3 街中
「何故さっき止めたの、マックス?」
街中に入ってすぐに、我ながらちょっと厳しめの視線で訊いた。
私は大切な家族を理由もなく貶められて黙っていられるほど大人じゃないのだ。
さっきの門番の事だ。
「お嬢様、あのようなことはどこにでもあります。 人間以外を見下したり、己の立場や力を利用して要求を通す者もどこにでもおります。」
私の問いかけにもマックスの表情には変化がないまま答えが返ってきた。
それを聞きながらお兄ちゃんも黙ってこっちを見ている。
ママの城ではそんなことは一切なかった。
いろんな種族の人がいたけどみんな仲良くやってたし、あんな嫌な奴はひとりもいなかった。
「アリシア様のところでは、確かにそのようなことはございませんでしたな。」
私の心を読んだようにマックスが初めて笑顔を見せて言ってきた。
「あそこではアリシア様の下で誰もがのびのびと自分のやることを許されておりました。 ひとえにアリシア様の器の大きさでしょうな。」
へえ、ママは好き勝手にやりたいことをやりたい時にやってた風にしか見えなかったけど、やっぱりこの世界の神様だけあるんかな。
「確かにアリシア様は、傍目にはご自分がやりたいようにしか振る舞っておられませんでしたが、お役目と皆の事、それともちろんお嬢様の事を一番に考えておいででした。」
だから人の心を読むなっての。
「確かにアリシア様は豪快でおおざっぱで、何でも最後は肉体言語で解決しようとする方なんだけど、皆が居心地よく過ごせたのはアリシア様のおかげだな。 師匠もそういってたし俺もそう思う。」
お兄ちゃんも横からママの城の様子を思い浮かべたのか口元を綻ばせながら言ってきたわ。
前半部分はどうなのとも思ったけど、考えるまでもなく全部本当だったので何も言えない。
娘の私も今までいろいろやらかしまくりで、バルメロイさんにお兄ちゃん達に呆れられては叱られまくってきたしな。
「お嬢様、世界は広いのです。 これからいろいろなことを経験されると思いますが、まずは見て回ることが大事です。 その上でご自分で考えて、なさりたいようになさいませ。」
「そうそう、まずはいろいろ見てからだな。」
むう、確かに判断するのにはまず知ることからか。
二人に言われて気分が落ち着いたわい。
落ち着いたら、途端に空腹だったのを胃袋が強烈に主張しはじめたわ。
「そうだね、じゃあまずは食文化からいろいろ見て回ろう。」
とりあえずは美味しいもの食べてお腹いっぱいにしないとな!
街中に入っていくと、食べ物の屋台や食堂が並んでいた。
もちろんそれ以外にも鍛冶屋、武器屋、服屋、織物屋、商館、いろんな問屋、両替商もあって、広場には露天商もたくさんあったが今は食べ物しか目に入らない。
お肉や魚を売っている店、粉屋に香辛料を売っている店もあったけど、今は即食べられる出来上がりを売ってる店のみ確認だな。
すきっ腹にいろいろな食べ物の匂いは卑怯だと思うわ。
「おー、あるある! いっぱいあるよ!」
さすがに交易路の中継地点にあるだけあって、世界中の食べ物があるみたいで、東方と呼ばれているジパン料理を出す店も結構ある。
といっても東方料理を含む東方の文化ってのは世界中に広まってて、むしろ今ではない方が珍しい。
なんせ二千年以上の歴史があるからな。
ママの城でもカクノシンおじさんが本場の東方料理を持ちこんで、料理長のフリットさんに伝授したから結構な頻度でというかほとんど毎日東方料理も食べられた。
カクノシンおじさんは鍛冶屋のアルベルトさん含む三人で毎晩酒盛りしてたな。
ドワーフ二人にうわばみのカクノシンおじさんなんで毎晩にぎやかだったわ。
そこにお兄ちゃんやバルメロイさんにマックスもしょっちゅう参加してたから、城ではだいたい毎晩が大宴会だったし、毎日楽しかったなー。
まあ、カクノシンおじさんには、「セイシュという東方のお酒を本当に楽しむには、これまた東方のツマミとよばれるお酒に会う料理をゆっくり食べてはお酒もチビチビ一晩かけて飲むのが楽しいんじゃよ!」と力説されたけど。
お酒というのはおいしいそうなんだけど、私は残念ながらママの血脈を受けたので味は分かるけどお酒に酔う事はない。
かわりにどんな毒にもかからないし状態異常にもならないのだ。
カクノシンおじさんの出身地の東方、そこに住んでる人達はジパンと自ら呼んでいるらしいけど、大小あわせて数千の島々が集まっている国らしい。
一般にはあまりに独自性の高い技術や文化から、はるか昔に異世界から国ごと転移してきたといわれているらしいんだけど、それは本当の事だとママに教えられた。
二千五百年ほど前に世界中の国が戦争した時にマナが不安定になって、異界の侵略者が来た時の「世界の断裂」に巻きこまれて、ジパンはどこかの世界から転移してきたそうな。
それ以降、ジパンの文化、技術、特に食文化は世界中に広まっている。
私が今、口の中を涎いっぱにして立っている目の前の屋台の串揚げもそうだ。
