8 ミリア
さて、これからどうしようか。
とりあえずはミリアに何か食べさせてやりたい。
助かったのが分かって落ち着いてきたら、すぐにミリアのお腹がぐうぐうと派手な音を立てはじめたからな。
仲間とはぐれてから三日間、ほとんど水しか飲んでないみたいだわ。
傷は治して疲労や活力も元通りにしたけど、それを維持するためには食べないとダメだ。
「この子がお腹空いて死にそうだからとりあえず何か食べさせるわ。 ちょっと戻ったところに乾いた空き地があったから。」
「おう、じゃあ魔石と素材は適当に回収しとくぜ。 サムエルさん達もそれでいいかな?」
「そうそう、約束通りに、素材の報酬は山分けね」
声をかけた私に、お兄ちゃんが素早く提案してくれたし、付け足しておく。
「あと、付き合いというか、対応もいままで通りにお願いしますね。」
とさらに付け足しておく。
「あ、ああ分かった。 回収はそれでいいが、さすがにこちらは何にもしてないのに貰う訳には」
「約束は約束ですよ、サムエルさん。 お世話になったし、受け取ってもらいます。 じゃあ、あとよろしくー。」
サムエルさんは断るのが分かってたので言葉をかぶせて強引に話をまとめた。
お兄ちゃんとマックスに後を頼んで、ミリアを抱えて飛んで少し戻る。
もうバレちゃったので遠慮なしに飛翔魔法を使えるわ。
あまり高く飛ぶと怖がるかと思って、大人三人分ぐらいの高さを馬のだく足程度の速さで飛ぶ事にした。
展開している魔方陣も今度は四層にしておいたけど、道に関係なく直線で飛んでるし馬を走らせるよりずっと速い。
「おそら、とんでる……」
さっきまでは無口だったミリアがポツリとつぶやいた。
反応があったので覗き込むと、眼を大きく開けていた。
「うん、お姉ちゃん飛べるんだよ。 怖かったらもう少し低く飛ぶよ?」
「ううん、だいじょうぶ。 すごいね。 おそらとべるなんて。 おとなになったらだれでもとべるの?」
オイオイオイ、すごいねって褒められちゃったよ!
どうするよ、メチャ嬉しいんだけど。
「そうだね、ミリアも大きくなったら飛べると思うよ。」
「じゃあ、がんばる……」
よーし、お姉ちゃんがいろいろと鍛えてやろうじゃないか!
街に戻ったら早速「ミリア英才教育計画」を発動だな!
じゃあその前に家とかも決めないといかんな。
当分はイタペセリアに落ち着くことになるかなー。
私の頭の中がミリアとの新生活一色に染まったまま飛び続けてしばし、それほど遠くなかったので空き地に到着。
私の収納袋から机と椅子を出してミリアを座らせて、魔石を使った調理台と器具も引っ張り出す。
「ちょっとだけ待っててね、すぐにできるから。」
ついでに風よけのために魔法障壁でまわりを囲っておく。
フッフッフ、ママに持たされた山盛りの食材は返さずに持ってきたのが、まさにこの瞬間に火を噴く時がきたようだな!
とはいえ、何を作ろうかいな?
東方料理以外はあんまし自信がないし、東方料理ですぐできて栄養があるもの、なおかつ消化にいいものか……
味噌煮込み雑炊に決定。
魔石で動作する鍋に、最大に魔力を込めた十四層の魔方陣を展開して水を満たす。
初級魔法をここまで無駄に強力に使用する人はいないんじゃないかとも一瞬だけ思ったけど、そこは愛情ってことで。
お湯を沸かしている間に素早くカツオブシを削ってダシの準備だ。
カクノシンおじさんから東方料理皆伝を許されたときにもらった極上品だし、削っただけでいい匂いがしてくる。
その後に素早く野菜と鳥肉の下ごしらえして、卵もといておく。
全部ママのお城で育てている素材だから、外の世界の食材にはありえない濃度でマナが含まれているのだ。
これならミリアも一発で元気になるであろう!
