む海鮮物、鶏肉に猪、野菜もてんこ盛りの豪華水炊き鍋を孤児院の子供らとみんなで楽しく食べた。
でも私が調理する時に、いつもの習慣でマナを特盛で仕込んでおいたら子供達全員がまた泣いちゃって、お兄ちゃんとマックスにまた怒られた。
毎日怒られすぎな気もするな。
「今日はありがとうよ。 子供達に久しぶりにお腹いっぱい食べさせてやれたよ。」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったです。 こうして知り合えたのもマナの縁があると思いますし。 それにミリアに同じ年頃の友達ができてうれしいんですよ。」
子供達は初めての鍋を大興奮でお腹いっぱい食べて、そのあとまたお兄ちゃんとマックスと遊んで、いつもはもう寝てる時間なのか順番に睡魔に捕まっていった。
ミリアも私の背中で可愛らしい寝息を立てている。
やっぱり子供同士なのか、ミリアはすぐにエルナや他の子供達と仲良くなって一緒に遊んでいた。
種族関係なしに仲良くできるってのは子供の特権だな、うん。
フェリシアさんと晩御飯の後に交渉して、私達が討伐で出かける日はミリアを預かってもらうことにした。
その代わりといってはなんだけど、これからの食事関係は私らが全部面倒をみる約束で納得してもらった。
とにかくおチビちゃん達に毎日腹いっぱい食べさせてやりたいのだ。
それに今までミリアを預けていた託児所は金持ちが多いのか、素性のしれない私とその家族のミリアには隔意というか、ミリアが仲間外れにされるような感じがあるのがミリアから読めたマナから分かったしな。
少なくともここみたいに、他の子供達と楽しさ全開ではしゃぐとはいかなかったみたい。
楽しい方がいいと思うよ、人生。
そちらが大損じゃないかい、と心配するフェリシアさんに言われたけど、使い切れないほどにあぶく銭を稼いでいるので有意義に使いたいと伝えて納得してもらった。
よーし、もうちょい本気だして稼ぐかな。
みんな腹いっぱい食わしてやるよ!
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