6 初仕事

依頼書が貼ってある壁には三十人ぐらいの冒険者がいて、全員が貼ってある依頼書を見ている。

自分の生活と命に直結しているので、皆真剣そのものだわ。


等級ごとに分けられていて、さらにざっと討伐系とその他の採取系や探索系に分かれているみたいだ。

さっきお姉さんが説明してくれたように、討伐系の依頼は基本的に等級ごとに許可されている狩場に行って、魔物を倒してその討伐報酬と素材の買い取りでお金を稼ぐのが基本なので、一石二鳥を狙えるような依頼があればついでに受けるというのが美味しいらしい。


逆にゴブリン討伐のようなのはおいしい依頼ではないらしい。

ゴブリン十匹討伐できるなら同じ強さで報酬も多くて素材も高く売れる魔物、例えば角ウサギなんかを狩った方が良い理屈らしいけど、確かにそりゃそうだわな。


貼ってあったゴブリン討伐の依頼書も何回も書き直しがされてるみたいで、報酬もちょっとずつ上がっていたけど誰も引き受けてない。

依頼者にとっては切実な問題だとは思うけど、巣ができるような緊急事態ならともかく、はぐれゴブリン程度じゃなあ。


討伐系でなくても危険地域や強力な魔物がいるところの探索依頼なんかも結構あるな。

後は貿易の中継地点の街らしく、他の街に行く隊商の護衛任務とかも結構あった。


他のところに行くにはついでにお金も稼げて良いかも知れんな。

この街は東西陸路の貿易の拠点としてますます発展していく最中らしく、入るときに見たように人の流れ、特に入って来る方の流れが凄いらしい。


人が生活するにはあらゆる物資がいる。

住むところに着るもの、食べるものに消耗品に生活必需品にあらゆる道具。


食べ物や着るものにしても、素材の状態から加工するまでにまた手間がかかる。

それを扱う人手がまた必要になり、ますます人も増える。


そうすると今度はそれを当て込んだ商売やらも全部が倍々方式で増えているらしいので、今ある土地ではとてもじゃないが足りない。

そのために開発が必要だけど、まずは魔物を減らしてからでないと話にならない。


だからギルド本部も大きな支部を作ってかなり力をいれているけど、そうするとこれまた魔物の素材が大量にギルドから市場に流れて、ますます関連する商売が増えていって、それに機会を求める人がやってきて、また最初に戻るという、かなりな上げ潮的勢いが続いている都市だ。

いいんじゃないでしょうか。


一旗あげられる機会があるので、王国や近隣の国からも商売人、冒険者やその家族もこぞって集まるので、王国の中でも一番景気がいい街だとか。

その富の匂いにひかれて、犯罪者、詐欺師に山師、タチの悪い商売人や商会、それらと組んだ国の貴族なんかも入ってきてて、さっきの貴族もその一人らしいけど、一番の大物らしい。


確かにこの街の税収の一部でも懐に入れられたら、一生遊んで暮らせそうだな。

依頼書に眼を戻す。


下級になるとゴブリンの群れの殲滅とか、はぐれオークの討伐なんかがあって、少しは難易度が上がっていた。

探索系とかも、「森の奥の墓地探索:下級不死者の群れあり」とかになってきて、本格的に一般人お断りな感じになってきた。


中級も見てみる。

ここまでくると確か市民権だったかな。


「古代王国遺跡探索:キメラ目撃情報あり」

「双子の森:マンティコア討伐依頼」

「トサカグマの毛皮30枚急募」

「オーガ討伐」

「巨大蜘蛛の毒腺採集依頼」

とか種類も多かったけど、ほとんどの依頼が5人以上の徒党推奨になってるな。


上級には依頼は「湖のスキュラ討伐」の一つしかなかった。

依頼主はヴェラリオン、すなわち国からの依頼か。


当たり前だけど竜討伐の依頼はないな。

世間一般的に竜とされてる超大型の爬虫類は、ママや私らとは関係ないけどやっぱり気にはなるしな。


それでも結構な強さらしいけど、この辺りは生息地域じゃないのか依頼はなかった。

最上級のところには依頼書はなく、ギルドに登録している冒険者の統計が貼ってあった。


徒党のお誘いや協力の依頼なんかもここに貼ってあるみたい。

ついでに見てみるか。


ふんふん、この街の冒険者の登録者数は千五百人ぐらいか。

街の人口がたしか十五万人ぐらいだけど、それに比べて多いのか少ないのか良く分からんな。


この建物には確かに人が多いけど、そこまで人は多くないし、もしかして街の別の場所に別の支部でもあるのかな?

それとも名前だけあるとか、兼業してる人が多いとか、もしくは死んでも名前だけ残ってるとか?


