1 旅立ち
今日は私の十五歳の誕生日、いよいよ旅立ちの日だ。
十五歳になったら世界を見て回りたいと十歳のときからママに頼み続けて、ついに許可を得たのが一年前。
赤ん坊のころから育った城を初めて離れて、今日から世界中を見てまわるのだ。
少しは不安もあるけど、それ以上に期待で私の成長途中の胸が膨らむわ。
「ママ、みんなも、じゃあ行ってきます!」
城の入り口に一緒に並んでいるメイドのマリアとアビー、剣の師匠のカクノシンおじさん、魔法の師匠のバルメロイさん、料理長のフリットさん、鍛冶師のアルベルトさん達に手を振りながら叫んだ。
上空にはママのマナの流れに属する竜たちが数は百頭あまり、はるか上空から地表近くまで、思い思いの場所を飛んでいる。
一体でも、人の手にはあまる竜、「赤」の眷属だ。
飛んでいるのは主に年若い飛竜が主で、少し年経た成体の竜たちは、城の皆の後ろに翼をたたんで順番に並んでいる。
このぐらいになると、完全な意思疎通が可能になる。
と言っても人間の言葉は発声しずらいので、主にマナをつなげての念話になるけど。
竜にも個性があってお喋りなのやおとなしいの、いたずら好きに憶病なのと、いろいろと面白いけど全員に可愛がってもらったわ。
最前列には、ママから真名を授けられた長老格の成竜、ディムロス=キュラスとブリシーズ=キュラスもいる。
二人にも小さい頃からいっぱいいっぱい遊んでもらった。
六柱の他のお姉さんの分霊は今日はいないけど、見送りって事でママが遠慮してもらったみたいだ。
でも見送りの先頭にいるママは元気がないな、やっぱり。
ママは今日もいつもの人型に、胸元が大きく開いたいつものお気に入りの真っ赤な服だ。
もちろん腰まである髪の毛も私と同じく真っ赤で、知らない人がみたら年は二十歳台半ばのすっごい美女だ。
形のよい胸の双丘にお尻の丸み、腰のくびれは全ての芸術家が夢に見るであろう理想形だ。
でも今日は憂い顔のままで私に話しかけてきた。
「のう、ミリアムや、本当に今日出発するのかえ? まだ早いのではないか?」
「もう、ママ。 何年前から言ってるの、それ?」
「しかしな、まだ十五歳ではないか。 竜としては赤子も赤子。 もっと成長するまでは旅は早いのではないか? それまでここにおれば良いではないか。」
「成長するまでって、どのぐらい?」
「そうじゃな、成体になるには早くて二百年、ミリアムは成長が遅めじゃから、四百年ほどはかかるじゃろうな!」
予想通りのやり取りになったけど念のために聞いた私に、ママは顔にパッと笑顔を浮かばせて嬉しそうに答える。
こりゃダメだわ。
眼を閉じて指で両目の中心部を強く揉む。
どうするかねえと思っていたら助けは横から来た。
「アリシア様、同じようなことをこの一年間に何回繰り返されたのか覚えておられますか?」
執事長のバルメロイさんだ。
ママをうまく誘導できるのはこの人以外ほとんどいない。
人というか魔族なんだけど、さすが執事歴二千年以上は伊達じゃない。
「妾は過去を振り返らない主義じゃ。」
とママはその形のよい胸を突き出して堂々と言い放ったけど、親ながらそのご都合主義はどうなのよ、と突っ込みたい。
「もとはと言えば、最初にミリアムが旅に出たいと言い出した時、「可愛い子には旅をさせよ」となどと人間の格言を持ち出しおってからに。」
「さようでございます。 しかしお若いミリアム様が世界を見て回りたいと希望されるのは自然な流れ。 それを無理にお止めされ続けますと、ミリアム様に嫌われますぞ、と申し上げました。」
ママが続けてジトッとした目をバルメロイさんに向けながら文句を言うのを、バルメロイさんは華麗に無視して常に冷静な声でママに答えた。
いつもながら凄いなーと私が思った見事な返しに、ママの眉間に皺がよった。
「ぐっ、だから許可したが、まさかこんなにすぐとは思わなんだのじゃ。」
「まあまあ、お館様。 ギャレットもマックスも同行しますし、心配ありませんぞ。」
ママが詰まった時に別の方向から渋い声がかかる。
私の剣の師匠のカクノシンおじさんだ。
大陸から遥か海を越えたジパンとかいう場所の生まれで、ものすごく強い陽気な戦士なのだ。
