2 イタペセリア到着

ママの城を後にして、ギャレットお兄ちゃんとマックスとの三人で東に向かう。

まず目指すは、ヴェラリオン王国の東寄りにある貿易都市イタペセリアという街だ。


ママの城からヴェラリオン王国までは転移魔法で来たんだけど、わざと大きな街道を外した場所に転移して、今はイタペセリアを目指して道なき道を歩いている。

たぶん歩きでイタペセリアまで数日の距離らしい。


旅立つ前に三人で予定について相談したけど、基本方針は以下のように決まった。

私が行先を決める

自分たちでお金を稼ぐ

どうしても必要な時以外は失伝した魔法は使用しない

なるべくもめごとは起こさない


最初のについては、二人とも私に任せてくれるそうだ。

二番目についても同じ。


ママの城を出たんだし、自分で自分の面倒はみないと駄目でしょ。

私が外の世界に出ると決まった後、ママがどうしても持って行けと収納袋を渡してくれたけど、中身は外の世界にはほとんど出回ってないであろう希少金属、魔法金属に魔術の触媒に調合素材、魔力の武器防具の製作素材などが、取り出すのも数えるのも馬鹿らしいぐらいに入っていた。


それに加えてママの魔石やら古代王国の道具、金銀宝石と、食材、私の着替えが大量に入ってたわ。

一般に出回ってる収納袋は古代レガリオンの遺物で、空間魔法を使用して見かけの大きさ以上の物を中に入れる事ができる人気の品だ。


普通の背負い袋みたいな見た目でも一部屋分ぐらいの物を収納できたりするし、私には分からん理屈で別の空間につなげてるから重さも変わらないそうな。

高度な空間魔法や、さらに上級の時空魔法は世界では失伝してるらしいけど、バルメロイさんが再現してママの城では普通に使ってた。


まあ、馬鹿な私には分からんから、どっちにしても無いのと同じだけどさ。

そして渡された収納袋はママが魔力全開で作った奴で、容量は実質無制限というヤバいブツでした。


世間知らずの私でも収納袋そのものからして価値がありすぎて、ついでに中身にもとんでもない価値のものが大量に詰まってるとか、いろいろと間違ってるのは分かった。

そこまで甘やかされたら旅の意味がないので、こっそりと食材以外の高価な物はほとんど戻しておいた。


お金も当面は、小さいころから使い道がないので溜めておいた私のおこずかいと、あとは自力で稼ぐ予定。

外の世界では魔物を討伐したり、その素材を売ったりしてお金を稼げるそうなのでそれを利用さしてもらう。


三番目については、外の世界では飛翔魔法や転移魔法、時空魔法や重力魔法なんかは失われているらしい。

禁呪もいくつか教えてもらったけど、マックスみたいな完璧な魔力制御ができるならともかく、私が使ったら絶対にやらかしそうだから使う予定はない。


私達が普通に使えるそういった魔法関連は、私が来る前にバルメロイさんがほとんど復元したそうな。

ママの無茶振りでいっぱいいっぱいになった時にそれら魔法の開発やら合成やらをして気分を落ち着けてたそうだ。


昔から苦労性だったのね、バルメロイさん。

なんか、ママも私もごめんなさいです。


最後のについてはまあ、なるべくだ。

降りかかる火の粉は遠慮なく振り払うし、悪意ある相手に礼儀は不要だから遠慮なくぶちのめすし、マナが黒い悪人は即座に斬ることにする。

悪人には手加減も躊躇いも無用なのだ。


以上の方針を決めた後、マックスがお勧めしてきた最初の目的地がイタペセリアだ。

ヴェラリオン王国の東側、貿易陸路の要の場所にあって、規模も大きいしまだまだ発展していく街らしい。


そのためには周りの森を切り開かないといけないけど魔物が多く、必然的にそれを退治するのを生業とする冒険者が集まっていて、冒険者ギルドの支部も大き目のがあるそうだ。

他の場所に行くにも要の位置にあるので便利がいい。


ということでとりあえずそこに行ってみることになったけど、ダメだったら別のところにいけばいいし気楽に行ってみよう。

世界中のいろいろなところにも行きたいとも思ってるしな。


一番近い転移の扉から歩いて五日ほどの距離にイタペセリアはある。

持ってきた食料は三日分なので料理長のフリットさんが持たしてくれた心づくしもこれで終わりか。

しばらくは粗食かなあ。


明日からは自分たちで何か探さないといけないけど、向こうから何か襲ってきてくれたら楽でいいな。

転移魔法使えば一瞬なんだけど最初の旅を楽しみたいので、二人にお願いして歩きのゆっくり旅に付き合ってもらった。


私は火を司るママの血脈だけあって気が短いし、歩きが面倒になったら転移魔法を使っちゃうかもだけどな。

日が暮れてきたので野営の準備をしたけど野宿も初めてだし、ハッキリ言ってかなりワクワクなのだ。


まだ全然疲れてないし、夜通しでも歩ける感じだったけど、気分ってのがあるからな。

ママは最初、成体の竜かせめて幼竜でも連れて行けといってくれて、それを断ると今度はお城の馬、というか使役している魔獣とか幻獣とかを騎乗用に連れて行けといってくれたけど、どっちにしても目立ちすぎるので断った。


