7 討伐
目的地までは馬で二時間ほどの道のりだが、私達は馬を持っていないからどうしようかと思っていたら、またまたサムエルさんがギルドのお姉さんに交渉してくれて、ギルドの貸し馬を利用できることになった。
本来なら中級以上に限定されてるらしいけど、私らも上級の臨時徒党員の扱いで借りられるようにしてくれた。
いやホントに面倒見がいいな、この人。
いきなり全員分買えるほどの通常貨幣は持ってないけど、なるべく早めに馬を買うようにしよう。
しかしギルドに実際に行って思ったけど、私達は思った以上に一般の世界とは隔絶した力があるみたいだな。
なるべく目立たないって決めてたけど、絶対に無理っぽいわ。
どうせ目立っちゃうなら、逆に突き抜けたほうがいいのかも知れんな。
もし私達の他にも飛翔魔法や転移魔法を使う人がいれば、こちらも遠慮なく使えるし、それとなくもう一度調べてみるかな。
それぞれの馬にまたがってギルドを後にした。
ちょっと走ると入ってきた城門に着いて、そこを出る時にギルドから渡された腕輪を見せて、目的地を告げたらすぐに通してくれた。
へえー、信用はあるんだな。
「そりゃそうさ。 ギルドに所属してる上級の冒険者ってことはある一定の信用があるからな。 お嬢ちゃん達も今日は上級扱いだから確認もなしってわけだ。」
私が感心のが顔に出てたのか、サムエルさんはそれを見てドヤァと言わんばかりの表情になったわ。
頭のテカり具合もなんだか三割増しな感じ。
「まじめに働いてギルドに貢献していれば、いろいろと得られるものもある。 その逆に、もし何かやらかそうものなら、立場とかいろいろ失うことになるから気をつけろよ。 まあ、お前らは金には困ってなさそうだが。」
サムエルさん、ギルドの中でも一番上の徒党を率いていて、本人も結構強くてこの面倒見のよさとなると、人望もあるだろうな。
ホントにいい人だわ。
馬に無理をさせないように並足で走らせる。
私達はマナを馬につなげているので、もともとおとなしい馬ばかりだったけどさらに従順になってくれた。
目的地までサムエルさんがほとんど喋りっぱなしで、新人冒険者の心得とか気をつけるところ、はまりやすい誤解、この地域に出てくる魔物の種類や対処法、ギルド施設の使い方、職員の情報にギルド斡旋賃貸の良し悪しの見分け方までみっちりと教えてくれた。
アッシュさんとレイラさんは、私達の装備、私とお兄ちゃんの剣とマックスの燕尾服について聞きたそうだったけど、口を挟む暇がなかったのでサムエルさんの独演会に最後の方は苦笑いだった。
予定通りに二時間で目的地に到着。
湖から下流の河へ流れ出る地点で、周りは全部湿地帯みたいになってて、水草がぼうぼうと生えている。
目撃情報のある地点まではまだ少しあるけど、サムエルさんと残る二人にも少し前から緊張感が満ちていた。
さすがに上級の徒党員だけのことはあるな。
道中とは打って変わったような顔つきのサムエルさんが口を開いた。
このへんの切り替えはさすがに熟練の冒険者って感じだな。
「さて、一応目的地には来たが、どう考えても無謀だ。 約束は約束だから、連れては来たが、このまま帰らないか? もう冒険気分は味わっただろう? 話していて分かったが、君たちはまっすぐで素質もある。順調にいけばすぐにいい冒険者になれるだろう。 何年かすれば中級にも上がれると思う。 そうすればウチの徒党に誘ってもいい。」
いままでのおちゃらけた雰囲気からは正反対の真面目で真摯な表情でサムエルさんはさらに続ける。
「そのためにも、君たちが無謀な行いで命を失うのは避けたい。 命はひとつしかないんだ。 死んでしまっては後悔もできない。 何をするにも、生きていてこそだ。 今回だけは年長者のことを聞いて、言うとおりにしてみないか? 俺に止められて已む無く引き返したとなれば、特に恥にもならないだろう?」
うーん、さっきまでとはまったく違う表情に、情も理も尽くした言葉。
髪の毛はないちょいワル風な風貌にこの面倒見のよさと頼りがい。
確かにこの人の下には人が集まりそうだな。
まあ、とりあえず対象の場所でも把握しとくかな。
常時張っている感知の範囲内には大きなマナはないみたいなので、検知の範囲を更に広げた。
途端、大きなマナの存在の反応があった。
それと同時に、
恐怖
苦痛
絶望
恐怖
恐怖
恐怖
絶望
を断続的に発する小さなマナもそばにある。
このマナは子供だ!!
お兄ちゃんとマックスに感覚を共有。
二人はママの加護を受けているので、いざという時はこのやりかたの方が断然早い。
マナを直接つなげて情報を共有するから完全な意思疎通が一瞬で終わるし、間違いも誤解も嘘もない。
「二人はここを!」
サムエルさん達にも分かるように今度は言葉にする。
スキュラがあと二体、後方の葦で覆われた湿地帯の方から接近中だ。
「おう。」
「はい。」
二人の返事を後ろに聞きながら、私は文字通り空中に飛び出していた。
魔方陣を十四層に展開した飛翔魔法で全速で飛んでいるので、周りの風景がちぎれ飛ぶように後ろに流れていく。
魔力の層が体を覆っていないと眼も開けていられない速度だ。
遠くから今の私を見ている人がいたら、空中を赤い線が高速で流れているように見えたかもしれない。
客観的には十五秒ほど、主観的には一時間ほどにも感じられた後に、木々がない開けた場所に突然出た。
見えた!!
蛸や軟体生物のような触手で覆われている下半身の上に、人間の上半身が乗っている姿の魔物。
触手にはガチガチと並んだ歯を噛み鳴らして、涎を垂れ流している物も何本か混じっている。
上半身の裸の女の肌は水死体のような暗い青色で、粘液でテラテラとぬめってて、人間の顔にはいやらしい笑いが貼りついていた。
スキュラだ。
よかった、まだ生きてる!!
スキュラの前には小さな獣人の子供がいた。
何度もこけて藪のなかを突っ切ってきたのか、手足のあちこちから血が出ていた。
それにも気づかない様子で、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら必死で逃げていた。
体中汗まみれ、息も絶え絶えという感じだ。
その気になったらすぐにも追いつけそうだけど、スキュラは嬲るように子供の周囲に触手を這わせては追いこんでいる。
そのおかげでギリギリで間に合った。
到着した時にはいよいよ嬲るのにも飽きたのか、スキュラの触手が子供の足を掴んで逆さにぶら下げて口のある触手に持っていこうとしていた。
子供は無我夢中で生えている草を掴んで引き寄せられまいとしたけど、草は土ごと抜けて空中に逆釣りにされた。
「いやああっ!!」
初めて子供が悲鳴を上げた。
「オラァッ!!」
背中の「業炎」を抜きざまに伸縮剣に変形させて、空中から飛び降りながら伸ばして叩きつけた。
「業炎」はスキュラの体を何の抵抗もなく、すり抜けるように斜めの軌道で通り抜けた。
触手に捕えられていた子供が落ちてくるのを怪我しないように受け止める。
間一髪だ。
間に合ってよかった。
動きを止めたスキュラの体が斜めにずり落ちていく。
雲幻流の一番単純だけど極めれば最強の「斬」に竜の魔力を込めて、ママの魔石を鍛えた「業火」でマナ、命その物を斬った。
断末魔すらあげることもなくスキュラは動きを永遠に止めて、切断面からびゅうびゅうと噴き出る大量の紫色の血があたりを染めていく。
む、結構匂いがきついな。
助けた子供を見ると、全身をガタガタと震わせている。
恐怖で歯の根もあってないのか、カチカチと歯が打ち合う音をだしながら、ヒッヒッヒッという感じの早く短い呼吸が止まらないみたいだわ。
年のころは五歳ぐらいで、尻尾はないけどギルドの受付のお姉さんと同じような獣人で、髪と体毛は真っ白、額のところにだけ茶色く小さい菱形になっている。
可愛い顔だちをしてる女の子だけど、えらく細いな。
とりあえず落ち着かせよう。
手っ取り早くマナを流し込みながら、抱いたまま左右に揺らす。
「もう大丈夫だよ。」
笑いかけながらマナで伝えていることを言葉でも伝える。
マナで直接伝える以上の伝達手段はないけど、それでも笑顔は人を安心させる。
ママもいつも笑顔を私に向けてくれた。