ついでに私もお肉や野菜に触りながら、追加のマナを特盛りで注入しておいた。
ママの魔石で作られた私の収納袋の中は時間が固定されているので、入れた時そのままの鮮度で保存しておける。
私が持ってる世界で一つのは別にしても、古代のレガリオンの遺物の中では一番需要があって、高値で取引されている品物だ。
レガリオンが共和制だった初期の収納袋でも、空間魔法が展開されてるから見かけは小さな袋でも中は家一軒分ほどの広さがあるのもザラだ。
そしてレガリオン後期帝政時代に作られたのになると、さらに錬金術と時空魔法の応用によって中身の時間も停止、あるいは大幅に時の流れを遅く出来る性能があるし、一般にも高級料亭とか王室とかそのへんになると必ず使用されているらしい。
なんたってそれがあると素材の鮮度が違うからな。
お湯が沸いたのでさっとダシをとって、鳥肉を入れる。
時間がないのでコメは炊いてあるのを取り出してそのまま投入。
ダシで一から炊いたらもっとおいしくなるけど、時間がないから今はこれでいこう。
野菜を入れて、いい頃合いで味噌をとく。
そして最後に卵をとじるようにゆっくり投入、フタをしてしばし待つ。
いい匂いをかいでいたら、何だか私もお腹が空いてきたわ。
我ながらなんという燃費の悪さよ。
竜の魔力を使いこなせるようになるまでは、最低でも数百年はかかりそうだから当分はこのまま食いしん坊生活が確定だからなあ。
蓋を開けたらダシとお味噌のいい匂いが私の鼻腔を直撃してきた。
むむ、やっぱり自分の分も作ればよかったかな。
東方料理最高だな。
「はい、お待たせー。 熱いからゆっくり、良く噛んで食べるのよ。」
お鍋をお椀とさじと一緒にミリアの前に並べる。
作っている最中からミリアが匂いにこっちをガン見していたけど、今も視線は雑炊に釘づけで一瞬たりとも逸らさないわ。
三日間ほぼ飲まず食わずだったらそうなるわな。
「こ、これ、ほんとうにたべていいの?」
それでも、ミリアはおずおずという感じで聞いてきた。
「もちろん! ミリアのために作ったんだよ? よーく噛んで食べるのよ?」
こんなにお腹が空いているのに遠慮というか聞いてくるってことは、前から食事するときには遠慮しないとダメな環境にいたってことかあ。
やっぱり孤児だと生きていくだけでも辛いんだな。
でもこれからはお姉ちゃんが、いつでも腹いっぱい食べさせてあげるよ!
今思えば、私もいつでも好きな物を好きなだけ食べさせてもらってたからな。
鍛えに鍛えた東方料理の腕、振るい甲斐があるってもんよ!
「ありがとう、おねえちゃん!」
お、お姉ちゃんですと!?
しかしミリアからの甘美な響きに私の妄想は中断、感激のマナが私の体内をグルグルと勢いよく循環し始めたわ。
ミリア、欲しいものあったら何でもお姉ちゃんに言うようにな!!
いやいや、甘やかしすぎたらミリアのためにはならんし……
でもお願いされたら断れる自信はまったくない。
外見を取り繕いながらも脳内ではそんなことを高速に考えている間に、ミリアが匙を掴んですくった雑炊をフーフーと冷ましてたけど、我慢できなくなったのかすぐに口に入れた。
むむ、もうちょっと食べやすい物の方が良かったかな?
と、ミリアの動きが止まった。
さじを口に入れたままで動かない。
どうしたと思ったら、ミリアがボロボロと泣き出した。
涙がみるみるあふれて頬をつたっては机にポタポタと垂れはじめた。
「ど、どどどどうしたの、ミリア!!?? やけどでもした? それとも不味かったの??」
東方料理には自信があるけど、食べたことないから口に合わないのか!?