この街の冒険者に神級はなし、最上級が一人に上級が二十二人、中級が二百五十人ぐらいか。

上級の二十二人ってのは二つの徒党の合計みたいだ。


最上級の一人は単独で行動しているらしいし、かなり結構強いのかも。

それはともかく、どうしようかな。


一通り見たけど、さすがに私達が今さらゴブリン退治ってのはないし、報酬もしょぼそうだな。

これからは稼ぐお金だけでやりくりしたいし、上の狩場に行くかなー。


ママの娘としては、淀んだりゆがんだマナを持ってる魔物は報酬度外視でもなるべく討伐するようにしたいけど、お金も同時に稼ぎたいところだよな。

等級外のところで討伐したら依頼書の討伐報酬は出ないけど、素材の買い取りはしてくれるらしいし、やっぱり上の狩場かな。


「ねえ、どうしよう?」

「そうですね、この際ギルドで決められている等級は忘れましょう。 上級以上の狩場に行って、素材だけでも売るのがいいかと思います。 急ぐ旅でもありませんが、ここに落ち着かれるつもりはないのでしょう?」


二人に向き直って訊くと、待っていたかのようにマックスが口を開いた。

それにお兄ちゃんも頷いた。


「そうだな、腕試しってのもあるし、弱いのを相手にしてもしょうがないだろ。 それにお嬢は大食いだから食費も稼がないと。」

最後の台詞は冗談っぽく笑いながらだ。


確かに私は大食いだけど、それは食い意地が張ってるからじゃないっつーの!!

竜の魔力が馴染むまでは必要なの!


いやまあ、もちろん不味いものよりも美味しいものを食べたいし、味には我ながら結構うるさいけども、それはフリットさんのせいだから!

決して食い意地のせいじゃないから!!


「では、とりあえず今日は上級の討伐依頼を受けて、あとは中級の狩場の様子でも見に行くという感じでいかがですか、お嬢様。」

私の言い訳のような物をまるっと無視してマックスがまとめよった。


まあ、確かに二人の言う通りだわ。

腕試しと世界を見て回る旅だからな。


強い魔物と戦って、美味しいもの食べるお金を稼ごう。

スキュラ討伐依頼の紙を持って受付のお姉さんのところに戻った。


「すいません、この討伐依頼でお願いします。」

持って行った依頼書を目にした途端、パタパタしていたお姉さんの尻尾の動きが止まった。


「あ、あのー、恐れ入りますが、こちらはお間違えではないでしょうか? こちらは上級の討伐依頼になっておりまして、初級ではお受けできないことになっておりますが。」

お姉さんが恐る恐る、といった感じで聞いてくる。


「はい、討伐報酬が出ないのは分かっています。 等級外でも討伐した場合は素材の買取はしてもらえるんですね?」

反応は予想していたので丁寧に返事した。


「は、はい。 確かに等級外でも討伐した場合は素材の引き取りはしておりますが、それはあくまで上の等級の魔物が狩場にまぎれ込んできた場合などを想定しておりまして……」

お姉さんは生暖かい眼でこちらを見ながら、噛んで含めるようにゆっくりと説明してきたわ。


今までも同じようなことが結構あったのかも。

お姉さんの尻尾は止まったままだ。


すると、こちらを注目していた他の冒険者が声をかけてきた。

さっきのハゲのおじさんだった。


「お嬢ちゃんたち、今登録したばっかりなんだろ。 いきがりたいのは分からんでもないが自殺はお勧めできんぞ。 見たところ金に困ってるってわけでもなさそうだが。」

視線を私からお兄ちゃんとマックスの方に移した。


「あんたら、このお嬢ちゃんのお守りみたいだけど、雇い主とはいえ、子供をたしなめるのは大人の役目だろうが。 装備はいいもの持ってるが、討伐はそんなに甘いもんじゃないぞ!」

おじさんの声がちょっと荒くなったわ。


金持ちの子供のワガママに付き合わされる大人が二人、とこの人の頭の中ではそういう話ができているらしい。

思い込みの激しい人みたいだな。


私達の見た目からしたら確かにそう見えるかもだけど、面白いおじさんだ。

いや、いい人なんだよね。


「とにかく、見た以上はギルドの上級徒党の長としてそんな無謀な事を認めるわけにはいかん。 悪いことは言わんから最初は採取の依頼ついでに、はぐれゴブリンぐらいにしとけって。 その装備ならそのぐらいなら三人でいけるだろ。 冒険気分を味わいたいならそれで十分だ。 それでも気を抜いたら死ねるぞ。 命は一つしかないんだぞ?」