直接マナを流し込んだので落ち着いたのか、女の子は今度は泣きはじめた。
はじめはしゃくりあげるように、やがて激しく。
優しく抱きしめながら「大丈夫」と繰り返して赤ちゃんにするようにゆっくりと揺らす。
安心して気が抜けたのか、お漏らしもしたたけどしょうがないよ。
死ぬほど怖かったんだよね。
大丈夫、大丈夫。
しばらくそうしていると女の子が泣き止んでくれたわ。
「落ち着いた? とりあえずお姉ちゃんの仲間のところに戻るから、もうちょっとだけ我慢してね?」
残りの二体の反応も消えていたので、今度はゆっくりと飛んで怖がらせないように皆のところに戻った。
「ただいまー。 間に合ったよー。」
「おう、お疲れ。 良かったな。」
「お疲れ様でございました。」
女の子を抱いたまま着地した私にお兄ちゃんとマックスに二人から返事がきたけど、サムエルさんたちは茫然としていた。
残りのスキュラは二体とも死んでいた。
片方は私が斬ったさっきのと同じく、真上から一直線の唐竹割で左右に両断。
こっちはお兄ちゃんか。
もう片方はバラバラに飛び散って砕け散っていた。
水の最上級魔法のアダマークリオンで凍らせた後に、土の最上級魔法のガトラドリオンの岩弾で砕いたのかな。
こっちはもちろんマックスだ。
私らのやり取りにも、サムエルさんたちはまだ口をポカンと開けたままだ。
抱いていた女の子をゆっくりと降ろして、とりあえず水と火の生活魔法を同時に一層ずつ、初級の小さい魔方陣で並列展開、お湯を出して傷をしっかりと洗った。
女の子はちょっと痛そうに顔をしかめたけど、声は出さなかった。
ごめんよ、直す前にきれいにしないと駄目なのよ。
その後に下半身もお湯で流して、ついでに私の服、「赤竜」についた汚れも落としておく。
女の子のお漏らしがべっとりだし、「赤竜」の機嫌が悪くなったら困る。
「じゃあこっち向いてね。」
次に治癒用と、活力回復用の光と水の魔方陣を並列展開した後に合成して女の子にかける。
服の汚れはともかく傷は跡形もなく塞がって、低下していた回復力なんかも本来に戻ったから、とりあえずはこれで良しか。
女の子と目線を合わすようにしゃがみこむ。
「あらためてこんにちは。 お名前を教えてくれる?」
そこから事情を聞いていった。
たどたどしくも、しっかりとした答えが返ってくる。
おっ、この子の名前はミリアか。
なんと、私と一字違いじゃん。
マナも白いし、絶対に良い子に違いない、うん。
ミリアから聞き出した話によると、元々もっと東の方の故郷の村が急に増加した不死者の群れに襲われて村の人間と一緒に逃げてきたらしい。
でも三日前に魔物の群れに襲われた際に散り散りになって、とにかく南の方に向けて逃げてきたという話だ。
それで何とかこのあたりまでたどり着いたけどスキュラに見つかって、あとは私が見た通りか。
そこまで話した時に、サムエルさん達から声が上がった。
「お、おお、お前ら一体なんなんだ? 一体何が」
「スキュラを一撃で…… 一撃で両断……」
「十層の魔法を同時に三つ展開って…… ありえないわ、絶対にありえないわ!!」
「だましていた訳じゃないけど説明します。 サムエルさん、アッシュさん、レイラさん、お互いに手を繋いでください。」
サムエルさんの全員がそれぞれ喋り始めたので収拾がつかなくなっちゃったのをぶった切るように強い口調でお願いした。
私の迫力に押されたのか、言われたように三人が手をつないだ真ん中に私が入った。
「あなたたちはいい人だから、説明しますね。」
その状態で竜の魔力を使ってマナを流し込み、圧縮した情報を直接流し込んだ。
私達がどういう人間なのかってのは伝わったはずだけど、ママの言動はある程度隠しておいた。
なんというか、そのまま伝えると六柱への畏敬の念というか偉さというか、そのへんが大幅に目減りしそうだったからな。