慌てて駆け寄った私にも気付かないように、ミリアは匙を口に入れたそのままの姿勢でしばらく泣き続けた。
心配でたまらんので、後ろから両肩をそっと包んでマナを合わせる。
ミリアの心が流れ込んでくる。
幸せ
初めて
嬉しい
幸せ
おいしい
初めて
幸せ
初めて
おいしい
ミリアの感情が次々にとめどなく繰り返されていた。
分かった。
この子は今まで、面倒をみてくれる人はいたけど、本当に愛された事や、抱きしめてもらったことは無いんだな。
自分のために誰かが暖かい食事を用意してくれたこともなく、愛されているって実感もなかったに違いない。
すごく切なくなった。
いや本当に、お姉ちゃんすごく切なくなったよ。
ママの素材のマナの濃さと私が込めたマナで、誰かが自分のために向けてくれる愛情を直接に感じ取れたのか。
私がミリアぐらいの時にはママの城でママ、カクノシンおじさん、バルメロイさん、ギャレットお兄ちゃんにマックス、アルベルトさんやマリアにアビー、フリットさんらに囲まれていつもおいしい物を食べて、柔らかいお布団でヌクヌクと好きなだけ寝て可愛がられていた。
良く考えたらすげー甘やかされるじゃん、私。
文字通りの上げ膳据え膳の乳母日傘だよ。
どこのお姫様って感じでミリアに恥ずかしいわ。
でもミリアはいままでそういうのを一度も与えられていなかったんだ。
でもっ、これからは違うよ!!
私とお兄ちゃん、マックスもいるし、嫌と言っても幸せにしてやるよ。
ミリアに拒否権はありませんから!
「こんなにおいしいの、食べたの初めて……」
「そう、良かった! これからいくらでも、もっとおいしい物をいっぱい食べられるよ! まだまだこの程度で満足してもらっては困るな! 味噌雑炊は東方料理の中でもまだまだ小物、大物がまだいっぱいあるからね。」
切なさを隠して、そう呟くミリアにこれ以上はないって笑顔で宣言する。
我ながら意味不明なことをまくし立てたのか、ミリアもキョトンとしていた。
「ま、まあ、良く噛んで、たくさん食べなさい。」
ちょっと恥ずかしかったので誤魔化した私の言葉に、ミリアは一心不乱という言葉がぴったりの勢いで味噌雑炊を食べていった。
「ありがとう、おねえちゃん。 とってもおいしかった。 こんなにおいしいもの食べたの、ミリアはじめて。」
鍋はすっかり空で、一粒のコメも汁も残っていない。
よしよし、頑張って食べたな。
今日の晩御飯とは言わず、これからの食事は全部お姉ちゃんに任せておけ!
「ありがとう。 じゃあさっきのところに戻って皆と街に行きましょう。」
私が言ったのに、ミリアがちょっと不安そうな顔をしたけど、これからどうなるかを想像したのかな?
「ミリア、さっきも言ったけど今日から私がお姉ちゃんで、ミリアが妹になって、お兄ちゃん二人と一緒にみんなで暮らすんだよ? 心配することはなーんにもないんだよ?」
安心させるようにゆっくりと笑顔で伝える。
何か障害があっても、力ずくで解決すりゃいいわ。
考え方がますますママに似てきたような気もするが、気のせいだよね。
「え、でも……」
「ミリアはお姉ちゃんの妹になるのは嫌?」
お願い、嫌とかいわれたら再起不能になるかも。
ミリアは顔をフルフルと振って、ケモノ耳がピクピクとつられて動いた。
おー、良かったー。
嫌われてはいないな、よーしよし。
よっしゃあ!!
「じゃあ、よろしくね。 お姉ちゃんの名前はミリアム。 ミリアと一字違いだよ。」
「でも…… わたし獣人だし……」
何じゃい、そんなことを気にしてたのかい。
ミリアの両脇の下をかかえて持ち上げて、グルグル回す。
「お姉ちゃんも人間じゃないんだよ。お兄ちゃんも一人は違うし、もう一人も普通の人間じゃないし、誰も気にしないよ。」
抱いたまま顔を近づけて眼をみながらゆっくりと言い聞かせた。
マックスはそのまんま魔族だし、ギャレットお兄ちゃんもある意味人間辞めてるから間違ってはいないだろう、うん。
マナが見える私には人間のような他種族への偏見なんかはないし、可愛い妹に文句があるやつはぶちのめすだけだ。
いや本当、ミリアをいじめたりする下種がいたら容赦しないよ?