善意で言ってくれてるのもわかるし面倒見もよさそうだし、本心で心配してくれているのは分かるんだけどさ。


しゃーない。

「わかりました。」

「おう、わかってくれたか。 魔法を使えるのが二人もいれば、じきに」

「いえ、心配してくれているのかわかりました。 でも大丈夫です。」


「へっ?」

おじさんの顔が唖然とする。

こうまであっさり返されるとは予想外だったみたいだけど、相手の言葉を待たずにさらにかぶせる。


「とはいえ、こちらが言っただけでは信用してもらえないでしょうから、どなたか護衛としてついてきてくれませんか? 護衛料は相場でお支払いします。 ちょっと見て無理そうならすぐに撤退しますので。」

口を挟む間を与えずに一気に喋ったのが良かったのか、おじさんの顔は唖然とした後にムッとした顔になり、その後は出来の悪い子供を見るような顔に変化していった。


しばしお互いの顔を見つめながら沈黙が場を支配する。

でも、ちょっと後に根負けしたように、はあっーっとおじさんが溜息を吐いた。


「ああーっ、もう何でわかんねーんだよ? 遊びじゃないんだぞ? 自分の命がかかってるんだぞ? 本当に死ぬんだぞ?」

髪の毛が一本もない頭をボリボリと掻き毟る。

本当に心配してくれてるし、良い人なんだな。


「分かったよ!! ちょうど今日は護衛の仕事が取り消しになったから付き合ってやるよ! おう、お前らも付き合え! 子供を死なせるのは嫌だろ。」

最後のはさっき入り口のところで一緒にいた二人に向けてだ。


この人の声は大きいので怒鳴らなくても聞こえそうだけど、再び全員の注目が私たちに集まっていた。

「ありがとうございます。 ではよろしくお願いいたします。」


にっこりと笑いながら御礼を言うと、おじさんはちょっと赤くなった。

美人には弱いのか案外ウブなのか、外見との差が面白いな。


残りの二人と一緒にお互いを紹介しあう。

おじさんはさっき確認した、ギルドに二つある上級の徒党の片方の長だった。

あとの二人もその徒党に当初から参加している有名な戦士と魔術師で、戦士の名前はアッシュ、エルフの魔術師はレイラ、おじさんはサムエルだ。


護衛料を聞いたけど、暇つぶしだからいらないと言い張られた。

その代わりに、少しでも危なくなったら「絶対に」「すぐに」撤退することを約束させられた。


それでもタダ働きしてもらうのは心苦しいので、討伐できたら素材の報酬は山分けってことで話がついた。

サムエルさんは完全に冗談としか考えてないみたいだけどな。


話がついたので、受付のお姉さんのところに戻って説明する。

「わかりました。 ではこちらが確認用の魔石です。」


ギルドで冒険者に支給しているらしい、魔石がはめ込まれた記録用の装備品を渡してくれた。

革ひもで手首にはめる形だな。


「そういえば、サイネックスって人はどこにいるんですか?」

打ち合わせの最後に、このギルドに一人いるらしい最上級の人の事を聞いてみた。


「あー、あいつなら今は長期の護衛任務にでてるよ。何ヶ月か帰ってこないわ。 トカゲで単独行動しかしない無口な奴だけど、強いし頼りになるぞ。 戻ってきたら挨拶しとけよ。 一応ここの一番上だからな」

褒めてるのか貶してるのか、何とも分かりずらい説明が来たけど、トカゲって何?


あだ名かな? 

単独行動の変わり者らしいし。


「サムエル、また喧嘩になるわよ、トカゲなんて言うと。」

「また連敗記録が増えますよ。」

二人が口を挟む。


よく分からない顔をしていると、受付のお姉さんが横から教えてくれた。

あ、尻尾のパタパタは復活してるわ。


「あー、サイネックスさんは蜥蜴人なんですよ。 それで種族というか部族独自の強力な戦技と魔法を使って活動しているんです。 サムエルさんはずーっと自分の徒党に勧誘しているんですけど、一対一で勝ったらという条件をつけられて、目下挑戦中ってことです。」

「三十五連敗中だけどな。」

「勝てる姿が想像できないわ。」


アッシュさんとレイラさんからの容赦ない言葉が飛ぶ。

「うるせえ! 次ぐらいには勝てそうなんだよ! 何か妙な技と魔法を使いやがって卑怯なんだよ、あいつは!」


へえ、サムエルさんに完勝ってことは結構強いみたい。

帰ってきたら会ってみたいな。


依頼書によると、スキュラが確認されているのは馬で二時間ほどの場所とあった。

ヴェラリオン王国は、このイタペセリアの街の北側の開発の手始めとして最初に開拓村を作る予定だけど、その水場にスキュラがいるから計画が止まっているらしい。


私らもサムエルさん達も特に準備はないので、そのままギルドを出て早速向かった。

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