まあ、一般的にもおとぎ話みたいな感じだし、現世利益のあまりない六柱を信仰している人は、光を司っている「白」のアルブ様の信者以外はあんまりいないんだけどね。
あ、本当のお母さんの故郷はママを守護神としてたっけ。
初代国王がママの加護を受けて建国されたんだもんな。
そこだけ適当にぼかして残りはありのままに全部伝えた。
竜の魔力が初めて体内を流れる体験に驚愕していたけど、どうせ他の人に言っても信じてくれないと思う。
直接マナを伝えられたこの三人は、否が応でも信じざるを得ないだろうけど。
サムエルさん達にとっては間違いなく人生初体験の、竜の魔力で私の記憶やら情報やらを流し込まれた衝撃に、三人とも硬直したままの状態になった。
そして長ーい長ーい沈黙の後、最初に我に返ったサムエルさんがさっぱりした表情で口を開いた。
「いや、信じられないが信じるしかないな。 まさか徒党名がマジだったとは。 それにスキュラ三体をこうもあっさりと片づけられるなんざ、うちの徒党にもいないわ。 あのトカゲでも無理だろうな。」
「マジか……」
「私も信じられないけど、あの飛翔魔法も実際に見たし……」
反応はそれぞれだったけど、サムエルさんがこちらに向かって頭を下げる。
「正直、スキュラ二体相手だったら死んでた可能性が高い。おかげで助かった。」
いやいやいやいや、何やってるのこの人。
「騙されたー!!」とか「バカにされたー!!」騒ぐならともかく素直に頭下げるって、どれだけ人間ができてるのこの人!!
慌てて私もバッタのようにペコペコ頭を下げた。
「いえいえいえいえ、こちらこそ何だか申し訳ないです。 親切に色々としていただいたのに、本当に何というか不作法ですいません。 決して騙したりするつもりは無かったんです、本当です!」
私が土下座する勢いで謝って謝罪合戦が続いた後、お互いの顔を見て大笑いした。
と、足にミリアがきゅっとしがみついてきた。
軽い体を抱き上げる。
さっき見たこの子のマナの記憶には、両親や家族はいなかった。
物心がついた時には既に孤児だったらしいけど、今までは住んでた村の周りの人間に恵まれて、何とか生きてこられたのか。
でも、今やミリアは完全に天涯孤独になってしまった。
……とはさせません。
そんなことは断じてさせませんよ、ええ。
させる訳ねーだろ。
助けた以上は最後まで助けるのが主義です!
いや、その主義は今作ったんだけどな。
そういう余計な事を考えたのは後からで、その時の私はミリアを抱き上げながら顔を近づけて勢いよく宣言していたらしい。
「ミリア、今からは私がお姉ちゃんよ! よろしくね!!」
後で気が付いたけど、むかーしバルメロイさんに聞かせてもらった、私を娘にした時のママとまったく同じ行動を取っていた。
血は争えんって奴かもだけど、反省も後悔も全く無い。
行き当たりばったりでもいいけど後悔はしたくない。
「何かを選択するときは、自分が好きでいられる方を選ぶのじゃ!」とママが言ったのを今でも覚えてるしな。
いつもは圧倒的な竜の魔力と、私以上に直情的な行動力でバルメロイさん達を振り回したり、おちゃらけているように見えるママだけど、いつも私とみんなの事を考えていてくれているのは確かだ。
とにかく、助ける力があるのにこんな弱い立場の子供を助けないとか、自分自身が許さないわ。
そんな私を後ろで見てたお兄ちゃんとマックスからは面白そうなマナが流れてきたけど、その時の私は「申したき儀あらば申せ」という、東方の時代劇というのに出てくるブギョーという人みたいな気持ちだったので無視した。
後から考えても勢い以外の何物でもなかったけどな。
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