第15話【キョンの思い違い】
ハルヒのテストもとい自由時間は、ハルヒがお茶をずびびっとすすりきったところで幕を閉じた。幕を閉じたのだが、ハルヒがお茶をすすっているあたりで下校のチャイムが鳴る。本日のワークショップ、これにて終了である。
「あら、もうこんな時間? あたしが話しているだけで終わっちゃったわ」
まったくだぜ。やつに反省を促したい俺である。……いや、面倒なことになりそうなのでやめておこう。すでに外は、夕の暗がりに包まれつつあった。
「仕方がないわね。今日はここまでにしましょ」
本当に自由なやつだな。
ハルヒは、窓際に寄ってカーテンを勢いよく開ける。まだかすかに夕焼けを望めた。少しの間、それを眺めていたようだが、すぐに踵を返し、いつもの調子で話を切り替えてくる。
「もちろん、明日もやるんだからね」
そう言いのけ、ハルヒは教鞭を鞄にしまった。
「あーいっ」
「はぁい……」
「承知致しました」
「うん、お疲れ様。キョンもね」
「やれやれ」
「……」
それぞれが誰の反応によるものか。音声のみで判別可能だな。……濃いやつらだ。
そんなささやかなことが気にかかり、ちょっとだけしみじみとしてしまった俺だ。
だが、やつは俺のしみじみとした感情を慮ったりしない。
「みくるちゃんが着替えるから、男子はとっとと出てって」
颯爽と部室外に追い出された。この横暴さもハルヒのハルヒたる所以である。
さて、朝比奈さんの着替えの為に、肌に凍みるほど寒い廊下へ放り出された俺と、国木田と古泉。無論、寒い。最初に音を上げたのは国木田だった。
「ここ数日、やけに寒くない?」
俺だってもちろん寒い。
「右腕の鳥肌すごいぞ。見るか」
「さすがに、キョンの鳥肌は興味ない」
「だよな」
だが、本当に寒かった。耳が、うなじが、首筋が、風に晒されて寒気立っている。だから冬は嫌なんだ。この風が夏に吹くのであれば、幾分か爽快なのかもしれないが。そう思うと、吹き荒ぶ季節を間違えていることに異議を申し立てたくなる。これがもし夏に吹いてくれるというのなら、冷え冷えとしたスイカを用意して大歓迎したことだろう。
国木田がなにか思い立ったような仕草で、
「朝比奈さんって、なんでメイドさんの恰好なの?」
と今さらなことを尋ねてくる。
「そりゃあ——」
なんでだっけ。
「古泉。お前、知っているか」
右隣の優男は物腰軽やかに首を振った。
「僕より古参のあなたが知らないのであれば、皆目見当つかないですね」
だよな。確認しあうかのように頷く俺と古泉。
「確か、最初の頃に何かのきっかけで着てからそのまま定着して——まァ、なんだ。ノリだ。気にするな」
「そうなの。魅力的だから、いいんだけどね」
また、そういう褒め言葉をさらりと口にする。国木田といい、古泉といい、むしろ俺が照れくさがっているだけのように思えてくる。
そこに——、
「もういいよっ!」
鶴屋さんの呼び声だ。天上から響いている。俺達はよし来たといわんばかりにドアを開けた。
……だが。
俺達の視線に映ったものは、いつも通り部室の片隅で読書に勤しんでいた長門と、雑談をしていたハルヒと鶴屋さん。
そして。
こっちを見て今にも泣きそうなカオをしている朝比奈さんだった。素肌の肩がのぞいている。透けてきらめくような薄肌色だ。
彼女がおもむろにブラウスに手を通そうとしてたところに、我々男どもが侵入してしまった構図が出来上がっていた。
時が止まる。
それから、ハルヒが怒鳴った。
「バ、バカ!」
我ら男衆も絶対零度で凍てつくがごとし。
「まだ入っていいって言ってないでしょ!」
その声をきっかけに時は動き出したのである。
「きゃあああっ!」
朝比奈さんは反射的につんざくような悲鳴——当たり前だな——をあげた。
「うわあっ!」
「本当にごめんなさい!」
「し、失礼」
朝比奈さん以上に取り乱していた我ら男衆は光の速さでドアを閉めたのだった。でも俺、気づいたぞ。柄にもなく古泉も焦ったな。今度ネタにしてやろう。
深呼吸をして気分を落ち着ける。その後、部室の外からこっそり戸に耳を立ててみると、鶴屋さんとハルヒが朝比奈さんに気遣っている声が聞こえた。
それにしても、大丈夫かコレ。誤解した誰かがやってきて騒動になりかねない悲鳴だった。……ちょっと待て、これは誤解の範疇に入るのか。それも不安だな。
国木田は訝しむ表情で戸に耳をそばだてる俺を見て、
「キョン。不審者みたいだよ」
いや、そうなんだが。
ともあれ、不安になった俺は二人に尋ねた。
「さっき、鶴屋さんがもういいよって言ったよな?」
国木田と古泉は顔を見合わせる。そして、意外な答えを言った。
「いや、キョンがドアを開けたからもういいのかと思って——」
「タイミングを見計られていたんだと思っていましたよ」
——何?
だとしたら、俺の聞き間違い?
「マジかよ……。ボケるの早くねぇか、俺」
それとも、この二人が口裏を合わせているのか。
すると、国木田と古泉が雑言を投げかけてくる。
「本能的な欲求とか?」
「生物として仕様のない部分もありますよ。あまり気を落とさず」
完全にからかいにきている。
だがその分、ウソはないように思えた。だとしたらなおさら謎だ。本当にただの聞き間違いなのだろうか?
いったいどうしたことだ、コレは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます