第3話 カフェ『雨宿り』
戸を開けたら、カラカラと鈴の音が鳴った。聞いたことのない音だった。
「いらっしゃいませ。あ、誰かと思ったら、オルヴィスじゃないか」
久しぶりに見るフールムは、なかなか男前だった。制服も大人びて、よく似合っている。
「鈴の音が違う」とオルヴィス振り返って鈴を見た。
「ああ、それか。古くなったんで、マスターが交換したんだ」
「熊よけの鈴みたいな音だな」
「ふうん。それは気がつかなかったな」
「ところで、久しぶりだな、フールム。達者にしてたかい?」
「もちろんだ。達者というなら、キミの方こそ山小屋暮らしはどうなんだ? こっちに戻ってくるつもりはないのか?」
「ない。ごみごみした都会にいるよか、森の方がずっと気楽なもんだ」
「フリーダがさみしがってるぞ」
「けッ」オルヴィスは吐き捨てた。「女々しいヤツだ」
「そんな言い方はないだろう。長く一緒に旅の苦労を重ねてきた子に対して」
「わかってるよ!」
ただオルヴィスは、素直というか、やさしく接してあげられないだけだった。後で、もっと違う言い方がなかったものかと、最近では猛省することがしばしばあった。そして、猛省しても直らない、という繰り返し。
「ところで、神聖サハルト帝国が攻めてくるんだって?」
「ああ、キミの耳にも届いていたか」
「フリーダが教えてくれた」
「大変なことになった。向こうは、大陸を平定した大国だそうだ。この国の軍事力で太刀打ちできるかどうか…」
「ほんっと、戦争バカばっかりだよなあ」オルヴィスは悪態をついた。「戦争なんかしてなんになるっつうんだよ。ムダに命が散るだけじゃねーか」
「戦争するヤツらにはヤツらなりの道理があるんだろうよ」
「どんな道理だよ」
「我々の方が強いから我々に平伏せよ、とか。黄金のタネを渡せ、とかじゃないのか?」
「わっかんねーよ、ホント。強いから平伏せよ、なんざ獣や昆虫の理屈じゃねーか。黄金のタネも無理やり奪わなくても話し合いで取引すりゃいいじゃねーか」
「すべてがキミのように平和的に考えるわけではない」
フールムはオルヴィスにオーダーを求めた。オルヴィスは、ココアの上に生クリームの乗った熱い飲み物を頼んだ。山小屋にいては飲めない飲み物だった。コーヒーよりはココアの方がオルヴィスの好みだった。あんな苦いだけの飲み物なんか飲めたものではない。砂糖をいくらか入れると少しはマシになるが、それでもココアには負ける。そして、砂糖を入れるとフリーダにツウじゃないと言われる。オルヴィスの理屈では、苦いものをツウじゃない者がツウを気取って無理しても飲むよりも、砂糖を入れておいしくして飲んだ方がよっぽどツウというものだった。好き嫌い、嗜好にはカッコつけずに、正直にならないといけない。
ココアが来ると、生クリームをかき混ぜてから一口飲んだ。
「これだよこれ。街へ来たら、これを飲まないと山小屋には戻れねぇぜ。今度、マスターにつくり方聞いて、山小屋でも再現してみようかな」
追加分をオーダーし、それも飲みきるとオルヴィスは席を立ち、貨幣を置いた。
「フリーダに会っていかないのか?」
「フリーダ? いるのか?」
「いま、休憩中でシファカと一緒に奥にいる」
「ああ、いいよ、別に。この前も会ったし。話題なんかねーや」
「そうか。会うだけで喜ぶと思うんだけどな」
「今日はアンタと話をしに来ただけだ」
この時からひと月後。
神聖サハルト帝国の船団が沖合に現れたことを報せる情報が市民の耳にも届いた。
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