不戦の誓い4
早起ハヤネ
第1話 山小屋
オルヴィスは役所に林業の許可申請を申し入れ、郊外の森に自分の作業場を手に入れていた。日々、黙々と木こりとして建材として使用する木々、キノコ栽培のための小型の丸太や燃料として使われる薪や工芸品としての木像を製作したりと、首都ウッドワイドに来て以来、仕事も軌道に乗り始めていた。
日はすでに傾いている。木々のすき間からまばゆいほどの黄金の日差しが降り注いでいた。だいぶ前に切り倒された切り株の上に、控えめにキノコが生え始めている。
にこりと笑い、オルヴィスは仕事道具を片付けると小屋に戻った。彼はいま、カフェ『雨宿り』の居候をやめ、一人山小屋に暮らしていた。初めのうちはめずらしいものだらけで首都の喧騒や人混みも悪くはなかったが、飛鳥ノ国の領土に変わってからは、さらに人も増え、しばらく接客業も続けたものの、やはり自分の性分に合うものではないとわかり、首都を出て森で暮らすようになった。山小屋もガードリアスの手助けを得たものの、ほとんど一から自分で作ったものだった。
こうして日夜、木を切り、薪を作り、森の声を聞き、鳥の声を聞き、虫の這う足音を感じ、夜には作業場で満天の星を眺め、時々現れるフクロウに話しかける日々を送った。
ある日の雨上がりの翌日の昼前、フリーダが長靴を泥だらけにして山小屋にやってきた。息を切らせて、慌てている様子だった。ノックがした。
「オルヴィス、わたしだけど」
「ああ、フリーダ、どうした? 入れよ」
恐る恐る戸が開けられる。フリーダは足元を見て申し訳なさそうに言った。
「靴、汚れてるんだけど…」
「そんな細けぇこと気にすんな」
とは言いつつも気になるのか、フリーダはできるだけ泥を落としてから小屋に入った。
「久しぶりね、オルヴィス」
「ああ、久しいな」
「元気だった?」
「ああ、この通り。ピンピンしている。街にいるよかぜんぜんいいぜ。ずっといたら、病気になるかと思ったもんなあ。オマエの方は元気か?」
「あ、そのことで話があったんだ! 大変だよ、オルヴィス」
フリーダは言葉よりもまず体が先に動いたのか、テーブルに足をぶつけて、置いてあった木のカップを落とした。中身はなかった。
「オマエがまず大変だよ。落ち着け。なにが大変なんだ? 大変なのはわかったから、なにが大変なのかそれをまず先に言ってくれ」
「飛鳥ノ国の首都レヴァントから来た商人さんに聞いたんだけど、海の向こうの国、神聖サハルト帝国が船団を組んで攻めてくるらしいの」
「…へえ、そうなの」
「リアクション薄いね」
「戦争、興味ない」
「興味なくても、我が身に降りかかる不幸かもしれないよ」
「マジでここが戦場になったら、オレはどこまでも逃げるだけだ」
オルヴィスは椅子を差し出し、座るようにうながした。
「わたしも一緒に逃げてもいい?」
椅子に腰掛け、懇願するようなフリーダの真摯な表情にオルヴィスは耐えられなかった。顔を背けて、
「イヤ……オマエはダメだ。やめた方がいい。せっかくマスターの店で天職が見つかったんだから、そこで働いた方がいい。神聖サハルト帝国だって、首都の片隅で個人経営している店の一つなんざぶっつぶそうなんて思わないだろ」
「でも、オルヴィスが一人で行っちゃうのはイヤだよ…」
フリーダが涙ぐんだのを見て、オルヴィスはテーブル越しに身を乗り出し、頭を撫でた。やさしさを示すのが苦手な彼にしてはめずらしい行為だった。
「バカ、泣くな。まだ逃げるって決まったわけじゃねーだろ。飛鳥ノ国が神聖サハルト帝国を撃退するかもしれないしよ」
「そうだよね」フリーダもめずらしそうにオルヴィスを見て、現実かどうかしっかり見るように目をぱちぱちさせたかと思うと涙をぬぐった。「仙ノ国と洞ノ国を飲み込んでもっと大きくなった飛鳥ノ国が負けるはずないよね」
しばらく二人で積もる話を交わした。オルヴィスの方は森で生活しているので、森で起こったささやかな話しか提供できなかったが、都では歴史を基にした絵巻物や草双紙、かるたや花札が流行っているだとか、フリーダはいろいろ話してくれた。どれも興味が湧かないわけではなかったが、森から出てまで体験してみたいと思うほどの魅力はオルヴィスにはないように思えた。
今思い出すのは、アムゼン村のゲルノット。難しい試験に合格して役人になりたいと豪語していた男。どうして今頃になってアイツのことを思い出すのだろうか。自分たちを役人に売ったどうしようもないクズ野郎のことを。それでも自分の行為を悔いて正直に打ち明けてくれたが、そんなことはともかく置いておいて、アイツのやりたいことを貫く姿は悪いものではなかったように思う。
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