涼宮アカデミー

第5話【仁義なきドナドナ】

 ハルヒと国木田の素っ頓狂なやり取りを生暖かい視線で見守っていた俺は、帰り支度を整えておもむろに立ち上がる。部室へ向かう習性が根付いていた。すると涼宮ハルヒもまた、ここからが私の時間とでも言いたいが如く疾風の速さで行動を開始したのだった。

 もちろん俺には嫌な予感が全身に迸る。そしてその予感に対応する間もなくそれは現実のものとなった。いきなり俺のネクタイが引っ張られる。

「ちょ、ちょっと待て! 首が絞まるって、おい!」

 俺の必死の抗議は当然無視された。この白くか細い腕のどこに、このような馬鹿力を蓄えているのか。俺はどこまでもずるずると引かれて行く。不安定な引っ張られ方に転びそうになるも、それすら許されない怒涛の勢いだ。そしてこのまま教室を出るのか、と思ったらそうではなかった。

 ハルヒは国木田の席に直行し、そのまま空いた方の手で国木田のネクタイも掴み、あいつを俺と同じ目に遭わせようとしたのだ。

「す、涼宮さん! 僕、まだ帰りの準備ができてないんだけど……」

「そんなの、中身を全部鞄に突っ込んでしまえばいいのよ!」

 ハルヒは掴んだ手をネクタイから離し、国木田の鞄に荷物を全部詰め込み、再びネクタイを掴んだ。

「じゃあ、行くわよ!」

 そしてそのまま教室を颯爽と駆け出そうとしたわけだ。さすがの国木田もハルヒに抗議を申し入れた。

「待って、ちょっと待って! 苦しい! とりあえず、離してくれない?」

 激しく同感だ。さぁ離せ。いいから離せ。だが当然ながらこいつは離さない。

 というより、俺達の抗議など最初から聞いていない。そのまま教室の扉を通過しようとしたので、俺は必死で扉にしがみついた。奇遇や奇遇。国木田も教室の端を片手で掴む。

「離せ、ハルヒ! 俺達を窒息死させる気か」

「少し苦しいなあ。ちょっとだけでも離してくれたらありがたいんだけど……」

 壁にしがみつき、顔を赤くしながら俺と国木田は健気に抵抗する。傍目から見たらなんと滑稽なことだろう。一方でハルヒはいつもの馬鹿力を存分に発揮する。

「うだうだ言わないっ!」

 これまでか、と思った時、俺は谷口と目が合った。

「おい谷口、これが見えてるなら助けてくれ」

「谷口、頼むよ。ちょっと引っ張ってくれるだけでいいから」

 俺達の苦しみを目の当たりにした谷口は、どこから出したかよくわからんハンカチを手にし、気の毒そうに手を振った。

「ちょっとお前ふざけ、うおっ!」

「谷口、助けてって、うわあっ!」

 ハルヒの馬鹿力のおかげで二人とも手を壁から引き離された。そして奈落へと堕ちていくが如く、そのまま部室へと向かうことになったのだ……強制的に。

 とりあえず、覚えてろよ谷口。

 ハルヒの性格を知っている人間ならば、おそらくああいった行動もとるのだろうと理解しつつ、全ての責任を谷口に帰結させることで、俺は自分の精神を落ち着けた。慣れている俺はまだいい。国木田は災難だ。

 いつもなら、のんびりとした歩調で周りを眺め、しみじみと歩いていた部室への道。そこで見る景色が今日は超スピードで移り変わっていく。ハルヒに無理矢理引っ張られる形で。おかげで周囲の生徒や外の風景に全く感慨を抱けない。いつの間にか雪が降り始めているな。しかし、そんなことに気を配れる余裕もない。

 まったく、風情も何もあったものではないぜ。

 そんなこんなで俺達は部室に到着した。道中、他の学生に奇異な物をみる目で見られたのは言われるまでもないだろう。

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