第2話 路地
「よう、久しぶりなあ、オルヴィス」
いつもの路地の溜まり場にアオとスジとハナがいた。悪ガキ三人衆だ。彼らなりに必死で生きているのに、悪ガキ三人衆はないか、とオルヴィスは訂正した。根はいい奴らばかりだ。
「オルヴィス、今度、俺にも木の切り方を教えてくれ」酒樽の上に座った一番年上で体格の良いスジが言った。
「真面目にやる気あるなら教えてやる」
「オルヴィス、山小屋で一人で住んでさみしくないのか?」と言ったのは、一番年下の女の子ハナ。
「ああ、別にさみしかねーな。首都みたいなたくさんの人間でごった返っている土地の方が、誰もが自分以外に無関心で、興味なさそうで、そっちの方がさみしいって気がするよ」
「あたしも山小屋に遊びに行ってもいいかい?」
「いいよ。来いよ、ハナ。森を案内してやる。静か〜にしていたらクマにも会えるかもだぜ」
「えークマはいいよー怖いし」
「山小屋に遊びに来るんなら、クマにビビってちゃダメだぜ」
「じゃあいい。そんな意地悪なこと言うんなら、森には絶対に行かない」
ハナはほおをふくらませて、いじけたのか、そっぽを向いてしまった。オルヴィスは笑いながら、フールムの居場所をたずねた。
「フールムなら雨宿りで仕事しているよ」
「そうかい。ありがとうよ」
「でもまだお昼時だからね。会っても忙しくて話せないと思うよ。オルヴィス、昼すぎまで缶けりやってかない?」
スジの誘いにオルヴィスはどうしようか迷ったが、彼らにもひょっとしたら、もう二度と会えないかもしれない可能性に及び、一つ付き合おうと思った。
「缶けりかぁ、何年ぶりだろうなあ」
じゃんけんで鬼を決めた。オルヴィスになった。缶を設置した。十を数えているうちに、アオ、スジ、ハナの三人は散っていった。
「十! じゃあ、探すぞ〜」
路地の角にアオとスジがひょっこり顔を出している。オルヴィスは彼らを捕らえるべく走った。後ろで缶を蹴る甲高い音が響いた。
「しまった」初歩的な手に引っかかった。二人が囮で、ハナが蹴る役だ。
オルヴィスは急いで缶を元の位置に戻した。ふたたびカウントを行う。ハナの悲鳴が響き渡った。彼女は転んでいた。膝でも擦りむいたのだろうか。オルヴィスは急いで彼女のところへ駆け寄った。すると、後ろでまた缶を蹴る音がした。ハナはにっこり笑った。彼女の膝は擦り傷一つなかった。
「オルヴィス、また引っかかったね」
どうやらハナが転んだのはフェイクだったようだ。遊び程度のことに悔しさがあるわけでもないが、今度はオルヴィスが仕返ししてやろうと思った。缶を元の位置に設置すると足元に落ちていた割れた鏡の破片を手にして、まずアオを探すべく動いた。鏡は手に持ち、見えない背後をカバーする。スジの姿が映った。缶に近づこうとしている。オルヴィスはきびすを返して缶のところへ走った。びっくりしたスジをタッチする。
「あれ? オルヴィス、どうしてわかったの?」
「オレは背中にも目が付いているんだよ」
「マジ? …って、そんなことあるわけないじゃん!」
オルヴィスは手に持った鏡の破片を見せた。
「ズルイよ! 鏡で見るなんて!」
「缶けりで鏡を使っちゃいけないなんてルールはないぜ」
スジを助けようと近づいてくるアオとハナも同様の方法で捕まえた。
「じゃあ、オレはそろそろ行くぜ。オマエら達者でやれよ」
「なんだよ、オルヴィス。これが最後みたいな言い方しないでよ〜」ハナが言うと、スジも同じことを言った。最年長のアオは落ち着いてたずねた。
「オマエ、この街を出るのか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。人間、いつどこでなにがあるかわからないからなぁ。だから、いつでも別れが来てもいいように、今のうちにアイサツをしたわけだ」
「死ぬなよ、オルヴィス」アオが右手を差し出し、オルヴィスがそれに答えた。
「オルヴィス行かないでよ〜ふぇぇぇん」ハナが泣き出したので、オルヴィスは彼女の頭にぽんと手を置いた。
「ハナ。そんなに泣いてもらえることは、オレにとってはスゲェうれしいことだから、もっと泣いてくれ」
「おい、オルヴィス。そういう時は、泣くな、って言うもんじゃねーのか」アオがもっともらしいことをツッコンだが、オルヴィスは反論した。
「オレは泣くことは否定しない。泣きたければ泣けばいい。我慢することはねえ。自分自身を憐れんで泣くことはどうかと思うが、ハナはオレのことを想って泣いてくれたんだ。生きていてこんなにありがたいことはないだろうよ」
ハナが号泣を始めた時には、さすがに参った。
「ハナ。そこまで泣かなくてもいいよ」
「また会える…? よね?」
「そこまでは保証できねーなあ」
「ふぇぇぇん」
「おい、オルヴィス。そこは、わかった、というべきところなんじゃねーか?」ふたたびアオである。
「オレは未来に不確定要素のあることには、安請け合いしない主義なんだ」
人間いつどこでなにが起こるかわからない。自分はまだ死なない、と思っているヤツがいるとしたら、どんなに楽観的で日和見野郎だろうか。あす病に倒れ、暴漢に襲われ、災害に遭って死ぬかどうかもわからないだろう。仮に限りなく可能性がゼロに近いとしても、絶対に起こらないとは誰にも言えない。人間はいつでも死と隣り合わせで生きていると自覚した方がいい。森にいたらわかる。日々、食い、食われ、病に倒れ、生まれ、死んでゆく。昨日まで見かけたリスがいなくなっていたり、腹のふくらんだシカが翌日に子ジカを連れていることもある。巣穴から飛び立つことができずに置いてけぼりを食ったひな鳥もいる。生と死の差は薄皮一枚分しかないだろうとオルヴィスは思っていた。たとえば、自分が馬車の前に飛び出したら轢かれて死ぬだろう。馬車の前でじっとしていたら死ぬことはない。その差は歴然であるが、一歩足を踏み出すか踏み出さないかの差でしかない。
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