第10話 三たび襲来
諸国行脚を終えて三人が帰還してから、一年が経ち、新緑の眩しい季節を迎えていた。山小屋で木を切り、動物と戯れ、星々に思いをはせ、書物に明け暮れながら過ごしていたオルヴィスのところにフリーダがやってきた。
「ごめんくださーい」
「ん? フリーダか。別にアイサツはいらねー入れよ」
カチャリとドアが開くとなにやら冴えない表情のフリーダが立っていた。
「どうした? ぼさっと突っ立ってないで入れよ。どうした? 部屋汚ねぇか? 臭うか? すまんが、今のオレは人でなくして本を読む獣だ。都会暮らしのように小綺麗にはできねぇ相談だ」
「そんなこと一言も言ってないよ」
「じゃあどうした? そこに座れよ」
いつも笑顔のフリーダの眉間にしわが刻まれていた。言われるままにオルヴィスお手製の木の椅子に座った彼女は言いにくそうに告げた。
「また神聖サハルト帝国の船団がやってきたみたいだよ」
「船団が? またか。これで何度目だ。懲りねぇヤツらだねぇ」
「今回で三度目だと思う」
「で、今回はどうなんだ? また船が嵐に遭って沈んだのか?」
「ううん。今回は違う」
「じゃあついに上陸を許したのか?」
「うん、そうだけど、今回はもっとずっと、ピンチ」
「ピンチ? もしかして飛鳥ノ国は負けたのか?」
「負けてはいないし、撃退もしたけど、いくつかの都市や町が遼ノ国に占領されたの」
「どういうことだ? どうして遼ノ国が?」
「遼ノ国はもともと飛鳥ノ国に与しない国だったでしょ? 神聖サハルト帝国とも通じていたって」
「つまり、海からは神聖サハルト帝国の攻撃に遭って、背後からは遼ノ国に責められたってことか」
「すごいね、オルヴィス。わたし、この話理解するのにけっこう大変だったのに」
「大したことじゃねーよ」
相変わらず勉強熱心だね、と言いながらフリーダは机の上に山積みになった本に手をやり、めくったり閉じたりした。どれもマクマード町の古本市や国立図書館で手に入れたものばかりだ。
オルヴィスは炭を熾すと湯を沸かし、ごぼうを煎じた茶をフリーダに出した。もっと詳しく話を聞くつもりだったが、フリーダから思いがけないことを聞かされた。
「でも、ここまでの話は前座。これとは違うもっと大事なことを伝えようと思ってきたの」
「なんだい?」
「十歳から四十歳までの男子はすべて例外なく徴兵。この年齢に当てはまらない者たちも国のために奉仕すべく働くことを命ずるとのこと。婦女子もまた戦争のため物資作りをさせられる」
オルヴィスは開いた口がふさがらなかった。思わず椅子から立ち上がった。驚きは後から遅れてやってきた。
「徴兵だって!」
またなんのかんの策略を巡らして徴兵から逃れてやろうと思ったが、次のフリーダの言葉で打ち砕かれた。
「今回は逃れられないよ。徴兵制度に従わない人は罰せられるらしいから。ガードリアスも徴兵されたからね」
「アイツ、人を殺すのが嫌で以前除隊しただろうが! それなのにまた…」
「マスターも駆り出されたよ」
「マスターも武器持って戦うのか!」
「マスターは違うの。鉄の道具作りの名人だから、戦争に使う剣だとか槍だとか矢尻を作らされてる」
「人殺しの道具を作らされてんのか」
マスターは以前、人殺しの道具を作るのが嫌になり、名工イヴァルディとしての生き方をやめたはずなのに、またそれを作らされたことを思うと、やりきれなかった。ガードリアスも同じだ。なぜこうも国というものは、その土地に暮らす人々の意思とは無関係に巻き込んでいくのか。動物には縄張りというものがある。縄張りとは自分が支配している領域のことだ。その支配を脅かすもの、侵入するものがいると、全力で排除しようとする。人間にもそれがあるのか。だから、国があり、国はそこに暮らす人々を支配し、侵入しようとする外敵を排除しようとし、その行為が結果的に戦争となる。そうなら、もう戦争とは死ぬまで縁の切れない生き物じゃないか。救いようのないことだった。サハルト教のいう神が下した呪いの以前に、人間の手は今も血塗られている。他者を傷つけようとする。縄張りの中にいる仲間以外は排除しようとする。そのことを悟ると、オルヴィスは絶望で目の前が真っ暗になった。
「…なら、今回は、さすがにオレも小細工使って徴兵から逃れることはできそうもねーな」
オルヴィスは決めた。遼ノ国で男から聞いた話。アクラシスの森。そこへ行けば、神に近づくなにかが見つかるかもしれない。
オルヴィスが徴兵への覚悟を決めたと勘違いしたのか、フリーダは、とくに慰めを言うでもなく、「また来るね」と呟いて小屋から出て行った。
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