9 帰還
ミリアに加護を与えた後、机と椅子と調理器具を収納袋に仕舞って皆のところに戻った。
帰りはミリアがはしゃぐので気分が悪くならない程度に、ちょっと高めに飛んだり速めに飛んだりしたら、ミリアがキャッキャッと嬉しそうに手を叩いてはしゃいだけど、可愛すぎるじゃないか。
「お待たせー。」
「おう、お帰り。」
「お帰りなさいませ。」
お兄ちゃんとマックスに続いてサムエルさん達も迎えてくれた。
(おっ)
(加護をお与えになりましたか)
二人から聞かれた。
(うん、よろしくね)
ミリアはまだ幼いから私の竜の魔力が体に馴染むまで数日かかるかもだけど、加護を受けた者同士は念話で意思疎通が出来るようになるし、身体能力にも常識の限界を突破するほどの飛躍的な伸びがある。
落ち着いたらいろいろお姉ちゃんが教えてやろう。
楽しみだな、ウヒヒ。
まーたバカなこと言ってるよ、みたいなのが二人のマナから感じられたけど、どう思われても私は一向に構わないのだ。
なんてったって可愛い妹の育成計画だからな!
「ちょうど素材も集め終わったところだ。」
サムエルさんの声が私の妄想を破って、目の前にスキュラの素材が広げられる。
それぞれの個体から魔石がひとつづつ、後は触手の先っちょや上半身の手なんかが魔法の触媒として高値で売れるそうだ。
その辺はさっぱりわからないのでサムエルさんに丸投げ、もといお任せしておいた。
角ウサギやら青毛グマ、大猪やらねじれ角牛とかならお肉そのものも人気があって皮とかも全部売れるみたいだけど、さすがにスキュラの肉を食べる人はいないみたいだ。
見るからに毒でもありそうだからなあ。
私なら食べても平気なんだけど、不味いものは食べたくはないしな。
「こんな大きな魔石、めったにお目にかかれないな。 純度も高そうだし、市場にもあまり出回らない大きさだ。」
相場とかさっぱり分からない私達のために、サムエルさんがひとつを手に取って説明してくれた。
「これ一つで金貨十五枚ぐらいで売れるだろう。 三つで四十五枚。 他の素材も大量にあるからそれも合わせたら、だいたい金貨百枚ぐらいで売れそうだな。」
えー、それって街の屋台で売ってた串揚げが一本小銅貨七枚だったから計算すると、ひーふーみーの。
「屋台で売ってた串揚げが一万四千本以上も買えるってこと? 結構すごいじゃん。」
「お嬢、何で計算の単位が串揚げなんだよ。相変わらず食い意地はってんなー。」
「お嬢様の飽くなき食への情熱、流石でございますな。」
むむっ、即座に笑いながら突っ込まれた。
まあいいや。
「じゃあ街に戻ってギルドに行きましょう。 約束通りにみんなで山分けで。」
私も街に戻ったら何か食べようっと。
「いや、先ほども言ったが、何もしてないのに貰う訳にはいかな」
「サムエルさん、約束は約束ですよ。 私は約束は守るし、守ってもらいます。 受けた恩も忘れないし、恨みも忘れません。ママから言われている家訓みたいなものです。 私のためにも受け取ってもらいますね。」
サムエルさんから遠慮が入ったが、ぶった切って笑顔で宣言。
正確には「恩と恨みは三倍返し」がママに言われた言葉だ。
「サムエルさん、お嬢が言い出したら聞かないからここは受け取ってくれませんか? いろいろとお世話にもなったし。」
「左様でございます。 これからもお世話になるのは確実ですので、その授業料の前払いとでも思っていただけましたら。」
お兄ちゃんとマックスも、それぞれに援護してくれた。
自分で倒してないのに報酬をもらうってのは上級徒党の長としての誇りが許さないらしいけど、私らのお願いに本当に渋々って感じでサムエルさんも折れてくれたけど、今回だけってことで納得してもらった。
長居は無用なので早々に引き上げたけど、帰りの馬に揺られてすぐにミリアがコックリコックリと船をこぎ始めた。
もちろんミリアは私の馬に一緒に、私の前に乗せている。
今までの緊張の反動かお腹もふくれたので睡魔に完敗状態だけど、安心できるように私のマナを繋いでいるからゆっくりお休み。
早く街に戻るのに飛翔魔法で近くまで飛んで行くか、いっそ転移魔法を使ってももよかったんだけど、これからの事を話しながらゆっくりと帰ることにした。
馬も返さないといけないしな。
サムエルさんには四人で住む部屋のおすすめの場所、特にミリアみたいな小さな子供がいる場合のを聞いて、お兄ちゃんとマックスは逆にアッシュさんとレイラさんから質問攻めにあっていた。
私達の事は田舎からでてきた勇者とその一行って事にして、ギルドにはサムエルさんから説明してもらうように頼んでおいた。
サムエルさんが教えてくれたけど、現在イタペセリアには他の国の勇者や英雄も何組かが滞在中らしい。
さすがに何万人もいる大きな街だけの事はあるけど、それなら私らの事も何となく誤魔化せそうかな?
もっともそういうのは大抵「陽光」とかの教団とか、それぞれの国にガッチリと所属というか囲い込まれてるから、ギルドなんかには入らないらしい。
確かに貴重な戦力でもあり信者や人集めにも役に立つからな。
因みに勇者ってのは生まれつきの常人を超えた力、固有能力を持っている戦士や魔法使いの事で、独自の魔法や技を使えたりもするそうだ。
対して英雄というのは勇者とかぶっている場合も多いんだけど、生まれながらでなくても強大な力を持っている存在で、私なんかもこれに当てはまるのかな。
とも思ったけど、ママの血脈はちょっと違うような気もする。
両者は似たような存在なので、場所によってはどちらか片方のみで呼ばれたりすることも多いとサムエルさんが教えてくれた。
どちらにせよ冒険者ギルドの等級でいくと、最上級から神級に相当する強さがあるそうな。
確かに英雄とか勇者とか魔王もそうだけど、それだけ強力な存在だと戦場でも一人で軍団に匹敵する戦術的、戦略的な価値があるし、戦局を個人でひっくり返すことも可能だな。
現に私らがそうだからな。
フフフ。
まあどっちにしても都合がいいので、それに便乗して経歴詐称なのだ。
嘘というのはバレなければ嘘でなない、なんとも素晴らしい言葉だな、うん。
ママの娘といったところで信じる人は少ない以上、嘘も方便だよな。
みんなが幸せになれる解決案でしょう。
「あのカクノシン殿じきじきに雲幻流を!? いや、生きておられたのも驚きだが、ギャレット殿の先ほどの一撃を見たからには、それもうなずけます。」
「師匠は生涯現役主義だそうで、いまだに毎日修行漬けで、まだまだ敵いませんよ。」
「王都にはかつてカクノシン殿の師範代だったギルバルトという人が道場を開いていますが、行かれましたか?」
「いや、そこに向かう途中でひょんなことから今につながっているんですよ。」
「並列展開に必要なのは何はともあれ総合的な魔力です。 これは鍛えるしかありません。 しかし、同じ魔法の直列展開には組み合わせ順、それぞれの魔方陣の大小と式の複雑さや発動順序によって、理論的には二十二層までは」
「ちょっと待って。 じゃあその組み合わせの順序や発動をあらかじめ登録しているって訳?」
お兄ちゃんとマックスが、アッシュさんとレイラさんとそれぞれの興味分野のお話をしているのが聞こえる。
確かに私も含めて雲幻流の免許皆伝とか、マックスや私みたいな魔術師なんかは他にはいないと思うし、二人にしてみたらいろいろとこの機会に話したいこともあると思う。
レイラさんもエルフにしては八十歳と若いと判明。
だから好奇心旺盛で外の世界に出てきたそうだけど、その分魔術に素養のあるエルフとはいえまだまだ修行が必要なようだな。
カクノシンおじさんの雲幻流は、既存の流派における単なる物理的な力の戦技から「使用者の魔力と闘気を武器に伝えて戦う」という革新的な技術を取り入れた。
それによって既存の流派における武器への魔力付与、もしくは魔力武器への依存を無くして、たとえ棒切れでも使用者の力量しだいでそれらと渡り合うことを可能とした流派だ。
しかもその性質上、使用者の魔力や闘気の強さ、それを攻撃に練り込む技量次第で防御力を無視、もちろん強い武器を装備すればその分威力も爆上げという、他からみれば反則だろうといいたくなる流派なのだ。
遠距離からだと魔法攻撃がもちろん有効なんだけど、相手も素の耐性に加えて大抵は障壁を張ったり、さらに耐性のある装備をしているので、近距離なら雲幻流で斬った方が大抵は早いのだ。
なんたって相手がよほどの装備してない限り、耐性があっても関係ないからな。
もっとも必要技量の多さと深さ、魔力と気の操作技術に生まれつきの能力と使いこなす天稟が必要になるので、モノになるまでの修行は半端じゃなくしんどい。
確かに五歳から教えてもらってたけど、今でも剣の勝負じゃカクノシンおじさんに勝てる気は全くしないわ。
カクノシンおじさんはママの眷属だし、ほぼ無限にある時間をみっちりと修行に使っているし、ますます強くなってるからなあ。
お兄ちゃんとアッシュさんの話にも出てきたけど、今はヴェラリオン王国の王都ヴェラールにのみ、カクノシンおじさんの一番弟子だったギルバルトという人の道場があるという話だ。
そのうちに行って技を比べてみたいもんだな。
私は竜の魔力があるから魔力と闘気の操作には苦労しなかったんだけど、それを考えるとお兄ちゃんって、やっぱりすごく才能もあって努力もしてたんだなあ。
最初の方は毎日毎日、冗談抜きで血ヘド吐きまくりだったし。
今でも剣のみの勝負だったら私よりお兄ちゃんの方が強いしな。
魔術の方は、それにも増して生まれつきの才能が物をいう世界だ。
魔力のあるなしは生まれつきで、持って生まれてくるのはだいたい十人に一人ぐらい。
そのうちのさらに十人に一人が放出系の才能がある。
ギルドで最初に驚かれたのもそういう理由だ。
お兄ちゃんも元々魔力はあったけど、放出系の才能は無かったらしい。
自分にかける補助系とかは使えるけど、手や触媒を通じて放出する系統の魔術は使えないから雲幻流を志したそうだ。
ママの加護を受けた後は何でも使えるようになったはずだけど、どっちつかずになるのが嫌だったから剣一筋に絞って、放出系は使ってない。
お兄ちゃんがママの加護を受けたのは私が四歳ぐらいの時だし、私は覚えてないけど。
そして放出系の才能があっても、そこから何年も何十年も勉強と実践の繰り返しをして、魔力の強化や制御やら術式をモノにしないと魔術師として認められないらしいわ。
いままでの研究とかは世間にもある程度公表されているので、魔術師を志す人は最初にそれを習得して、その後にいろいろな組み合わせを試して新しい呪文を開発、強化していくのが普通だそうだ。
私の本当のお母さん、私を生んでくれた人は魔法の天才だったらしい。
その師匠が賢者オーランドという世界有数の魔術師という話だ。
その人も偶然か、このヴェラリオン王国にいるらしいし、そのうち会ってみてお母さんの話とか聞きたいもんだわ。
古代レガリオンの王国時代から帝政時代にかけて、今の世界で知られていない魔法や失伝した魔法がいっぱいあったと世間では伝説のように伝えられているけど、実際いっぱいある。
ママや他の五柱のお姉さんの城にその辺の記録が全部あるし、ママのところではバルメロイさんが趣味で全部の呪文を習得してたし、ママ達のくくりでは禁呪を含めて教えてくれた。
マックスもいくつか禁呪も使える。
と言っても威力はともかく、この世界のマナの循環を乱すようなのをママ達が禁呪と指定したから、もちろん使うつもりもないけどさ。
この世界を守ってる障壁に一時的に穴をあけて星屑召喚とか、超広域天候操作とか、世界の竜脈を乱したり力を吸い取ったりとか、不死者を大量に生み出すのが禁呪指定されてる。
確かにどこかの阿呆がこんなの発動させて、世界のマナの流れが乱れたら私もガチギレしますわ。
バルメロイさんが開発や復元した呪文も教えてもらったけど、古代レガリオン時代に使われていて現在一般には知られていない魔法といえば、時空魔法が代表的なものかな。
時間と空間を操作する魔術体系で現在は失われた技術とされている。
だから古代王国の遺物、時空魔法のかかった収納袋に代表される道具には、一般とはかけ離れた値段がついている。
新しく作れないし修理もできないからな。
あとは重力魔法も失伝しているみたいだ。
マックスは突っ走る私を止めるのにしょっちゅう使ってくるから私には珍しいものでもないけど見る人が見れば驚愕モノらしいけど、それを喰らい慣れてる私って何なの。
「お嬢様を止めるのに、言葉だけでは不可能なのです。」
だそうだが、確かにそうだな、うん、反論の余地なしだわ。
こっちは攻撃以外では便利な使い道は思い浮かばないな。
私には竜の魔力があるから威力はやたら強いんだけど、それ以外の魔力の制御とか伝達とか術式展開とかの技術はマックスの方が断然上だ。
術式を呼んでも全く理解できんし、もちろん自分で構築とかは最初っからお手上げだし、基本的には常に最大火力でぶっ放す以外は出来ないのだ。