地獄見せたるわ!
今までの食事事情のせいでミリアは小柄であばら骨も浮き出ているけど、ちゃんと食べて年相応にふっくらすればミリアは美人になりそうだ。
鼻筋もとおっているし、眼もクリッとして可愛い。
ミリアは嫁には出しません!!
「でも……」
ミリアがまだうつむき加減で言ってきたわ。
お姉ちゃんはミリアにそんなしょんぼりした顔はして欲しくないんだよ。
いや、させません!
しゃーない。
お姉ちゃんの秘密を見せてやろうじゃないか。
ミリアを抱いたまま、体に竜の魔力を循環させると体を覆っている「赤竜」が赤みを帯びる。
「ハッ」
それを一気に解放して、竜人形態に変身した。
出来るだけ抑えるように気を付けてはいたけど、一気に放出された竜の魔力の余波で私を中心にして、マナを含んだ突風が吹いて周りの木々を激しく揺らす。
抱いてないとミリアも転がったかもしれない勢いだ。
体内のマナの循環の量と効率の激増を実感。
やっぱりこの形態は強いわー。
使った後のお腹の減り具合も尋常じゃないけどな!
この姿になっても、人間の姿とはあまり違いは無いと思う。
一番の違いといえば、両方のこめかみの上あたりから生えている二本の角かな。
途中で一段折り曲げたようになっている角が、手のひらほどの長さで直立している。
この姿の竜の魔力の循環の中心なので、両方とも淡い赤色でぼんやりと光っている。
この状態で魔法とか技とか使うと、その瞬間は赤く光って格好いいんだよね。
フッフッフ、ひそかなお気に入りなのだ。
あとは瞳の色が真っ赤になってるとか、意識を集中したり攻撃を受けたりしたら、うっすら鱗が浮かび上がるぐらいかな。
まあ、「赤竜」や竜の魔力の障壁を突破して攻撃を受けるなんてのは、ほとんどないと思うけど。
どっちにしても大した違いじゃないだろ。
あと、成長しきったらこの姿でも尻尾が出てくるらしいけど、私はまだまだかかるだろうな。
それはそれで楽しみなんだけどな。
(お嬢、どうした?)
(どうされました、お嬢様?)
二人から念話が飛んでくる。
そりゃそうか。
(いや、成り行きというかなんとなく。 話はあとで)
返事は言葉としてはなかったけど、二人のマナからはやれやれという気持ちが流れてきたわい。
そんなことよりミリアだ。
直に触れ合っているので、流れるマナから私が誰とか、どういう存在かってのがミリアに直接伝わる。
「おねえちゃん、竜のかみさまなの?」
「ううん、神様なのは私のママよ。 私もミリアと同じように赤ちゃんの時に一人になったけど、ママに助けてもらって育ててもらったの。 だから今度は私がミリアを助けたいのよ。」
マナで伝えていることを、眼を見つめながら繰り返す。
「だから、これからよろしくね! ミリア。」
私から流れるマナから嘘偽りのない気持ちを感じて、ミリアの眼から涙がぽろぽろと零れ出して、しゃくりあげるように泣きはじめた。
でも今度は心配しなかった。
嬉しいという感情がマナから読み取れたからな。
「お、おねえちゃん、ありがとう。 わたし、うれしい。」
それを聞いてミリアをまた抱きしめちゃったよ。
顔が笑いのままで元に戻らんわ。
私のマナの一部をミリアのマナに与えて同化させる。
「竜の加護」だ。
それが私が与えた記念すべき最初の加護だった。
こうしてミリアは私達の妹、家族になった。
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