第12話 出航

 遼ノ国は貿易港カランにて、オルヴィスは幾分かの報酬を渡し、商船に同乗させてもらった。その際、渡航の目的を聞かれた時に、オルヴィスは海の向こうで一旗揚げる、などとテキトーなことを言ってごまかした。商船の船長には笑いながらツッコまれた。

「オマエ、なにやって一旗上げんだ?」

「海賊だよ」とテキトーに流した。

「海賊か! 面白れぇなッ」

「面白いとか言ってナメてっと、船長さん、いずれアンタの船を襲うかもしれねぇからキンタマ茹でて温めておいた方がいいぜ」

 誰とも親しく話す気のなかったオルヴィスは、話しかけてくる人たちを避けて酒樽の置き場の隅の方で過ごした。時々、甲板に上がり、空を、海を、波を、伝書鳩を、水平線を眺めて時間をつぶした。日が落ちた後にも甲板へ上がることがあった。海では満月が赤かった。波打つたび満月に向かってヒラヒラした光の帯が伸びてまるでじゅうたんのようだった。月に帰った姫を追って王子がこのヒラヒラした光のじゅうたんを上って行く。だが、そんなものはどこにもなく、王子は海へ身を投げ出し死んでしまう……そんなおとぎ話さえ想像しまうほど息を飲む美しさだった。




「ラーゲルシュテッテン大地ってのは、どこをどう行けばいいんだい?」

 神聖サハルト帝国は港町クロロに着いたオルヴィスは道行く外国人ばかりの光景に驚き、言葉がまったく通じないことが身にしみてわかり、通訳を雇った。一緒に商人の出入りする酒場に入るとカウンター席の隣にいた薄汚れた白いマントを巻いた男に聞いてもらった。マントの男は早口にしゃべった。あるいは、外国語は早口に聞こえるのかもしれない。通訳の男が言った。

「ラーゲルシュテッテンは、首都アーケプラスの背後に広がる荒涼とした大地のことだそうだ」

「アクラシスの森は?」

 通訳に頼んだ。すぐに翻訳してくれる。

「アクラシスの森は大地に沈み込むカルデラに広がる森だそうだ」

「どうも」

 オルヴィスは両者に軽く会釈をした。マントの男は、さらに矢継ぎ早に何事か口にした。オルヴィスは耳を澄ませ、通訳にたずねた。

「なんて言ったんだ?」

「外国人。オマエ、なんでそんなこと知りたいのか、って聞いてる」

「外国人? ああ、オレのことか。なるほど。確かにここではオレの方が外国人だよなぁ」気を取り直してオルヴィスは通訳に言った。「こう言ってくれ。少なくとも自殺志願者じゃねえ。明確な理由はオレにもわからん。ただ、人にはそれぞれ飽くなき探究心を満たすため目指すべき旗印がある。オレはその旗印をラーゲルシュテッテン大地の奥深くにあるアクラシスの森に設定した、ってだけの話だ」

 このことについては嘘は一つも言っていなかった。剣豪が剣の道を究めるため剣に精進するが決してたどり着けない境地があるからこそ前へ進んでいけるように、オルヴィスは彼なりに決してたどり着くことのできない人生の終着としてアクラシスの森を目指すことを選んだのだった。




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