第9話 アクラシスの森

 外国人宣教師を見つけたので、オルヴィスは彼を捕まえて、サハルト教のことをあれこれ聞こうとしたが、言葉が通じなかったので、近くにいた信者らしき男に通訳を頼んだ。

「こう聞いて下さい。本当にこの世界の人々を統一し、国をも統一しないと戦争は無くならないのか、って」

 通訳を頼んだ男が身振り手振りを交えて宣教師に伝えた。すると宣教師は一瞬驚いた顔をしたかと思うと、矢継ぎ早にしゃべりだした。それを通訳の男が耳を傾けている。通訳の男が言った。

「神話の話から語り始めたので、そこは省略しよう。簡潔に言えば、争いをやめない人々に神が与えた呪いは、そうたやすくは解けないそうだ。唯一可能性があるとすれば、皇帝であり神官でもあるミアヴォルト様が威信をかけてやっておられる統一戦争しかない、とのことだ。ちなみに、私もそう思う」

「話にならねぇ」とオルヴィスは両手を上げて肩をすくめた。

「戦争が最後の手段とは、ね。納得いかないよね」とフリーダ。

「もっとお互いに話し合いを進めたらいいのに」とガードリアスも不満げだ。

「話し合いなんか元からする気ねーんだろ。ヤツらの目的は侵略を手段とする統一戦争なんだから。話し合いで解決したら、統一されず、飛鳥ノ国は今のまま存続することになる」

「サハルト教をもっと広めたらいいんじゃない?」とフリーダがいいアイディアを思いついた子供みたいに得意げに言った。

「まぁ、確かにそれだと神聖サハルト帝国にとってはこの上なくありがたいことだろうけど、飛鳥ノ国にとっては面白くないだろうね。やっぱり先祖伝来のラーマ教を大切にしている人々もたくさんいるし。絶対もめるよ」

 確かに、とオルヴィスも思った。やはり国の中枢の会議で改宗を進めても、民衆にとっては寝耳に水の話でしかない。自分の信条を無理矢理変えることも難しいだろう。それに、このことは、公平ではない。飛鳥ノ国の方が大幅な譲歩をするだけで、実質、戦争せず、神聖サハルト帝国の全面勝利だろう。オルヴィスは別にそれでもかまわないと思うが、そうではない人々の方が圧倒的に多いはずだ。今の戦争を見てもわかるように、政府は臨戦態勢だし、大幅な譲歩に応じるとは思えない。オルヴィスは訳がわからなくなり、わしゃわしゃと頭をかいた。

「あーチクショウ、一体どうすりゃいいんだ〜神様に直接会って話し合いたいぜ〜その方が早ぇじゃん!」

 オルヴィスの隣を通り過ぎた浮浪者みたいな姿のボロをまとった男が、急に立ち止まり、オルヴィスの肩を強引につかんだ。

「き、君、いま、なんて言ったかね!」

「なんだよ、いきなり。神様に直接会って話し合いたいって言ったんだよ。まぁ、無理だろうけどな。ただの戯言だ。忘れてくれ」

「無理じゃない!」と男は叫んだ。男の手にさらに力がこもった。「俺は聞いたことがある。ある宣教師の話だ。このことを話す前に、オマエに誓って欲しいことがある。俺のことをバカにするな。荒唐無稽な話だと笑うな。頭がおかしいと言うな。これを誓えたら、話してやる」

「誓うよ」

「じゃあ、話してやる。だが、これは、宣教師もまた他の宣教師から聞いた話で、真実かどうかは自分の目で確かめなきゃ本当のところはわからないだろう」

「前置きはいいから早く話してくれ」オルヴィスはイライラし始めた。男は自分の話すことに狂人とそしりを受けられないことへの保険をかけているのだろう。

「わかった。単刀直入に言おう。そこへ行った者は、戦争を終わらせる秘伝を知ることのできる『アクラシスの森』と言われる秘境が、神聖サハルト帝国の支配下にあるラーゲルシュテッテン大地の奥深くにある。そこに神がお隠れになっている、とも言われている」

「アクラシスの森? そこへ行けば、神がいて、本当に戦争を終わらせることのできる秘密がわかるっていうのか?」

「だからさっき、前置きしただろう。真実かどうかは自分の目で確かめなきゃわからないだろう、と」

「自分の目で確かめる、か。なるほど」

「オルヴィス?」とフリーダが顔をのぞき込んだ。オルヴィスの目には彼女の顔は見えず、男によって語られた森の姿が映っていた。

「だが、その真実を確かめて生きて帰った者は一人としていない。ある意味、伝説の域を出ないような話だが、その宣教師は狂人扱いされて、心の病気になり、非業の死を遂げたよ」

「アクラシスの森はどこにあるって?」

「神聖サハルト帝国が領有する秘境ラーゲルシュテッテン大地の奥も奥、誰も寄りつかないような奥深くに眠る森だ」

「漠然としすぎている。もっと具体的に教えてくれ。地図はないのか?」

「地図はない。あるかもしれないが、俺は持ってない。神聖サハルト帝国へ行って探してみるより他ないだろう。雲をつかむような話だ。本気にしなくてもいい」

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