成体の竜の中には人間の姿をとれるほどに成長した個体もそこそこいて、それならいいかもと思ったけどやっぱりママの仕事の手伝いに必要だから断った。

街で稼いだら普通の馬を買ってもいいかなー。


フリットさんが渡してくれた最後の食事を食べて、その後でお兄ちゃんとマックスと一緒にパチパチと燃えるたき火を無言で見つめていると不思議な気分になった。

同時に、いままで本当にママに守られていたんだなあ、と感傷的な気分になったわ。

そういやお兄ちゃんと会ったのもこんな感じだったっけ。


それからも道なき道をイタペセリアに続く街道を目指して進んでたんだけど、運が良いのか悪いのか動物はともかく魔物はおらず、毎日川で捕まえる魚が晩御飯になった。

といってもチマチマ取ってられないので、土の中級魔法ガトラムで出した巨石を川にある石にぶつけて、気絶して浮いてくる魚を一網打尽。


それをワタ抜きして塩と香辛料をかけて焼いて携帯食のパンと合わせて食べた。

やっぱり旅の雰囲気ってのがあるのか、この単純な味だけでも美味しいわ。


しかし味は満足だけど、大食いの私には量が少なすぎるわ。

ママの血脈を受けたといっても、元は人間だから竜の魔力が体に馴染むには数百年はかかるそうな。


そして竜としては生まれたても同然で、魔力操作もまだまだな私は体内で魔力を循環させるのが下手だ。

だからダダ洩れ状態の魔力を大量の食事で補う必要があるし、私は大食いを宿命づけられているのだ。


そしてたくさん食べるには不味いよりも美味しい方がいいに決まっている。

その必要もあって、ママの城で料理はフリットさんとカクノシンおじさんからみっちりと教わった。 


命の源はおいしい食事からだからな。

ゆめゆめおろそかにはできませんのだ。


カクノシンおじさんから初めて東方の料理を教わった時に言われたのが心に残っている。

ママ達を別として、生きているものは他の物の命で自分の命をつなぐしかない。


だからこそ自分のために犠牲になった命を無意味にしないように、敬意を払ってうまく調理しておいしく全部食べる。

食べる前と食べた後には、東方のイタダキマスとゴチソウサマもちゃんとする。


元々はジパンのどこかの宗派か、自然発生的な考えらしいけど、この命への感謝というのはすごくしっくりくるわ。

この世界のマナ、命の循環を司ってるママの娘としても完全に賛成だからな。


今獲って焼いたばかりの魚も、もちろん骨まで全部食べました。

どこかに落ち着いたらちゃんと料理して、腰を落ち着けてお腹いっぱいに食べよう。


それからも数日間、私らは森の中の道なき道を進んでいるので、当たり前だけど誰とも会わなかった。

食いでのあるような大きな魔物もあんまりいなかったけど、次の日に出会ったイノシシの魔物を仕留めた。


イノシシの魔物は血抜きして皮をはいで収納袋に放り込む。

小さい頃からこのへんもみっちりと、フリットさんとカクノシンおじさんからしこまれているのだ。


魚だけじゃとてもじゃないけど足りなかったから、お肉を補給できて良かったわ。

これでイタペセリアまでのお肉は心配ないだろ。


食事はその肉と魚をとって焼くだけの野趣あふれる簡単なものが続いたけど、まあ街についたらがっつりといろいろと食べよう。

それにしても思ったより魔物と会うのは少ないのな。


今まで読んだお話しなんかでは、旅人が結構襲われたりすると聞いたんだけど、運がいいのか悪いのか。

街道を使う場合でも行商人とかは大勢が一緒に移動して、大きな商会とかは自前で護衛を雇って魔物とか盗賊の襲撃に備えるって話だけど、何も出ないとそれはそれでつまらんなあ。


それからも自然そのまま中を歩き続けること四日、特にこれということもなくイタペセリアに続く街道へと出た。

まあ、濃密な自然そのままの中を歩き続けて澄み切ったマナも感じられたし、それはそれで良しです。


この街道は真っすぐで整備もされてるし、早速遠くに近くに行き来してる人が見えるわ。

イタペセリアに近づくにつれて街を囲む大きな壁が見えてきて、兵隊の詰所も壁のあちこちに見える。


王都からの古くからの大きな街と、ここから先の辺境の境目にある豊かな街だけあって、魔物と同時に他の国や盗賊の集団に対する備えが必要なんかな。

それから少しして、イタペセリアの街を東西に貫くようにまっすぐ伸びる、さらに大きな主街道と合流した。


ヴェラリオン国内の東西を繋ぐ重要な街道だけあって、さらに行きかう人の数が増えた。

裕福そうな商人が率いている隊商、一旗揚げる予定の若者の一団、移住して来たのか荷馬車の家族、見慣れぬ異国の衣装をまとった者、冒険者らしき集団、騎士たちはそれぞれの家紋を誇らしげに、信じる神の宗派の衣装に身を包んだ聖職者もいる。