ここでは東方と呼ばれるジパンではサムライと呼ぶらしいな。
見た目は五十歳半ばの大柄なおじさんで、短い髪は真っ白でごま塩みたいな髭も剃らずにいるけど、だらしないという感じはしない。
雲幻流という流派を編み出した天才で、剣に生きた人生の集大成として五十年ほど前にママに挑んで、信じられないけどママにかすり傷とはいえ傷を負わせたらしい。
その人間を卒業した強さを認められて眷属に誘われたそうだ。
ママに傷を負わせたってのは信じられないけど信じれるかなというのが率直な感想だ。
五歳の時から十年間、私はこのカクノシンおじさんから雲幻流の修行をみっちりこってり受けてきた。
一応免許皆伝はもらったけど、竜の魔力を使っても道場では床に転がされまくりで全く敵わない。
いくら未熟とはいえ、竜の魔力を使用できる私がいつまで経っても子供扱いとか、シャレじゃなくってホントにそういう感じなのだ。
カクノシンおじさんを超える日がいったい何百年後になるのか、ちょっと想像もできんわ。
「そうですよ、アリシア様、お嬢のことはお任せください。 そう、どーんと大船に乗ったつもりで。」
一緒に修行して仲良く免許皆伝をもらったギャレットお兄ちゃんは一緒に付いてきてくれる事になった。
お兄ちゃんもこの十一年、カクノシンおじさんのところで修行した成果を世界で試したいのと、私の事が心配で付いてきてくれるのだ。
ギャレットお兄ちゃん、私の事をお嬢と呼ぶのはやめてといつも言ってるんだけどなあ。
お兄ちゃんはさっぱりした気性で面倒見がよい、城の人気者だ。
私のことも小さい時からすごく可愛がってくれて、いつも突っ走り気味の私を止めてくれる。
元々は外の世界の種族も人間だったけど、私が小さい頃にひょんなことからママの城に住むようになって、それ以来の付き合いだ。
お兄ちゃんは普段着のようにも見える皮鎧の軽装に、アルベルトさんが鍛えたカタナとよばれる東方の剣を腰に二振り佩いている。
背は私より頭一つ半高く、私と同じく十年以上鍛えこまれた均整の取れた体つきで、野性的な顔つきと相まって恰好いいし頼りになるのだ。
外の世界を当てもなくフラフラする予定ではあるけど、お兄ちゃんの実家には途中で寄らないと駄目だな。
「アリシア様、このマクシミリアンもついておりますれば、ここは気持ちよくミリアム様を送り出すのが親心かと。」
お兄ちゃんの後に、ママが何か喋る前にすかさずマックスがあとを継ぐ。
「月に一度、きっちりご連絡させていただきますのでご安心を。」
さすがはバルメロイさんの一の弟子、呼吸の捉え方がうまいな。
ママとの約束だけど、こっちも城のみんなの様子を知りたいしね。
正直、外の世界の事を何も知らない私と、十年以上ここに引きこもりだったギャレットお兄ちゃんが頼りにするのはマックスかも。
こちらは細身の体を執事の正装とも言える燕尾服を隙なく着こなしているけど、いついかなるときもこの家の執事たるもの、身だしなみは万全にというバルメロイさんの教育らしい。
バルメロイさんもマックスも二人共に断言してきたけど、これが正装かつ戦闘服らしい。
マックスの背は私よりも一つ高く、肩口できっちりと揃えられている青みがかった髪の下にはいかにも賢そうな、いや実際メチャ賢いんだけど、理知的な表情が浮かんでいる。
剣をお兄ちゃんと一緒に修行したように、魔法はマックスと一緒にバルメロイさんに教わった。
お兄ちゃんと一緒に、暴走する私を止めるのがマックスの主な仕事になりそうだな。
これからもお世話になります。
「えい、黙れ若造ども。 心配などはしとらんわ。 ミリアムは妾の血脈ぞ。 じゃが妾の精神安定のためにミリアム成分が必要なのじゃ!」
形勢不利なのを悟ったママが最後の抵抗とばかりに叫んだわ。
そろそろ自分の分霊とか、成体の竜を同行させるとか言い出しそうだけど、それは世間知らずの私が考えても目立ちすぎるし過保護すぎるわな。
ママの方を向いて上目遣いで見つめながら、おねだりするようにお願いする。
「ママ、許可してくれたじゃない。」
ママがうっ、となって動きが止まったところに畳み掛ける。
押すのは今だな!
