幼年編1
「ふふっ、よく寝ておる」
豪華なゆりかごですやすやと寝息を立てているミリアムを、我ながらとろけそうな笑顔で見ているのじゃが、自分がこんな風になるとは少し前までは想像も出来なんだわ。
すべすべのほっぺたを指でつんつんしたい誘惑をこらえるのは何度目か分からぬ。
何度か我慢できずにやってみたが、その柔らかさよ。
一度はミリアムがふにゃふにゃと起きかけたので、あわてて指を離した。
起きていても寝ていても可愛いのう。
「アリシア様、そろそろお時間です。」
この至福の時を邪魔するのがバルメロイの奴じゃ。
「もう少し。」
短く答える。
「アリシア様、それはすでに十五回目です。 お支度を。」
間髪入れずに強く返答が返ってきた。
ぬう、仕方あるまい。
「ミリアムよ、少しだけいい子で待っておるのじゃぞ。 マリア、頼むぞ。」
かなりの努力でミリアムから視線を外して、初日から乳母というか世話役として来てもらった者に向けた。
三日ほど経っておるが、なかなかよくやってくれている。
いや、あのときは焦ったのう。
自分が焦るなどというのがあるのは想像もせんかったが。
ミリアムを我が娘としてしばし、最初に人間の母親の亡骸を丁重に清めるように命じて、転送元の様子も調べるようにした後の事じゃ。
それまでニコニコしていたミリアムが、突然「火のつくように」という表現の通りに激しく泣き始めた。
「ど、どどどどうすればよいのじゃ!!??」
ミリアムを胸に抱いたまま焦ってクルクルと回る。
はるか昔に人間が赤子をあやしていたのをなんとなく見ていたので、その様子を思い出して上下左右に振ってみる。
泣き止まないではないか!
むしろ、もっと激しく泣きはじめたぞ。
どうしようもなく、また無意味にミリアムを抱いてクルクル回る。
このような姿、他の五柱に見られたら何を言われるかわかったものではないが、それどころではない。
可愛い娘が泣き止まぬ!
「アリシア様、落ち着いてくださいますよう。 マリア、これへ。」
バルメロイがうながすと、後ろから中年の女が現れた。
「この者、子を育てた経験がございますので、アリシア様のお手伝いとして連れてまいりました。」
いや、バルメロイと同じく魔族じゃから見かけどおりの年かはわからんが。
おう、流石はバルメロイじゃ!!
やることは早く、そつがないのう。
先ほどまでの取り乱しようが嘘のようじゃ。
無表情ながらその下にドヤ顔が透けて見えるわ。
「……マ、マリアと申します」
バルメロイに背中を押されてマリアが進み出たが、顔色は魔族じゃから青黒いので良く分からんが。震えておるではないか。
声も震わして小声で挨拶をしてきたわ。
「恐れながらアリシア様、今放出されておりますマナはこの者には少々強すぎるようです。」
言われて初めて気づいたが、ミリアムが泣きはじめてから妾から不安定な状態のマナが出っ放しであった。
これほどまでに感情に左右されるとは、新事実に自分もビックリじゃわ。
マリアは普段は下働きをしているようで、執事長のバルメロイでさえ口を聞いたことはないかもしれん。
妾も見るのは初めてじゃ。
それが突然に呼び出されておびえておるのやもしれん。
しかもその相手が人間の赤子を抱えて踊っている、訳ではないが踊っているように見えたら無理もあるまい。
じゃがとにかくミリアムじゃ!
ミリアムが死んだら妾も死んでしまうぞ。
「マリアよ、妾の娘が泣き止まんのじゃ。 いや、そもそも人間の赤子の世話の仕方がさっぱり分からん。助けよ。」
何とか気持ちを落ち着けてマナの放出量を減らして、分かるように説明した。
後で思うと、人間の赤子が自分の娘であるとか、自分の娘であるといいながら世話の仕方がわからんとか、突っ込みどころしかない言葉じゃったな。
あの後マリアにミリアムを見せると、泣いていたのはおしめの交換が必要だったと分かった。
しかし替えのおむつに古代王国の聖布を使用しようとしてバルメロイに怒られたり、今度は食事が固形食は駄目とかで急遽転移魔法で牛を買いに行かせたりとか、慌ただしかったのう。
しかし、この三日間で妾もすでに子育ては学んだ。
マリアのやることをじっくり見ておったからのう。
妾の子育てに最早隙はないわ。
気持ちよく過ごしてくれよ、ミリアム。
おっ、この泣き方はミルクじゃな。
泣き方でおしめかミルクかの判別もバッチリじゃ。
他の五柱には見せられんドヤ顔でミリアムにミルクを与えたが、少し後に「クプッ」という声というか音を出してミルクを派手に吐き出しおったわ!
「ど、どどどどいいうことじゃ!! どうしたらよいのじゃ!! も、もしかして病気か!!?? マリアーッッ!!」
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