それぞれがこの道をイタペセリアに向かい、あるいは後にしている。

見ている間にも人の流れは止まらない。


「わあー、すごい人。」

思わずおのぼりさん丸出しでつぶやいてしまったけど、こんなにたくさんいろんな人を見るのは初めてだ。


たまに私の全身赤づくめの格好か、魔族のマックスの燕尾服が珍しいのか視線を投げかれられることもあるけど、全員そのまま素通りだ。

私がおのぼりさん丸出しでそのまま周りをキョロキョロしながら歩いていると、やがて街の入り口に着いた。


門の中にはいろんな店が見えて、何より大切な食べ物屋さんも大小いろいろ、立ち食いの屋台から立派な食堂やら菜館まで通りのあちこちに店が出ている。

見た途端にお腹がグルグルと鳴ったわ。


それに気づいた二人から苦笑いのマナが流れてきたけど、しゃーないやん。

私が食いしん坊なのは竜の魔力が馴染んでないせいだから!


とにかく今日はちゃんとした料理を食べよう。

落ち着いたら自分でも料理は作れるけど、とにかく今日はどこかで食べよう。

とにかくいっぱい食べよう。


「この街は初めてか? 身分と目的を述べよ」

今日の食事の組み立てを頭の中であれこれ考えているとすぐに私らの番になったて、門を守っていた兵士が道を塞ぐように動いて聞いてきた。


それは仕事だからいいとして、こちらを見下すような表情で口調も横柄だ。

えらい感じ悪いな、おい。


門番は背は私より少し高い中年の兵士で、くたびれた皮鎧を着ている。

自然とマックスが前に出て対応する。


自慢じゃないけど私はとても如才なく対応なんかできそうにないので、黙ってマックスに任すことにした。

その間に竜の魔力を使ってその兵士のマナを見てみたけど、その兵士のマナは中年にしてはかなり黒かった。


明るさはまあまあかな。

ママの娘である私は、もちろんまだまだとはいえマナの判別や操作が自然にできる。


マナの色は純度を表していて、負の感情や経験などによって黒く、逆に幸福感や楽しい経験によって白くなる。

一般的に年を取った人ほど黒くなりがちだ。


長く生きるといろいろなものを経験して、挫折やあきらめを経験して妬みや嫉みにさらされて、もっと年をとると肉体の衰えによる苦痛から黒くなりがちなんだよな。

見た事はもちろんないけど、たまに高齢になってもマナが真っ白のままとか、さらに昇華された金色の光を出している様な人もいるらしいけど、偉人とか聖者とか、そういう風に呼ばれる人がそうらしい。


この門番はまだ壮年でこの黒さってことはあまりいい人じゃなさそうだ。

マナの明るさもまあまあ、特に感情的に動きはないってことか。


慣れきった仕事を惰性でこなしてるのかもね。

とか「見て」いる間に、マックスが適当な話をしていた。


「お役目ご苦労様です。 我らは遥かエーテルの片田舎、ルピトールの村より参りました。 このイタペリアの隆盛ただならぬを聞きつけまして、冒険者として一旗揚げんと参りました者にございます。」

喋りながら素早く兵士に心づけを渡す。


一から十まで適当なでっちあげなんだけど、本当の事は誰も信じないから問題ないだろ。

嘘も方便とは、私の好きな言葉の一つなのだ。


好きな言葉は他にも、「力で解決」とか「話し合いより殴り合い」とか「話は後から」とかあるけどな。

そして私の座右の銘は、この世界の真理として燦然と輝く「腹が減っては戦はできぬ」なのだ。


「フン、亜人風情が大手を振って歩けるのは領主様の寛大なお情けと思え。 面倒を起こすんじゃないぞ。」

魔族のマックスに向かって門番が吐き捨てるように告げる。


マックスをバカにされて思わず体が動いた、というか動かしたけど前には進めなかった。

その前に私の体重が増加して足が地面にめり込んでいたからだ。


マックスめ、百倍ぐらいの重力魔法で私を止めよった。

小さい頃から面倒見てもらってるし、完全に私の動きを予測しとるな。


門番と喋りながらさりげなく後ろに回している手だけで詠唱無しでやられた。

さすがというか何というか。


気を逸らされて止まっている間に、マックスは入場税を払って革製の小さな札を受け取った。

街にいる間はこれを付けている必要があるらしい。


もともとそれほど厳しくはなかったのか、心づけが効いたのか、その簡単な確認だけで入場を許された。

私とマックスの目立つ格好も、これだけ人がいるとそれ以上に妙な格好で売り込みを狙っている人がいるのか、特に聞かれることはなかった。


心づけを受け取る瞬間だけ、門番のマナの色が明るく光ったのには笑いそうになったけど。

後日、門番は身分不相応な古代王国の銀貨を持っていたために厳しく取り調べられたそうな。


私達はイタペセリアの街に入った。

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