「約束してくれたじゃない。 一人じゃダメっていうからギャレットお兄ちゃんとマックスも一緒だよ?」
胸の前で手を組んでママに訴える。
我ながら役者よのう。
「じゃがのう…………」
それに段々と勢いをなくすママにさらに押す。
「剣も魔法もカクノシンおじさんとバルメロイさんから頑張って教わったよ? 一生懸命頑張ったよ?」
「じゃが……」
「立派な装備もアルベルトさんに作ってもらったよ。ママが用意してくれたんじゃない。」
「……」
私の身を包んでいるのは、ママ本人の魔石を素材として作られた服で、竜の魔力を効率的に循環させながらも服自体も私と共に成長する、生きている服だ。
銘というか名前を付けるのが決まりだそうで、ベタだけどそのまんまの「赤竜」という名前を付けた。
背中に吊るしている剣も同じだ。
今は剣の形をしているけど伸縮自在というか形態を竜の魔力で好きに変更できる。
私がいつも使っているのは中距離では伸縮できる鞭のような剣、近距離では東方のカタナという剣だ。
私の闘気と竜の魔力を完全に伝えられるので、雲幻流と非常に相性がいい。
こちらの名前は「業火」だ。
もちろん両方ともに色は炎のように真っ赤なので、これまた私の赤毛と相まって全身が真っ赤で相当に目立つだろうけど、自分でもお気に入りなのだ。
なんたってママの色だからな。
アルベルトさんはドワーフで、珍しい素材を好きに使わせる条件で二百年ほど前にママの眷属になった。
それ以来、この城の物はほとんどアルベルトさんが作ってきた。
そしてカクノシンおじさんと毎晩酒盛りをしている。
というか、みんなで毎晩騒いでいるんだけどな。
ギャレットお兄ちゃんのカタナもアルベルトさんが鍛えた。
免許皆伝祝いにと、私と一緒に装備を作ってくれるようにカクノシンおじさんがアルベルトさんに頼んでくれたらしい。
今回作ってくれた私の装備とお兄ちゃんのカタナは生涯でも最高の出来だと渡しながら嬉しそうに伝えてくれた。
それとは別に、私の腰ではお父さんの形見の魔剣が、そして胸にはお母さんの形見の赤い宝石が細い鎖で通したのが揺れている。
ママが残しておいてくれた本当の両親のだ。
言葉を失ったママにさらに追撃。
「ママはお仕事も忙しいんだよね? アルブ様とルレウム様が言ってたよ?」
「げっ!!」
その二人はママと同様に世界のマナを司る存在で、全員で六人いるうちの二人。
小さいころから他の五人も分霊でしょっちゅう来てくれて、ママと同じように可愛がられたわ。
名前を出した二人は、豪快でおおざっぱなママとは対照的に、冷静できちんとした性格だからママは結構苦手なのだ。
これは使わせてもらわねばなるまい。
因みにアルブ様はこの世界の光を司る「白」、ルレウム様は水を司る「青」だ。
「お願い、行かせて、ママ!」
止めに胸の前で手を組んだまま再び上目使いでママにお願い。
それを見てママは長いながーい溜息をうつむいて吐きだした。
普通に呼吸したら五十回ぐらいの間は続いてたけど我慢してじっと待つ。
今まで何年も待ったからあと少しぐらいは待てる。
ママが体から力が抜けたように言葉を搾り出した。
「可愛い子には旅をさせろ、か。 たまには帰ってくるのじゃぞ。」
「うん!! ありがとう、ママ」
やったあ!
ママに抱き着いた。
「でも、検知魔法でずっと監視するのは止めてね、ママ。」
「!!」
でも忘れずに釘も刺しておくと、ママが眼を丸くして驚いた顔でこちらを見てきたけど、かれこれ十五年の付き合いだからそりゃ分かるよ、ママの考え。
その様子を見て周りから笑いが起きた。
「お館様の負けじゃなあ。」
「アリシア様、ミリアム様も立派に成長されました。」
「しっかり食べるのですぞ。」
「お嬢様、お便りくださいね。」
まわりに並んでいる竜たちからも、上空を悠々と飛んでいる竜達からも暖かい気持ちが流れ込んでくる。
カクノシンおじさん、バルメロイさんに続いて料理長のフリットさんの落ち着いた声、メイドのマリアやアビーの涙声。
それを聞いて、何だか私の胸にいろいろとこみ上げてきた。
それを誤魔化すようにママにもう一度強く抱きついた。
「ママもみんなも大好きだよ。 行ってきます!」
「ミリアム…… 大きくなったのう。」
こうして私は、おそらく地上の誰よりもすごい見送りを受けて、十四年間過ごしたママの城を後にして旅立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます