4 貴族

お腹いっぱいの幸せな気分で大通りを教えられた方に向かって歩いていると、前方に人だかりが出来ていた。

なんだろ?


野次馬根性旺盛な私も当然のようにちょっと寄ってみると、今まで見てきた店よりも大きめで店構えも立派な服屋さんの前で、恰幅のよい店主らしき人が地面に手を付いて土下座をしていた。

その土下座の先には、脂肪率の限界に挑戦中ですと宣言しているような太った中年が立っていた。


首と胴体の区別もついてないというかつけられないし、お腹まわりが膨れすぎてて体型が菱形っぽいわ。

下を向いても自分のつま先が見えなさそうだけどお手洗いはどうやってんだろ。


すげーな。

本当にピンからキリまで、いろんな人がいるもんだけど、もちろんこれはキリの方だな。


でも着ているものは高級で、服とぶよんぶよんで関節がない状態の指にも宝石やら指輪やらがいっぱいはめられてゴテゴテ光ってて、禿げた頭と顔と首回りには汗がヌラヌラと流れている。

何故立っているだけなのに息が荒いのか。


季節は秋の終わりでもう結構涼しいし、汗をかいているのもそいつだけなんだけど、立っているだけで体力が減っていってるって感じ。

あまりに異様な姿だったんでざっとマナを見てみたけど、予想通りの真っ黒だったわ。


あまりにも分かりやすい悪人だ。

ママのところには当然こんなのはいなかったので、ここまで真っ暗で真っ黒なマナを見るのは人生初めて。


いろんな意味ですげーな、こいつ。

その周りにはいかにも「主人の威を借る小物でござい」という兵士が十人ほどいて、にやにや顔で土下座している店主を囲んでいた。


せっかく美味しいものいっぱい食べて幸せだったのに気分が台無しだわ。

汚らわしいマナを見せるんじゃあないよ。


「のう、店主。俺も無理を言うつもりはない。もちろん代金は支払う。 ただ、次の収穫の季節まで支払を待てと申しておる。」

そいつの声は体に似合わない甲高い声で、ネズミを想像される何とも不快な声だった。


命の根源のマナがあんなに濁っていると、そりゃあ何もかもダメだわな。

「お、おそれながら、以前お渡しさせていただきました三着の代金もお支払いただけておりません。 その際にも同じことを伺っております。私も家族や従業員を食べさせていかねばなりませんので、なにとぞお支払をお願いいたします。」


土下座しながらも店主はハッキリと支払を要求した。

声も震えていないし、見かけ通りの腹の座った人みたいだし、マナも結構明るいや。


「おう、店主。 恐れ多くも国王からこの街を預かるトラッカム伯爵様の願いをまさか断るとは言うまいな? あ?」

取り巻きの一人がいきなり怒鳴りつけた。


なんというか、清々しいほどの小物っぷりだ。

これまたママの城で読んでたお話しに出てくる、悪人の手下そのままみたいな奴が本当にいるのに驚いた。


すげー、こんなの本当にいるんだな。

ダメだ、笑いそう。


でも私とは逆に、周りの人の表情は等しく暗い。

うつむいたどの顔にも諦めと同情が貼りついていて、店主の後ろにいる店員達の表情も同じだった。


こんな負の感情はマナの流れに良くないんだがなー。

でも普通の人間が地位や権力を持ってる者からの要求を、それがどれほど理不尽なものであっても断るには相当な覚悟が必要なのは分かるから、これはしょうがないのかも。


「伯爵様の日々のご尽力は存じておりますが私と家族、従業員の生活のためにもなにとぞお支払をお願いいたします。」

店主は丁寧な受け答えながらも、さらに断固とした返答でそれに答えた。


おー、頑張れー。

確かにその伯爵とやらの服についてる宝石やら指輪一つでもあれば、いくら目抜き通りの店で撃ってる服でも、十着や二十着は支払いできるだけの価値余裕であるだろうし、素直に払ってやれよな。


「なんだと!! これほど伯爵様が頼んでおられるのにそれを断る気か、店主!?」

「ただで済むとは思っておるまいな?」

「生意気な!!」


しかし予想通りに取り巻きが激昂。

あまりの予想通りの展開というか、お話しそのままな展開が面白過ぎて、「いや、いままでのやりとりでソイツが何を頼んだんだよ?」と、心の中で思ったんだけど笑いながら声に出していたらしい。


後ろでお兄ちゃんが天を仰いで、マックスが顔を手で覆ったのが分かった。

ごめんよ。


でも、私は自分の力や立場を利用して、弱いものを理不尽な目に合わせる奴はどうしても許せない。

しかもこいつらはそれを分かっていて楽しんでいる。


お父さん、お母さん、それにママが私にしてくれた事とは逆だ。

私はそういう奴を見ると、降りかかる火の粉を払うのじゃなくって、自ら火の海のなかに飛び込んで相手をぶちのめす性格なのだ!


