第7話【設立宣言】

「あんたたち。もうすぐ何が始まるのか、わかっているわね」

 俺達からの返答はない。だが、ハルヒはそれをハナから気にする性格でもない。俺達の反応がどのようなものであろうと、あいつの発言は最初から決まっているのだろう。

「そう、期末テストよ」

 そうか。

 まァ、普通の話題だな。俺は無意識に後頭部を掻きながら、他の連中を目で追っていた。長門も古泉も朝比奈さんも……そして今日この部室に合流した国木田も、とりあえずハルヒの言葉を大人しく聴いているようだった。

 ハルヒは両手を大きく広げ、

「ということで」

 と、偉そうに宣いあげている。

「あんたたち、このテストで全員学年トップまたは五本指に入れるよう尽力なさい」

 なんだと?

「崇高なるその目的は、文化面でも優秀であることを学内に示しつけることでの好感度のアップ。そして私達自身の知名度アップ」

 悪名ならばすでにそこらで響き渡っていそうなものだが。

「さらに、SOS団への依頼者獲得の層を押し広めるためにあります。そしてなにより、生徒会につけこむ隙を与えないこと!」

 どうやらハルヒは、この団についてとやかく言われたことを未だに根に持っているらしい。

「我らSOS団は、これからテストまでの一週間を必要な冬季学習強化期間とみなし、団内に新しく涼宮アカデミーを設立することをここに宣言します!」

 俺達を指さし、設立宣言を高らかに叫んでいだ。本人はいかにも楽しそうだ。

 自分の言葉だけでああも、簡単に自分を鼓舞できる精神性は、素直に羨ましい。


 それにしても、アカデミー、ね。つまるところは勉強会。……発想自体は、割とありきたりだ。ハルヒの演説は一見凄みがある様で、その実割と中身は年頃らしさを思わせるところもある。ぶっ飛んでいるのは行動力。時折、アイシュタインもかくやといったような思考力を放つこともあるらしいのだが……今はどうやらその時ではないらしい。

 それにしても大きく出たものだ。学年五番以内だななどと宣いあげたな、こいつは。考えるだけでも頭痛の種が散弾になって俺に襲い掛かるかのごとき難題だ。頭痛のおかげで試験に悩む苦悩を越えて開き直ってしまいそうだぜ。

 というか、それに国木田は含まれるのだろうか。数的にはギリギリだが。辟易しつつある俺の脳みそに鞭を入れて回転させようとしているところで、国木田がヒソヒソ声で俺に話しかけてきた。

「SOS団って、もしかして涼宮さんのこういう気まぐれで活動しているワケ?」

 今さら気づいたのか、国木田よ。

 そんな国木田の発言がまるで覆い隠されてしまうような勢いで、ハルヒの演説もどきが続いている。

「目的は、団員みんなの学力の劇的向上を図ること! 目標は、学年五番以内に全員が入ること! まッ、ウチはもともと大丈夫な人が多いんだけど、どうしようもなく果てしないアホがごくごく一部にいることも、否めないもんね」

 そのとき、奴が俺をキッと睨んだのは言うまでもない。

 それからハルヒは、「学長」というシンプルな二文字が書かれた腕章を腕に装着して、また高らかに宣言した。

「あたしはこれからSOS団団長兼涼宮アカデミーの学長として、みんなの勉強が捗るよう見守ります。怠けちゃだめよ。時間も限られているんだから」

 暗に自分は何もしないと断言しているようなものだが、さりとてそれは最早毎度のことなので、誰も気にしていなかった。俺たちのこいつに対する理解の深まりに気が付いていないであろうハルヒは、「でも」と言葉を続けて国木田の方に視線を向ける。ヘビに睨まれた兎のごとく、急に国木田が姿勢を正した。

「体制は抜かりないわよ。教える側があたし一人だと、能力は足りていても手が足りなくなる可能性があるの。だから、今回はそのためにある特別ゲストを招待したわ。一年五組クラスメイトであり、キョンの数少ない割とまともっぽい友人。国木田くんよ!」

 ハルヒの鋭く力強い目つきが国木田を差す。視線を向けられた国木田は小動物のように縮こまっているように見えるが——。周囲の視線も国木田に集まっていた。

 急に指名された当の国木田は、面くらいながらも少し間をおいておずおずと立ち上がり、「どうも」とぎこちない挨拶をした。

 さらにハルヒの追撃。

「さあ、国木田」

「え、なに——」

「気をつけ!」

「は、はいっ!」

 国木田は瞬時に背筋をピンと伸ばして立ち上がった。他の団員は、ハルヒか国木田を見ているだけで微動だにしない。様子を伺っているらしい。

「じゃあ国木田。この腕章を着けなさい」

「うん」

 国木田は遠慮がちに腕章を受け取る。無論、戸惑っていた。そりゃあ、戸惑うだろう。誰が見てもそうなるだろうな。同情はしよう。

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