肉、野菜、海鮮物がいろいろ串に刺して油で揚げられている。
今はあるのが当たり前に思うけど、これが最初に広まったときは衝撃だったらしい。
いろんな料理方法だけじゃなくってショーユとかマヨネーズとかの調味料も東方由来らしいし、いろいろな野菜や食材も東方由来の物が多いし、現に眼の前の品書きの半分ほどがそうだ。
カクノシンおじさんとフリットさんもよく使ってたなじみの食材だけど、今ではそれがない場合の味付けとか想像もできないし、美味しいものがいっぱいある今の時代で本当によかったなーと思うわ。
私は食べ物が粗末だと元気が出ないからな。
昨日街に入る前にマックスにお金の事をきいたら、一か月分ぐらいは余裕であるそうなので今日は景気よく行こう。
最後の野宿の昨日の晩に、どう考えてもお財布係りはマックスしかいないので、ママに貰っていたおこずかいを手つかずで持ってきたのをそのまま渡したら「城でも買うおつもりですか?」と呆れ顔で言われわ。
なんのこっちゃと思ったら、ママが私にくれていたのはレガリオンが古代王国期の記念金貨で、外の世界の価値ならそれ一枚で白金貨千枚ぐらいの価値があるらしい。
それが三十枚ある。
何にも覚えていないけど、小さい時にたまたま見つけた私がキレイだから頂戴とねだったらしい。
ママも俗世の財宝なんかには興味も執着もないので私が喜ぶのをみるのが嬉しかったらしくあるだけくれた、というか地下の倉庫をひっくり返して探し出したそうだ。
「あー、あったなあ。 アリシア様が突然倉庫で何もかもひっくり返して大暴れしたからびっくりしたわ。」
「ありましたねえ。」
二人は苦笑しながらも結構懐かしそうだったわ。
魔力が込められていて表面に次々と模様と風景が映し出されていくので見ていて楽しいから貰っただけなんだけど、今の今までそこまで価値があるとは知らなんだわ。
白金貨一枚で金貨十枚、金貨一枚で銀貨十枚、銀貨一枚で大銅貨十枚、大銅貨一枚で小銅貨十枚だ。
目の前の串揚げは一本小銅貨七枚で売ってるから良く考えなくてもすごい価値だな、古代王国の記念金貨。
さすが超希少金属の魔法の硬貨か。
ちゃんとした店に入ってもこのあたりなら高くて大銅貨二、三枚が相場らしいし、だいたいそんなところで古代王国の記念金貨なんか出しても使えない。
おそらくこの王国でも首都にいかないと両替というか扱い自体が出来ないっぽい。
城を出る前にこうなることを分かっていてバルメロイさんとマックスが相談して当座の生活費を持ってくることにしたらしい。
我ながらの世間知らずっぷりよ。
ママの事は笑えないな。
マックスとお兄ちゃんがいなかったら即座にチンピラとか悪い奴の標的にされそうだな、確かに。
「串揚げ、端から端まで全部くれ。」
お兄ちゃんが頭にハチマキをして串揚げ屋台のおっちゃんにお金を渡して豪快に注文。
おっ、いいねえ。
燃費の悪い私は当然なんだけど、お兄ちゃんも見かけによらずマックスもよく食べる。
ママの城ではフリットさんの超絶料理を長年食べてきたから、さすがに二人とも単純な食事と携帯食のパン続きはきついわな。
こっちが頼まない限り半年以内に同じ料理がでてきたことはなかったし、それでも毎日毎食と何を食べても最高に美味しかったしなあ。
私が好きな定番料理はみっちりと作り方を教わったけど、まだまだフリットさんの頂は遥かにかすんで見えるぐらいに遠いわ。
東方料理はカクノシンおじさんから免許皆伝を許されたんだけどなー。
店のおじさんが驚きながらも喜んで次々に揚げていくのを、三人でしばし無言でモリモリと猛烈な勢いでひたすら食べた。
久々、というほどでもないけど肉と油が体に染み渡っていくわー。
結構いい食材を使ってたし、揚げたてというのもあって美味しかった!
東方のタマネギやピーマン、シイタケとウサギや牛肉との相性はぴったりで、その揚げたてのをこれまた東方のトンカツソースとかいうタレを付けて食べる。
その後もあぶり肉の削ったのをパンに挟んだのや、薄い生地に具をまいて揚げた食べ物、甘辛いあんかけの肉団子、香辛料とタレにつけた薄切り肉を焼いて東方のコメに乗せたドンブリなど、思いのままに食べまくった。
普通の人間みたいに食べたら太る、とかいう心配はないので欲望のままに食べてしまった。
もちろん食べる前後のイタダキマスとゴチソウサマも忘れない。
いやー、美味しい物をお腹いっぱいに食べると、不平や不満の八割ぐらいは消えてなくなるような感じだな。
お腹いっぱいで笑顔でいたら、人生それだけでいいやって感じになるわ。
てんこ盛りで今食べたものが私の体内でマナとなっていい感じで循環し始めた。
時間はまだ昼過ぎだし、お腹いっぱいの幸せな気分で冒険者ギルドに向かう事にした。。
最後の店で聞いたところによると、歩いて数分のすぐそばらしいから早速行ってみることにしよう。
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