いや、ママに似たからこういう性格になったんだよ?

その場の全員の視線が私に一斉に集中する。


「なんだと!!」

「もう一度言ってみろ!!」

「生意気な!!」


一呼吸おいてお供の奴らが我に返ったのか、同じような台詞を怒鳴ってきたけど頭も悪いのが分かったわ。

取り巻き共が標的を私に変えて、半円に囲みながら怒鳴ってきた。


「まあ待て。」

ブクブクに太った伯爵とやらが部下に声をかけつつ、私の全身を上から下まで舐め回すように見てきた。


うへえ、マナの色が性欲に変わったよ。

美人なのも困りものだな。


そう、私は美人らしい。

取り寄せてもらったお母さんの若いころの肖像画を持ってるけど、髪の毛の色を除けば鏡に映った自分の顔はそっくりなのだ。


成長したらお母さんみたいな大人の美人になるとしたら嬉しい。

でも剣を振るのに邪魔になるし、胸はあんまり大きくなって欲しくないような。


「そこの女、見ればこの街に来たばかりの様子。 知らぬのは無理もないが俺はこの街を預かるトラッカム伯爵だ。 お前達の風体には怪しいところがある。 亜人風情、本来は部下に任せるところだが今日は俺がじきじきに詮議するゆえおとなしくついてくるがいい。」

マナを読める私には何ともわかりやすい本音を隠して言ってきたけど、こっちもとっくに限界だわ。


これ以上こいつと一緒の空気は吸えん。

自分がこんなに短気だったとは自分でもビックリだよ。


いや、ママの城にいた時から、お兄ちゃんとマックスには性格も行動も驚くほどママにそっくりと言われてたけどさ。

喜んでいいのか悲しむべきなのかよく分からん。


「お断りよ。 それより服についてる宝石のひとつでも、その人に渡して支払いしたらどうなの?」

これ以上温度を下げられないぐらい冷たい視線を向けながら、当たり前の事を言った。


私の言葉に最初、伯爵と取り巻き達は一瞬ポカンとした表情を浮かべた。

何を言われたのか分からなかったらしい。


まさかあっさりと自分らに逆らう人間がいるとは想像もしていなかったようだ。

口を半開きにしたままバカみたいな表情だ。


「な、な、何だとっ!! この俺に向かって……」

「女!!」

「生意気な!!」


やがて私の言葉が脳内に行きわたったのか、本人も取り巻きも一斉に怒鳴ってきたわ。

最後の奴はそれしか言えないのかよ。


まだ地面に手をついている店主や、周りの人間は信じられないような顔で私を見ていた。

にっこりと笑みを返す。


「そいつらを捕えよ!!」

顔を真っ赤にした伯爵が顎で部下を指示しながら怒鳴った。


「黙れ。」

私はもう一言だけ呟くと、可能な限り少なく竜の魔力を解放して、殺意を乗せてそいつらに向けて放出した。


一方向だけにまとまっていたので楽でよかったわ。

範囲の調整は難しいんだよな。


こちらに近いところにいたそいつの部下達はバタバタと倒れ、残った者らも動けなくなった。

どいつもこいつも一瞬で顔面蒼白だ。

竜の魔力はマナの操作、命そのものを操作する。

殺意のマナを浴びて文字通りに死の恐怖を味わったからな。


伯爵は動きたくても動けないので眼を勢いよくキョロキョロさせて、口はパクパクと開け閉めを繰り返している。

最早顔だけでなく全身が汗まみれだ。


伯爵に近づくと、こちらに視線を固定したまま信じられないという表情をして、岸に打ち上げられた魚のように呼吸がさらに加速した。

触りたくもないけど、汗で湿った服の胸のところにジャラジャラとついている宝石の一つむしり取る。


お、強力な魔力繊維を編み込んだ上等な服を着てるじゃないか。

道理で意外にも少しは抵抗できると思ったわ。


睨みながらゆっくりと噛んで含めるように伯爵に告げる。

「物を買ったら対価を支払う。 当たり前の事じゃないの? 偉いらしいけどそんなことも分からないの?」


今度は闘気をちょっとだけ殺気を込めて解放して、次はないというのを心に刻み込む。

伯爵は顔をガクガクさせたけど、チョロチョロという音に湯気が立ち上ってきた。


同時に妙な匂い、もとい臭いもしてきたわ。

おいおい、大きい方もかよ。


へたり込んだ部下達に向けて軽く闘気を流して活をいれた。

私から流れる闘気が、へばっている伯爵の部下達の体の中を熱風のように吹き抜けていき、部下達はうめき声を上げて体を動かし始めた。


「そいつをつれてさっさと帰れ。 二度目はないぞ。」

気絶していた者はまだぼんやりとしていたけど、何とか動けるようになった者が伯爵と一緒に残りの者を引きずるように連れていった。


まだ動かない体で可能な限りに早く、後も振り返ることなく去っていった。

その場にいたら死ぬと感じたらそれも当然だわな。


「余計な事をしてごめんなさい。」

そいつらが通りの曲がり角から消えていくのを見ながら、店主に向かって頭をぺこりと下げる。


「お嬢様、これを。」

「ありがとう。」


マックスがお金を渡してくるのを受け取って、店主に向き合って笑顔でお金を渡した。

「宝石をそのまま渡すと、あなたに迷惑がかかるかも知れないからこちらで買い取って代金を渡します。 いまから冒険者ギルドに登録するから、何かあれば連絡くだされば結構です。 私の名前はミリアム、ミリアム=アークライトよ。」


「あ、ああ。 わかりました。」

唖然としながらも最初に反応したのは店主だ。

やっぱり腹が据わっているな。


「まず最初にお礼を。 私はこの店の主のパレットです。 しかし今すぐに街を出た方がいい。 来たばかりのようで疲れているかもしれないが、そうしないと命を狙われる。」

丁寧な口調で挨拶してくれたけど、その後すぐに眉間に皺を刻みながら親切から言ってくれたわ。


確かにこの人達にしてみたら理由は不明だけど、私が言葉だけで追い払ったように見えるよね。

あいつらを文字通りに死ぬほどビビらせたとは想像できないだろうからな。


「ご心配ありがとうパレットさん。 でも大丈夫。 闇討ちでくるならその方が話が早いし。」

心配してくれたのでにっこりと笑って返す。


本気も本気、激マジなのだ。

悪人には容赦する必要を感じないし、熱烈歓迎してやるからむしろ本心からいらっしゃいだわ。


マナが見える私にはこれ以上ない程に相手が分かるし、マナを汚す存在には躊躇いも手加減も無用。

まあこの辺はママの影響が強いのかもしれないけどな。


「でも、あんなのが領主って本当なんですか? 王国は取り締まらないんですか?」

思わぬ答えに口をあんぐりとしたパレットさんに、最初っから不思議に思ってたのをぶつけた。


「王室から派遣されてる役人もグルなんだよ。 何回か嘆願書を出したけど何も変わりやしない。」

自失から復活した周りの人のうちの中年のおばさんから答えが返ってきた。


「あの伯爵が赴任してきてからは、取り巻きと一緒に乱暴狼藉やりたい放題なんです。 若い女はみんな目をつけられないように知り合いを頼って他の街に逃がしたり、何とか隠したり。」

その後も周りの人達から似たような事を次々に口にしてきた。


イタペセリアは豊な街だけど税金が急に値上がり、しかもいろいろな理由をつけては税を徴収される。

もちろんその増えた分は全部あいつの懐に入る仕組みらしい。


もともと領主は別にいたらしいけど一年前から代官としてあいつが赴任して以来、一言でいうと最悪な状態となってるようだ。

治安の悪化、物価の上昇、そして自身と取り巻きの狼藉。


目についた若い女は白昼堂々かどわかし、止めようとするものには容赦ない暴行。

朝から酒を喰らい街で暴れたりやりたい放題らしい。


とはいえ、この街は人口が十五万人以上の大きな街だから普通にしていれば直接に遭遇する頻度はほとんどないらしい。

でもパレットさんはなまじ腕が良くて評判になっていたので目に留まってしまい、お金も貰えないのにひたすら強制的な注文を作らされてたそうな。

運が悪いというか何というか。


それにしても外の世界に出て最初の街だっていうのに、いきなりあまり嬉しくない状況だなー。

せっかく外の世界にきたのに、しょっぱなからケチがついちゃった感じ。


でも私らに今度ちょっかいをかけたら死ぬのが分かるほどには脅しておいたから大丈夫だと思う、多分。

やれやれだわ。


「最初からこうなるとは思ったけどな。」

「左様です。 どうとでもなりますのでご安心を。」


二人とも頼りになるなあ。

あまり居心地がよくない街なら早めに出て他所にいけばいいや。

パレットさんとその場にいた人達にお礼を言って冒険者ギルドに向かった。

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