その古代レガリオン製の魔法道具やら触媒やらも、ママの城の地下一階をまるまる使った倉庫にそっくり残してある。
それがきっかけでお兄ちゃんと出会ったんだけども。
一般的にも魔力を使った道具は普通にあって、代表的なのはさっき料理するのに使った調理器具などだな。
魔石に火の魔力を充填して魔力を使い切ったらまた充填という感じで使用して、調節機能は器具の方で行うようになっている。
暑さ寒さ用の水、風、火の魔石の入った空調道具、洗濯用に水の魔石の入った洗濯機、照明用の光の魔石が入った各種照明道具など普通にどこにでもある。
だから需要は絶対になくならないし、放出系の魔力さえあれば大層な地位とかを目指さなくても、基本的に生涯食いっぱぐれなしだそうな。
アッシュさんとレイラさんの二人のマナから渇望の感情が流れてきたのに、なんだか少し後ろめたくなっちゃったわい。
私はママから竜の魔力を受け継いだからマナそのものを操作できる。
マナとは命の根源、生命力そのものだ。
だから少なくとも雲幻流の修行でも、魔力の操作やバルメロイさんからの呪文の習得で苦労した覚えがない。
最初から努力して自分の才能を信じて頑張っている二人や、その他大勢の人達が一生かかって得られるであろう力を遥かにしのぐ力を、私はママから無条件で与えられた。
それに良し悪しはないけれど、その使い方次第でママに貰ったこの力が良くも悪くもなるのは忘れないでおこう。
それにそこからは一生懸命に努力もしたし、それを無駄にはしたくないしな。
ミリアが馬から落ちないように支えながらそういうことを考えているうちに、イタペセリアに着いた。
帰りも問題なく門で受付をして、街中に入った。
馬を返して、眼をこすりながら寝ぼけているミリアを抱きかかえてギルドに向かう。
ギルドで報告をした時にはまた一騒ぎあったけど、サムエルさんが打ち合わせ通りにうまく説明してくれて、田舎から出てきた私ら勇者御一行と力を合わせてスキュラを討伐したと、話を適当に作ってくれていた。
勇者なら奇妙な装備も納得だ、とか聞こえてきたけど私の事じゃないよね?
久々の大物の素材の入荷で興奮しているのか、受付のお姉さんの尻尾もちぎれんばかりに左右に振られてるわ。
説明するサムエルさんの頭が汗で光ってテカテカしていた。
ホント、ごめんなさいです。
本当にお世話になったので助けがいりそうな時には手伝おう。
素材報酬は全部でキリのいい金貨百二十枚で引き取ってくれたので、きっちり折半して金貨六十枚を手にした。
イタペセリアの人気住宅街に家族向け一軒家を購入すると、金貨三百枚から五百枚ぐらいが相場なので、一回の報酬としては破格かも。
冒険者が一攫千金を夢見る人間の職業ってのは、こういうのがあるからかねえ。
それでも失敗したら失うのは自分の命なので、割がいいのか悪いのかは分からないけど。
とにかく結構なお金が手に入ったけど、家を買うにはまだちょっと足りないな。
ミリアも早く休ませてやりたいし、今日はとりあえず宿屋にでも泊まってゆっくりするか。
「サムエルさん、アッシュさん、レイラさん、今日はありがとうございました。 また明日からよろしくお願いします。」
ささっと挨拶をして野次馬達に捕まらないうちにギルドを後にした。
ミリアは今は眼が覚めてキョロキョロしているので、はぐれないようにしっかりと手をつないだ。
ギルドからそれほど離れていない場所にある結構大き目の宿屋「竜の翼」、ここがしばらくの私達の拠点だ。
なかなかいい名前の宿屋じゃないか、うん。
名前で決めたわけでもないけど、ギルドおすすめの宿屋でご飯も美味しいらしい。
ギルド御用達だけあって魔族のマックスや獣人ミリアと、ついでに私の外見にも特に問題にされることはなく、私とミリア、お兄ちゃんとマックスで一部屋ずつ、食事つきでひと月分を前払いで頼んだ。
合計金貨十枚と銀貨五枚だった。
よっしゃ、明日から上級狩場で狩りまくって、ミリアのためにさっさと家を買うぞ!
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